応援コメント

目で読むか、口で読むか、耳で読むか」への応援コメント

  • 西欧でも日本でも、十九世紀ぐらいまで「読む」といえば音読するのが当然で、黙読の習慣はかなり最近になってからできたもの――という学説を聞いたことがあります。目で大量の文字を頭に一括入力するような読み方は、明らかに世の中のスピードが上がって以来に発生した習慣でしょうね。で、目にしわ寄せが全部来ているというわけで。

    つたない読み方の読み上げソフトでも、把握できた文章は、やはり脳が自動的に流麗な音声として(あるいは音声以外の何かとして)認識し直す作業をしてくれているのではないかなと想像しました。そういう意味では、朗読の上手下手は、極端なのを除けば、そう意識せずともいいのかもしれない、とも思います。

    以前どこかの方のコメント文で、「失明すれすれなんだけど、がんばって書きたい」みたいなことを読んでちょっと唖然としたことを憶えています w。まだ無事に執筆続けてくれていればいいんですが……目の健康はほんとに死活問題ですね。お互い気をつけましょう。

    作者からの返信

    印刷技術と識字率、そして読書が広く一般大衆の娯楽となった時に「黙読」も一般化した、という感じでしょうか。

    理想は、どんなテキストもナレーターくらいの声質と適度な感情とで読んでくれるAIです。勿論、無料で利用出来る奴。亡くなった人の声でも再現出来そうだけれど、倫理的問題がどうこうという話になるのか。

    エタるとして、それは遣る気の枯渇が先か、視力の低下が先か、そんな事を思う今日この頃です。