2人目

天使はたまにスーパーなんかで売られている。意外と安くて、数千円で買えるところもある。

「…買ってみたはいいものの…。何してくれるかわかんねえしなぁ」

彼はリビングで静かに遊ぶ天使に向かって言った。

「おい天使」

「…なに」

「俺はお前のご主人様だぞ。俺に仕えろ」

「そんな態度の大きい人に仕えるわけないでしょ」

「生意気だな。100円で売られてたのも納得だな」

「…そうですね」

天使は何もなかったかのように遊びを再開した。

「…僕はあなたを幸せにしないと帰れないから、幸せになっといて」

「そんな雑な奴があるか」

「ふふ、僕が100円で売られてたわけがわかった?」

「…お前、前のご主人様に捨てられた?」

「大正解!」

「…はは、俺とおんなじかぁ。だから買っちゃったのかなぁ…」

「僕に同情してもらいたいと願うならそうするけど」

「…お前は帰ってしまう、と?」

「あなたは勘が鋭いね」

「なんで帰んだよ?別に嫌な時に帰ればいいんじゃねえの」

彼の顔に天使は面白そうに笑った。

「いーや、1人の人間が幸せになった時、何人かの人間は不幸になるでしょ。だから1人幸せにしたら帰るの。不幸になる人間を見たくないから」

「…?すまん、俺馬鹿で」

「じゃあ、こうしよ。例えばあなたはお金が欲しいと思う。そしたら僕はあなたの願いを叶えられるようお金を集める。問題は集め方。天使がお金を作り出すことはできないから、どこかから盗むしかない」

「!ってことは…銀行とかが不利益を被るってこと…?」

「そ。わかった?」

天使の顔は不気味に笑っている。彼はその顔を恐怖に思ったと同時に、1つのことに気が付いてしまった。

「…それでさ」

「待て天使!これ以上言うな!俺は嫌だ…俺は…!」

「…あなたの願いは?」

「待てよ、俺は…もう誰も傷つけたくない…!」

「その願いは叶えられないや。この世の生物全てに慈悲を垂れるな。あなたが殺されるんだよ」

「じゃ、あ…俺を、この悩みから解放してくれ…!」

「…僕に殺されるか、僕が帰るか」

「帰れ!帰れーっ!俺の視界に入るな!」

彼の負った傷は深く、えぐられてしまったようだった。過去に何があったのか、この天使には知る由もないが、過去を聞くのは良くないと思った天使は羽を大きく広げた。

「…またあなたに会えたら、次こそは幸せにするよ…」

そして、天使は彼の視界から消えた。そのことに気が付いたのは、天使が消えてからしばらくしたころだった。

「…俺、さっきなんであんなに天使にきつく当たってたんだろう?心当たりがない…」

そして彼は気が付いた。天使が自分の昔の記憶をかき消してくれたことに。

「ばーか。そりゃ俺のセリフだ」

傾きだしたオレンジ色の太陽に向かって、小さくつぶやいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る