4人目

天使だって生きることに必死だ。不死身というわけではない。天使の世話をしている大天使が死ねと言えば死ぬわけだ。だから天使は必死に人間の願いを叶えるし、叶えられなかったら死を覚悟する。大天使は優しく残酷なのだ。

「ねぇ、そこの人っ…あたしのこと、拾ってくんない!?お願い叶える!だから!ね!?」

「…?」

「なんだよ、首傾げてちゃこっちもわかんないよ!拾ってほしいんだってば!」

「……。…」

その女性は呆然と立っていた。天使が何度拾えと叫んでも、その言葉は彼女に届いていなかったようだ。

「うがぁー!難聴の方かなぁ!?それなら…!」

天使はパチンと指を鳴らすと、女性は驚いた顔をしていた。

「!…、…?あ…ぅ」

「なんだ、話すのも難しいの?」

女性はこくりと頷きた。

「じゃあ話してみる?よいっ」

天使はまた指を鳴らした。

「あ…あ…!はな、話せる…!」

女性はひどく喜んだ。何度も天使にお礼を言う。

「…ちなみに、耳が聞こえるようになって話せることは望んでたこと?」

「…もちろん嬉しいです…あ、でも実は、んです」

「へ?」

「いやぁ…ずっといじめられてきて、大人になった今もいじめが絶えなくて。特に陰口が__聞こえてるんで陰口というよりかは、悪口?がひどくて、それならいっそ何も聞こえないほうがいいって、鼓膜とかぶち壊したんです」

「な…なら聞こえないほうが」

「いえ、久しぶりに音を聞けましたが、綺麗な音が溢れていたんだと思うとなんだか、耳を聞こえないようにしてしまったのが惜しいくらい嬉しくて…話し方も忘れていたもんですから…」

「…ハッキリさせてください。あなたは耳が聞こえないほうがいいのか、聞こえたほうがいいのか」

天使の顔つきは真剣になった。

「…今も悪口を言われてると思うと震えが止まらないんです…本当に…でも…」

「あ、こんにちは。___さん」

「!」

どうやら彼女は職場の人に出くわしたらしい。この震えようは、恐らくそのいじめの根源にあたる人間。

「こんなところで何してるんですか?仕事も大してできないくせにこんなところで時間潰さないでください!脳ミソの容量がないから話すことも聞くこともできないんですよ?それじゃあ__って、天使じゃん。なんでこの人のところには来て私のところには来ないんですかね?天使を買ったってところですか?あなたみたいな人は買っても逃げられそうですけどね!」

天使は唖然とする。想像以上にガッツリ悪口言ってくる…しかも語彙力がクソガキのそれと変わらない。この人にとって、この女性はストレスの吐き口なんだろう。どうせ何を言っても聞こえない。そう思い込んでいるんだろう。だけど今の彼女は違う。聞こえるし話せる。彼女はどう出る__?

「…。……?」

あくまで彼女は知らないふりをやり通すようだ。我慢強い人だった。いや、我慢強いとはいえ、自分で自分の耳をぶち壊すような人だ。本当は繊細な人なんだ。とうとう天使は我慢できなかった。

「あの。聞こえないことをいいことにそんな悪口言います?あなたこそ人に悪口言って優越感に浸る暇があるなら他人に愛される自分磨きでもしません?心がブスな奴に天使は来ませんしね!」

あの女はジロジロと鋭い目付きで天使を睨んだ後、颯爽と去っていった。

「……すみません。私が言えばいいものを」

「いいえ。あなたやっぱり、本当は聞こえないほうがいいんですね?」

「…はい」

この女性の、寂しそうで悔しそうで、でもどこか安心しているような笑顔を、天使は忘れない。

話すことも聞くこともできなくなった彼女は、ぺこりと頭を下げてどこかへ行ってしまった。

「…さて。あたしを拾ってくれる人」

天使は、またここで人が来るのを待っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

日用品の天使 雨森灯水 @mizumannju

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ