口喧嘩に敬意を込めて

 昔から不思議に思っている事がある。

 人は口喧嘩をする時によく敬語(丁寧な口調)になる事があるのは何故だろう。


「はいはい、貴方はお勉強がお出来になりますからね」「そんなご謙遜を。貴方様程ではございませんよ」みたいな。


 一種の嫌味を加味したいという心理かも知れない。そもそもは敬語なのに嫌味、皮肉、冷やかしを込めても使う言葉。敬語文化圏特有の作法だろう。

 特に接頭語『御』を付けた途端、両義的になるのは何とも不可思議。『御宣託』『御馳走様』『御挨拶』等々。


 ここでは勝手に『喧嘩敬語』と名付けてみるが、既に社会学や心理学、言語学等々の分野で定説みたいなものはあるのだろうか。


 ――仮説1――

 身分がはっきりしていた時代、嫌な上役から理不尽な指示をされた際に表面上は敬語を使いながら腹では舌を出すというような作法が、現代では対等である筈の相手との喧嘩に於いても敷衍されて定番化したのではないか。つまり元は弱者の口喧嘩作法だったという仮説。


 ――仮説2――

 口喧嘩というものは大抵、売り言葉に買い言葉も手伝って「馬鹿って言った方が馬鹿なんだからな」的な低レベルな内容に堕して行くもの。その時に、自分は相手のような低レベルではない、と誇示する為に敬語を使うのではないか。つまり、自分は大人、相手はガキという立場を明快にし、引いては大人である自分の方に理があるとのアピールの為、という仮説。


 ――仮説3――

 喧嘩に至るような関係そのものを切断したいが為に、赤の他人の素振りとして敬語を使うという仮説。



 他にも色々な仮説が成り立ちそうだけれど、例えば反社組織は敬語で喧嘩をしないのだろうか。


「御前様の組の御鉄砲玉さんは威勢が良くて宜しゅうございますねぇ」

「仁義もへったくれもない御前様の御度胸が羨ましゅうございますよぉ」

 ――なんて喧嘩が夜な夜な行われていたりして。

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