応援コメント

「始めて行きましょう」?」への応援コメント

  • 今回のテーマとどれだけ噛み合う議論かは定かではありませんが、私が以前から気になっていたフレーズに「言ってきた」という言い回しがあります。「わざわざそんなことを言ってきた」というような文なら、まあ補助動詞「きた」のニュアンスもわからないではないのですが、ほとんど「言った」と同義ではないかと思われる「言ってきた」が、たぶんここ二十年ほどの間にやたら増えたような印象が。
    ただ、確かに「言った」だけだと何か物足りない感じがするので、つい「きた」をつけてしまう、というのはあるのかも知れません。私も迷った末、限りなく意味の薄い「言ってきた」を使ったことが何度か。なんなんでしょうね。やっぱり一度その響きを知ってしまうと、短いほうがなんとなく見劣りするような意識ができてしまうのか。

    それはそれとして、私自身は「始めて行きましょう」「終わって行きましょう」は今のところ耳にしてないです。現状、テレビ局の中だけ? それとも、緩い会社の定例会議なんかでは、ぼちぼち広まってきてたりとか。今日び、そんな会社は長くは持たんだろうなあと思いますが。

    作者からの返信

    「始めて行きましょう」はナインティナインの矢部浩之氏がラジオで多用していた印象です。もしかしたら関西芸人用語的なフレーズかも。

    自分が他人に「言って来た」と他人が自分に「言って来た」とでは意味合いが変わりますね。

    前者は例えば「これからは気を付けるように言って来た」だと、例えば「コンビニに行って来た=コンビニまで行ってそして帰って来た」と同様のニュアンスを感じます。後者の「言って来た」は「わざわざ私の所まで言いに来た」みたいな、想定外的、高圧的ニュアンスを感じます。

    「○○が言って来た」は、話者の感情が伴った一人称小説っぽい気もしますし、三人称の場合は客観的に「○○が言った」で良い気もします。