応援コメント

人間ではなくキャラなのだ」への応援コメント

  • 話の趣旨としっかり合致するかどうかはわかりませんが。
    私がちょっと本気で小説の書き方を学び始めた頃、しばしば戸惑ったのが、「この作品の読者対象は男性か女性か?」という問題を明瞭に意識することを求められたことです。
    別に私自身が書いた文章に限らず、他人の書いたもの、もちろんプロ作家の書いたものでさえ、「この展開は男性読者がターゲットだから」「このキャラは女性読者狙いだから」というような批評を頻繁に耳にしました。小説、特にエンタメ系の小説ではそれが当たり前なんだからと。
    言い換えると、たとえば男性目線のひとりよがりっぽい女性像を繰り返し再生成する小説であれ、販売戦略上全く正しい作品ということで、何らかの異議申し立てを行ったとしても、出版社のエライ人からでさえ「確かにリアルではありませんが、それが何か?」と開き直られる可能性が高いということです。
    ただ、これは言論誌などでも同様ですが、「そんなことではいけないのではないか?」という声が増えてきたら、その種の異議申し立てを好む読者あてに、ジェンダー認識をアップデートするような小説が注目される可能性はあります。そのあたりを、しょせん多数決万能の商業原理だと切り捨てるか、自身の問題意識を世に問うチャンスと捉えるかは人それぞれでしょう。

    ちなみに私自身は、八十年代少女マンガ的なストーリーを青年誌風に翻訳した 笑 良くも悪くもターゲット不明な小説を連発していた時期があったので、この手の問題は今でも悩ましいですね。基本、作家は自身のジェンダーから解放されることはないのではないかと思います。でも、好きなように書いてみたらなんだかほんわかしたメルヘンっぽい雰囲気が混ざってきて、それは男性向けの作品では明らかにないんですけれど、女性に読んでもらったら「こんなの女の子向けじゃない」って切り捨てられるし。どないせいと……。

    作者からの返信

    昔に比べてエロコンテンツが容易に手に入る時代でも、わざわざ小説の中にフェティッシュ的設定、描写を求めるのは、突き詰めれば「エロじゃなくて萌えが欲しい」という事でしょうね。

    性的マイノリティー要素を娯楽として享受しているのは、圧倒的にマジョリティー側の人間だろうと想像します。本能を欠いた存在(人間)がそれを埋め合わせるかのように生産し続ける飽くなき妄想、恐るべし。

    いっそ定番のフレーズ「この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件とは一切関係がありません」に「登場人物の言動は現実の人間の価値観に準拠していません、飽くまでも記号としてのキャラです」と書き加えた方が良いのでは、そうすれば一応の「解決」になる気がします。