阿刀田高氏に捧ぐ

 この方は僕の創作の原点に居る作家の一人。創作だなんて畏まらなくても、単に著作をよく読んだ時期があったというお話。


 きっかけはラジオドラマだった。昔はラジオドラマの放送枠が結構あり、SF、ファンタジー、ミステリー、サスペンス、時代物と色取り取りだった。今でもちょくちょく当時の同録音源を聴き返す。あり難い事に近年は動画サイトで初耳の古い音源まで聴けて嬉しい。


 特に好きだったのは、TBS系ラジオ『ラジオ図書館』枠で放送された『迷い道』というオムニバス作品。決して子供向けではない、大人の怪奇幻想譚だった。

・『陥し穴』不倫相手との密会がおじゃんになった男が偶々立ち寄ったバーのママの正体とは?

・『肌女郎』鄙びた宿の老いた女将が語るエロティックな昔話の結末とは?

・『猫を飼う女』行き付けのバーのママにご執心の常連客が次々に姿を消して行く、その真相とは?

 ――こういう物語を中学生の僕はワクワクして聴いていた。


 他に同じくTBS系『ミステリーゾーン』枠で放送された『妖しい鞄』という短編も強く印象に残った。シュールで、シニカルで、コミカルで、ファンタスティックで、エロティックで――もし原作だけを読んでいたら、突出した印象は受けなかったかも知れない。声優の演技や効果音、音楽とが相俟って醸される妖しい雰囲気が良かった。


 当時はテレビでもミステリー、サスペンス系の単発ドラマ枠があり、そこでも阿刀田作品はよく映像化されていた。

 中でも関西テレビ系『現代恐怖サスペンス』シリーズの『ししゃもと未亡人』(小説タイトル『干魚と未亡人』)という作品は、知る人ぞ知る名作と名高い。

 フジテレビ系『世にも奇妙な物語』枠で全話が阿刀田作品の回もあった(『屋上風景』『坂道の女』『だれかに似た人』の三本)。


 阿刀田氏の作風は主にブラックユーモア風奇妙な味だが、エロティックな要素が入っているものも少なくない。正直、僕はそこに興奮を覚えてもいた。



 数年前、阿刀田氏の講演会へ立て続けに二回足を運んだ。

 それぞれ時期も場所も異なる催しだったが、テーマは共に『松本清張』。僕としては、寿司の上に焼き肉が乗ったみたいな、ステーキをピザで巻いたみたいな、ご馳走ダブルバーガーの様相で、これは行くしかないと思った。作家の講演会は後にも先にもこの二回だけだ。


 人前で自分の意見を言うなんて無理無理無理だった僕が、この頃は何だか調子をこいていたようで、質問タイムに果敢に手を挙げていた。

 中々当てて貰えず、最終的に阿刀田氏が「先程からあちらの女性が手を」と、何故か女性に間違われつつ当てて貰えた(氏は近頃めっきり目が悪くなったとは言っていた)。


 僕は「女性でなくて済みません」の一笑いから「清張さんがもし若くしてデビューしていたら国民的大作家になったでしょうか」と問い掛けた。

 何故か会場が笑いに包まれた。「やったっ、何か知らないけど受けたっ」と自己満足の僕。

『もしも』の質問なので、答えはないと言えばない訳で、でも阿刀田氏は少し苦笑しながら「後のノンフィクションの仕事はまだ出来ないかも知れないけど、才能ある作家だから若くして頭角を現したでしょう」と回答してくれた。


 数年前、アベプラ『ひろゆき&直木賞作家で議論!スマホ時代に必要?〝字を書くこと〟の意味』というコンテンツが配信されていた。

 論破王ひろゆき氏との対決が主眼のコンテンツだが、YouTubeのコメント欄等を見ると――


「この爺さんの事はよく知らんが、今回はひろゆきの負け」

「若造に何を言われても冷静に対応する阿刀田氏は好感が持てる」

「ちゃんとした作家の前では、ひろゆきは駄々っ子にしか見えない」


 ――みたいな(飽くまでも僕の記憶の範囲内の意訳)、御年八十代の阿刀田氏への評価が圧倒的に高く、何だか嬉しかった。

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