とんでもない事柄

「先日はありがとう」

「とんでもありません」


 作中でこんな会話があったとして、校正者の中には「とんでもないです」「とんでもないことでございます」と直したがる人が居るかも知れない。「とんでもない」は単語として「とんでも」と「ない」とには分割出来ない。それは「とんでもある」とは言わない事から直ぐに解る。

 でも、「とんでもありません」「とんでもございません」は既に日常的、慣用句的な言い方になっているから、作中の会話として使われていても仕方がないと言うか、そこまでの違和感はない。


 二重敬語もそうで、「お亡くなりになる」「お召し上がりになる」は「亡くなる」「召し上がる」だけで敬語になっているのに、日本人の「もっと尊敬、謙譲したい!」という気遣いが過剰にさせるらしい。

 何かと「させて頂く」(さ入れ言葉)にするのもその一例で、「見させて頂く」なんて不格好な敬語よりも「拝見する」の方がすっきりしていて良いと思うのだけれど。

 しかし、これも既に慣用句なので、目くじらを立てる程の事ではないかとも思う。「見ささせて頂く」と言っている人が居たのは流石に呆れた。


 結局、本当に尊敬、謙譲しているのではなく、馬鹿っ丁寧に言っておけばトラブルは起きないだろうという危機回避意識でしかないのだろう。


 杓子定規な性格とか、言葉遣いに厳しい人とか、登場人物の性質に関係する場合ならば正しい言葉の方が良いのだろうが、何気ない会話であるならば慣例に従った方が良いのだろう。本来は正しい使い方でも、読者が読んでいる途中で違和感を覚えてしまっては、物語への没入を阻害し兼ねない。

 それでも、忸怩たる思いはある。この作者は誤用の方を正しいと思っているのだな、と半笑いされては何だか浮かばれない。

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