作劇資料集
漫画の現場には大抵、作画資料集なる書籍が常備されている。あらゆる角度から様々なポーズの人物、自然物、乗り物、街角、その他、フリー素材の色んな写真が収録されている著作権フリーの本である。僕もアシスタントをやっている時に幾度となく参考にしたものだ。
或る時、駅のホームの資料写真をそのまま使って小さな背景画を描いた事があった。その後、浦沢直樹氏の作品を読んでいた際に「同じ写真を元にしてる!」というコマを見付け、何だか面白かった。メジャーな漫画家も同じ資料を使っている事、同じ資料を使ってもテイストは別物になる事を具体的に知った瞬間だった。
漫画の人物と背景とは、基本的には相性が良くないと世界観が成り立たない。リアルな人物の背景はリアルだし、シンプルな描線の人物はシンプルな背景の前に存在する。描き込めば良い訳でも、手を抜けば良い訳でもない。この相性に意図的な違和を生じさせながらそれを魅力にしてしまったのが、水木しげる氏だと思う。
そう言えば先日、NHK『浦沢直樹の漫勉neo』で水木氏の創作過程を紹介していた。水木自ら撮った写真を元にアシスタントが背景を描くのだが、飽くまでもストック分として普段から描き溜めておき、毎回そこから使える背景を原稿上にコラージュして行くという方法だった。かなり珍しい方法で感心してしまった。
さて、この資料集を小説の世界に置き換えたらどういうものになるだろうかと考えた。が、実は漫画向けの資料集がそのまま参考になるかも知れないと行き成り結論に至ってしまった。イメージに合う写真や映像を見てそれを文字で具体的に描写すれば良いだけではないか――。
だけど、これでは作劇資料集とは言えないだろう。例えば、前出の『駅のホーム』を舞台に据えたいと思った時、その場を駅のホームたらしめるのにどんな描写が必要なのかがキーワードなり、具体的な描写の箇条書きなりで示された書籍があれば、便利ではないだろうか。
発車のベル、アナウンス、自販機、ベンチ、別れを惜しむ恋人、酔い潰れた酔客、ホームを離れて行く列車――そういう事物がそれなりの修飾語や比喩表現で描写された『フリー文章』が掲載されていて、自由に使える――需要、あんのかね。
松本清張氏は取材旅行でも余り写真を撮らず、頭で記憶しておくくらいの方が却って良いと言っていた。今時はいつでも何処でも気軽に写真を撮り捲る時代だが、記憶に残る光景くらいの方が後々イマジネーションを加味し易いかも知れない。
一方で氏は地図を見て想像を膨らませるのもよくやっていたようで、或る作品で清らかな川の描写をしたところ、その地は陶磁器の産地の為、実際の川は白濁していた、という事があったそうな。
タイトルには著作権がない、という不文律から、誰かが考案したフレーズは恰もフリー素材化している。
昭和の頃には『○○を10倍楽しむ方法』というフレーズがよく見られた。『気分は○○』というフレーズも一時期流行った気がする。
現在、カクヨム投稿作のタイトルには『と或る○○』『ようこそ、○○へ』『○○な件』等々が散見する。
最後に――。
昔から気になっている「○○な事は言うまでもない」という定番の言い回し。特定の物書きが考案して広がって定着したものなのだろうか。
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