第三件 庭へ入れねば庭師から

次なる調査は別邸内部。

しかし、中に入る事は不可能だ。


普通であれば、この時点で調査は行き詰る。

だが、二人は商人との雑談の中で、とある情報を手に入れていた。


あふれる庭を整える庭師。

つまり、敷地内で暮らしていない、内部を知る部外者だ。


その情報と符合する人物の記録は既に手元に有った。

毎日、日の出と共に屋敷の門を潜り、日が橙に染まる前に帰っていく。


青のツナギ姿が特徴的な、小柄で白髪の老人だ。


だが、門から出た所を捕まえるわけにはいかない。

どこで誰が見ているか分からないのだから。


となると、その老人がどこに住んでいるのかを割り出す必要がある。

在宅の時を見計らって訪問するのだ。


尾行するのが一番手っ取り早いが、誰かに気付かれる可能性もある。

どうするべきか。


リティは考えていた。


「モーリッツ爺さんの家なら、俺知ってますよ?」

「は?」


エルの言葉にリティは疑問符の付いた声を上げる。


「いや、有名人っすよ。公爵別邸の管理してる凄腕庭師ですからね。」

「・・・・・・確かに、考えてみれば当然ですね。案内お願いします。」

「りょーかい。んじゃ、行きますか。」


エルの先導で、二人は街へと繰り出した。




西街区の南東部。


石畳の道は蛇のように曲がりくねり、小さな建物がごみごみとしている場所。

帝都建設の初期段階から存在する古い街並みである。


そんな場所の一角。

店先に鉢植えがいくつも置かれ、緑と花が並ぶ店。


それこそが凄腕庭師モーリッツの住居兼店舗であった。


「こんな小さな店が、ですか?」

「ええ。モーリッツ爺さんは金貨より植物、昔気質むかしかたぎな生粋の職人ですからね。」


公爵家から庭を任されているという事はそれなりの賃金を受け取っているはず。

しかし、リティの目に映るのは、言っては悪いが粗末な店である。


「ごめんくださーい、モーリッツさんいらっしゃいますかー?」


リティがそんな事を考えているのに構わず、エルは店先から声をかける。


「はいはい。少し待っとって下さいねぇ。よっこいせっと。」


誰もいないと思っていた店の中。

その奥の棚の陰から声が帰ってきた。


だが、男性の声ではない。

女性の声だ、それもかなり高齢の。


「ああ、お掛けになったままで構いません、そちらへ行きますので。」


リティは声の主の動きを制止し、エルと共に店内奥へと進む。


棚の陰にいたのは、それ程大きくない棚に隠れてしまうような小さな姿。

灰色の髪と質素な服が特徴的な、声で分かってはいたが、やはり老婆だった。


「すまないねぇ。この齢になると、どうも身体中いう事きかんでなぁ。」

「いえいえ、お気になさらず。ええと、モーリッツさんの奥様でしょうか?」

「はいよ。妻のギーゼラと言います。モーリッツに何かご用ですかの?」


老婆は椅子に座り直し、人の好さそうな顔を初対面の二人に向ける。

不思議とこちらも微笑んでしまう、そんな人物だった。


「フィンゼフト公爵別邸の庭を手掛けていると聞きまして。お話を伺えれば、と。」

「おぉ、そうでしたか。もう少しで夫は帰ってきますでな。さ、お掛けになって。」


老婆は椅子に座る様に促す。

断るのも悪いと思い、二人は店内に置いてあった簡素な木組みの椅子に掛けた。


ほんの少しの間、老婆と二人は雑談していると目的の人物が姿を現した。


「今帰ったぞ。ん?お客さんかな、いらっしゃい。」


門を観察していた時に毎日見た青のツナギ。

老婆よりは背が高いが、やはり小柄で真っ白髪な老人がそこにいた。


二人は椅子から立ち上がり、軽く礼をする。

そんな二人の挨拶に、老人は少し申し訳なさげに微笑んだ。


「ああ、そんなにかしこまらなくとも。儂はただのじじいですからの。」

「いえ、公爵別邸の庭を任されている凄腕庭師と聞いていましたので。」


リティの言葉に老人は恥ずかし気に笑う。


「そんな大層なもんじゃございませんよ。土いじりが好きなだけですからな。」


そう言いながら、老人は老婆の隣の椅子に腰かけた。


「よっこいしょっと。さて、どういったご用向きでしたかな?」

「オルトリューゲ伯爵家の家令かれい、エディと申します。庭についてお聞きしたく。」

「ほう、伯爵様の。これはこれは、こんな爺の所まで来て頂きまして。」


少々驚き、恐縮しながら老人は微笑んだ。


「庭についてと言っても、どういった事でしょうかの?」

「庭の花が中々思い通りに咲かず、伯爵がお怒りでして。どうしたものか、と。」


嘘をまるで真実かのように自然にリティは話す。

今まで色々とやってきた事で、こんな技能を身に付けてしまった。


人の良さそうな老人をだますのは気が引けるが、背に腹は代えられない。


「ほう、それはご苦労な去っておいでですな。どのような花が植わっておいでで?」

「宝石薔薇ばらおり躑躅つつじ青玉せいぎょく紫陽花あじさいですね。あとうたすみれも少々。」

「賑やかな庭ですなぁ。ふむ、問題なのは青玉紫陽花ですな?」


リティとエルは驚いた。


花が良い色を出さない事を相談しにきた、という体で屋敷の中を探るつもりだった。

本題に早く入れるように、嘘の本題は比較的分かりやすい物を用意した。


だが、まさか植物を言っただけで言い当てられるとは。

この柔和な老人は、やはり土いじりの達人である。


「まさか、これだけの情報で当てられるとは。お噂通りですね。」

「いやいや、ちょうど同じ問題で困っておったので思いついたに過ぎませぬ。」

「同じ問題?」

「ええ、公爵様の庭でも青玉紫陽花が青になりませんでな。」


老人は笑って言った。


リティ達が気兼きがねしないように嘘をいた、という感じではない。

おそらく別邸でそれが起きているのだろう。


青玉紫陽花は、綺麗に輝く青の花を咲かせる。

小さな花が密集して半球状に咲くその光景は、まるで巨大な宝石、青玉サファイアのよう。


だが、土に何かしらの問題が生じると色が褪せ、酷くなると赤褐色になってしまう。


用意していた答えは、途中式をすっ飛ばして一瞬で答えに辿り着く。


「原因は土中どちゅうの魔力。多過ぎたり、魔力の流れが滞るとそうなりますな。」

「なるほど。魔力については盲点でした。流れが滞る原因は何でしょうか?」


リティの問いに老人は少し考えて答えを出した。


「一番多いのは土中の魔獣の死骸でしょうな。豆粒モグラボーネルフが特に多い。」

「ああ、あの小指大のモグラの魔獣。」

「ええ、あれは農業の天敵ですな。根を齧り、死ねば草を枯らしてしまう。」


青玉紫陽花は強いから色が変わるだけですがな、と老人は付け加えた。


本題はこの辺りで十分だろう。

本題調査へと話の方向を変える。


「いやぁ、ありがとうございます。これで伯爵の怒りも静まります。」

「ははは、こんな爺の知恵が役に立つなら幸いですな。」

「それにしても、公爵様の信頼に違わぬ見識、お見事です。」

「そんな大層なもんじゃございませんよ。ですが、その言葉は嬉しいですなぁ。」


恐縮しつつも誇らしげに老人は笑った。

一応、彼を褒めたたえる言葉に嘘はない。


「公爵家使用人の方々の前で作業、おれ、あっと、私には出来そうにありません。」

「いやいや、皆様とても親切でして。良く声を掛けてくれる娘さんもいましてな。」

「へぇ、そうなんですか。親切ながいるんですね。」


粗野な物言いにならないように、ボロを出しそうになりながらエルは話す。

老人は頷いた。


「ええ。しかし、ここしばらく見かけませんでな。」


その言葉にエルの眉がピクリと動く。

見かけない娘、それに心当たりがあったからだ。


「遠くへお使いにでも行っておるのでしょうかな。」

「もしかして黒髪を後ろで結って、前髪に銀の髪留めを付けた十五歳くらいの?」

「おや、お知り合いでしたかな?」


正解だ。


ここ半月、屋敷から出てきていない使用人の少女。

まさかこんな所で手掛かりに辿り着くとは。


だが、門を観察していて知っている、等とは言えない。

適当に話を作り上げてエルは返す。


「いや、先日財布を落とした時に、拾って追いかけてきてくれたのですよ。」

「困っている人を放っておけない子ですからなぁ。」

「大金が入っていたのでお礼を、と思ったのですが固辞こじされまして。」


それもあの子らしい、と老人は頷く。

咄嗟の作り話だったが、偶然にも少女の性格と合致していたようだ。


「公爵邸の門を潜る所が見えたんですよ。いずれお礼を、と思っていたのですが。」

「そうでしたか。ですがあの子も貴族ですし、受け取らないと思いますなぁ。」


少女について新しい情報を得た。

十五という若さで公爵家の使用人ならば、ある意味当然かもしれないが。


「貴族?どちらの?」

「ふむ、確か・・・・・・ああそうだ、オプトツィーゲ子爵様の娘さんだ。」


少し考えてから老人はそう言った。




達人庭師の店から部屋へと戻り、聞いた話を纏めていく。


気になるのは勿論少女の事である。


「・・・・・・屋敷から出ていない以上、遠くへお使いに、というのは考えにくい。」

「社交的なみたいですし、どこ行っちゃったんでしょ?」

「分かりませんが、不可解である事には違いありません。次は彼女ですね。」


記憶を辿りながら描いた似顔絵が書かれた紙。

それを見ながら、リティは眉間にしわを寄せた。


何やら、雲行きが怪しくなってきたぞ、と考えながら。

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