第四件 愛らしき彼女は何処
次の調査対象は行方不明の使用人の少女。
二人はそう決めた。
だが、手掛かりも無ければ、屋敷の中を外から探る事も出来ない。
ならばどうするか。
外から分からなければ中から探ればいい。
しかし、身分を偽っても門を通る事は不可能だ。
だからこそ、二人は暗いトンネルを進んでいた。
「魔法で浄化されているとはいえ、やっぱ多少臭いますねぇ、ここ。」
鼻を
「間違っても足場から落ちないように。助けませんよ。汚いですからね。」
彼の前を橙の光を放つ
光が届く範囲はそれほど広くない。
半円形の
石で作られた、人ひとり歩くのがやっとな足場。
足元のすぐ隣の水路を濁った水が流れている。
時折、小さな
帝都の地下に広がる排水の道、下水道である。
水を生みだす青の魔石はそこそこ高価な品。
しかし、帝都では古くから一般家庭ですら魔石を利用している。
潤沢な魔石を抱える魔石鉱山が帝都近郊にあるのだ。
ほぼ無限に水を生みだす事は出来る。
だが、使った水をそのままにするわけにはいかない。
人口が増える頃合いで下水道を作り上げたのだ。
当然ながら流れる水は汚水である。
だが、強烈な臭気は感じられない。
浄化魔法のおかげだ。
壁面には浄化魔法を蓄積させた魔石が埋め込まれ、定期的に整備されている。
ある程度の汚物は分解出来、そのまま川へと流す事が出来るのだ。
そして当然、この道は公爵家の別邸にも繋がっている。
地上が駄目なら地下から攻める。
攻撃箇所の臨機応変な変更は戦術の基本だ
時折、手にした下水道図を確認しつつ奥へ奥へと進んでいく。
周囲に気付かれないように入るために内務省地下から侵入した事で目的地が遠い。
曲がりくねり、幾つもの分岐が有り、何度も同じような場所を通る。
地図と壁面に設置された区画番号のプレートが無ければ絶対に迷っただろう。
巨大迷宮と言っても差し支えない程の、複雑かつ広大な地下空間だ。
方向感覚が段々と無くなっていく。
本当に自分達が目的地に近付いているのかも分からない。
唯一、追い続けている下水道図だけが頼りである。
おおよそ一時間近く、暗いトンネルを歩き続けた。
次の突き当りを右に曲がれば目的地、そこまでは一本道だ。
特に問題も無くここまで到着した。
途中でエルが汚物を踏んだが、大した事ではない。
「ようやく到着っすねぇ。いやぁ疲れた。」
「行きが有れば帰りもある事をお忘れなく。」
当然の指摘にエルは、うへぇ、と嫌そうに鳴いた。
突き当りまであと少し。
手にした魔石灯の灯りが正面の壁をぼんやりと浮かび上がらせる。
その時、強烈な臭気が二人の鼻を突いた。
「ぐっ!?」
「ぬがっ!?」
汚物の臭いが漂っている下水道。
その中でもはっきりと分かる程の強い臭い。
汚物が発するのとは質の違う、全く別の臭気。
この臭いを帝都で嗅ぐ事があるとは思わなかった。
「局長、こいつぁ・・・・・・。」
「ええ、最悪です。なぜこんなことに・・・・・・。」
突き当りを曲がった所にそれは在った。
流されてきたのであろうそれは、水路を
サラサラとして艶があった黒の髪は、汚水と汚物に
張りがあり、綺麗であったであろう白の肌は見る影もなく
輝いていたであろう眼は、その片方が腐敗して崩れて消失し。
汚水に浸かっていた胸から下の肉も骨もその姿を消していた。
だが、一つだけ。
彼女の素性を示す物が残っていた。
「こんな所にいたんすね、彼女。」
庭師の老人が良い子だと褒め称えた
その最期がこんな形になるなど、誰が想像するだろうか。
だが、それを明確に示すように、前髪に銀の髪飾りが輝いていた。
「無残が過ぎます、まだ若いのに。」
「・・・・・・そっすね。」
彼女だったモノを邪魔にならないように通路に横たえ、二人は進む。
帰り路で必ず連れて帰る、と声を掛けて。
目的地まであと少しだ。
「ここですね。」
上へと伸びる石造りの階段。
その横を流れる汚水の川は、他の場所と比べて水量が多い。
公爵家の邸宅ならば使う水の量も桁違い、ここで間違いないだろう。
「このまま潜入っすか?」
「ええ、そうしたい所ですが、我々死臭がしますよね。」
少しばかり馬鹿になった鼻で、エルは自身の身体を嗅ぐ。
そして顔をしかめた。
「浄化魔法を使っても限界があります。今回は一旦戻りましょう。」
「了解。あの子も一緒に、っすね。」
エルの言葉に、ええ、とリティは頷いた。
そうは言っても流石に死体を
気密性が高い、保冷用鞄をエルに持って来させて彼女を詰め込んだ。
必ず弔う事を約束して、第三外局の室内に鞄に入れたまま安置する。
誰かに気取られる前に、二人はそそくさと監視部屋へと戻って行った。
「ただの調査で、まさか死体が上がるとは思わんかったっす。」
「ええ、本当に。何事もなく終わってくれれば楽だったのに・・・・・・。」
深いため息と共にずり下がった眼鏡をリティは指で押し上げる。
彼女は子爵家の娘。
事故で死亡したのであれば、何かしらの情報が役人である二人の耳に入るはず。
だが、何の情報も聞いた覚えが無い。
まるで誰かが意図的に隠したように。
事故であってほしい、と切に願いながらも、リティは確信していた。
彼女は殺され、下水道に遺棄されたのだ、と。
「コロシ、っすよねぇ。しかも
椅子に掛けて頭の後ろで手を組み、背もたれに身体を預けながらエルは言う。
「やはりそう思いますか。」
「まぁ、証拠がバッチリ残ってますからねぇ。専門家なら形も残らんでしょ?」
「本当にその通りです、実に厄介な事に。」
リティは手を額に当てて首を横に振る。
素人の仕業、それも公爵家から伸びる水路に死体が残っていた。
つまり、犯人は公爵家の人間、という事になる。
当たり
つくづく厄介事に遭遇しやすい仕事であると実感する。
仕事のせいであるはずだ、そういった星の下に生まれたわけでは無い、絶対に。
多分。
おそらく。
そうだと良いですね。
改めて考えると胃が痛くなりそうで、リティは深いため息を吐いた。
「で、これからどうすんです?」
エルの問いかけにリティは少し考えて、答えを出す。
「屋敷内を探りましょう。彼女を殺害した者が誰なのかを明確にしなければ。」
「うっす、了解。」
念のための調査、という仕事だったはずが、いつの間にか風向きが変わった。
皇帝陛下はご存じだったのか、それともただの勘だったのか。
どちらにしろ自身がやる事に変わりはない。
リティはエルを連れて、夕日に照らされた街へと出発した。
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