第二件 商売は適正かつ誠実に
いつまでも落胆しているわけにはいかない。
第三外局は行動を開始した。
帝都公爵家別邸、つまりコンスタンツェの住居の調査から始める事にする。
だが当然、調査させてください、と乗り込む事など出来はしない。
それをやったら、即座に絞首刑確定だ。
まず始めるべきは、塀で囲われた別邸への人の出入りの確認。
これならば、外からでも確認が可能である。
幸いにして別邸の出入り口は正面の門しか存在しない。
門を望める場所に陣取れば、確認は比較的容易と言えるだろう。
道を挟んだの反対側の一つ奥、裏通りの三階建て住居の最上階を即座に押さえた。
机に椅子、ベッドに日用品、そして記録用の大量の紙。
多くの物を部屋へと運び込んだ。
事情を知らない他者から見れば、恋人か新婚か、そんな所に見えるだろう。
真面目な若い娘をだらしないダメ男が引っ掛けた、という感じである。
当たり前だが、二人の寝室は別。
二人の間柄はそんな甘い関係では無い。
共に戦う戦友、と言った方が正しいのだ。
青の屋根に
全てが遮られる事無く確認できる。
流石に塀の裏までは見えないが、十分すぎる程に視界良好である。
昼間は当然として、夜間も目は離せない。
二人で部屋に泊まり込み、昼夜を問わず公爵別邸を見続けた。
一ヶ月。
門とそこを出入りする人物を見るだけの地味オブ地味な戦い。
人の出入りの全てを記録して残した。
借りた部屋には、記録用紙が積み上がる。
だがそのおかげで、とある事象が浮かび上がった。
「商人の出入りが多いですね。特にこの商人は、ひと月に五回、ですか・・・・・・。」
「そっすね。あと、よく出入りしてた使用人の
「それ、貴方が女好きなだけでは?」
「失礼な。最後の記録は屋敷に入ったとこ、ちゃんと記録されてますよ。」
その事が記載された紙束を持って、バシバシ叩きながらエルは言う。
紙束を受け取って確認すると、彼の主張する事実が記録されていた。
だが、屋敷から出て来ない少女を待っても仕方がない。
次の一手は決まった。
出入り商人の特定と事情聴取だ。
エルに商人の特定を依頼して
残されたリティは記録を隅々まで確認していく。
(まあ、商人の出入りは貴族なら当たり前。不審人物の出入りは無い。)
紙束をパラパラとめくりながら、彼女は安堵していた。
(何事も無く終わりそうで安心ですね。)
自分の首は離れずに済みそうだ、と考えながら、リティは窓の向こうの屋敷を見た。
翌日。
エルは普段とは異なる有能さを見せる。
瞬く間に出入り商人を見つけ出したのだ。
「どーです、俺もやるもんでしょ?」
勝ち誇ったようにエルは鼻高々に胸を張った。
見直したと思っていた矢先の態度にリティは呆れる。
「・・・・・・まあ、いいでしょう。出入りしている商人は、っと。」
エルが五枚の紙にまとめた商人リストに目を通す。
宝石、装飾品、衣服。
家具、食器、食材、飲料。
薬、雑貨、武具。
貴族の邸宅へ訪れる商人は実に様々だ。
どれも貴族であれば一般的なものばかり。
特に問題がある様には思えないが、とある商人に目が留まる。
「南方貿易商?」
リティは扱う商品からその商人の肩書を推察して口に出した。
「ああ、そうそう。珍しいっすよね。ご令嬢、珍しい物好きなんすかね?」
「聡明な方と聞いています。新規開拓地の事を学んでおられるのかもしれません。」
「さすが、未来の皇太子妃殿下っすねぇ。視野が広い。」
リティは頷いた。
他の商人には特に気になるような点はない。
話を聞くならば、この南方貿易商だ。
おそらくはエルが言うように後の事を考えて、物品を購入しているだけだろうが。
二人は部屋を出た。
向かう先はかの商人の店である。
帝都中央にある貴族邸宅から西へ。
そこが南方貿易商の店舗である。
「失礼、店主様はいらっしゃいますでしょうか?」
リティとエルは扉を潜り、カウンター裏で作業をしている店員に声をかけた。
「え、ええと?どちら様でしょうか?」
「ああ失礼、
「伯爵家!?」
突然の
リティは店員に笑顔を向けて、本題を伝えた。
「フィンゼフト公爵様の別邸に商品を納めていると聞きまして。」
「そういう事でしたか。店主を呼んできますので、少々お待ちくださいませ。」
慌ただしく店員は店の奥へと駆けて行く。
少ししてから、口ひげを蓄えた、恰幅の良い中年の男性が小走りで駆けてきた。
「お、お待たせ致しました。店主のダニエルでございます。」
少し息を切らしながら店主は深々と頭を下げる。
「オルトリューゲ伯爵家の
「ラルでございます。」
二人は軽く
身分や名前は隠す。
その方が情報収集しやすく、万が一探りがバレても安全である。
我が身を守るためには何でも使う。
そうしなければあっという間に処刑台の露と消えてしまう。
そんなリディの内情など知る由もない店主は二人を応接室へと通す。
内装は店内と大して変わらないが、少し値が張るであろうソファと机が置いてある。
少々
店主と二人は机を挟んでソファに掛けた。
「このような粗末な所で申し訳ございません。」
「いえいえ、お気遣いなく。」
リディは笑顔で店主に返す。
そんな彼女の隣で、エルは表情には出さず、必死で笑いを
勿論、リディにはお見通し。
店主に気付かれないように、鋭い肘打ちが彼の脇腹に突き刺さった。
ぬぐっ、というくぐもった声と共にエルは脇腹を押さえる。
不可解な声に店主は首を傾げた。
お気になさらず、とリディは店主に伝え、会話を前進させる。
「公爵様の別邸にはどのような商品を持ち込んでおられるのですか?」
「そうですね・・・・・・南方の民芸品や果物、植物などでしょうか。」
「ふむ。その中で購入された物は?」
「民芸品をいくつか。・・・・・・ああそうだ、薬草もお買い上げ頂きました。」
公爵家には似つかわしくない購入品にリティの眉がピクリと動く。
「薬草、ですか?どのような?」
「ドルネノ草という、精神を安定させる効果のある植物です。少々お待ちを。」
店主は断りを入れて席を立つ。
少ししてから、乾燥して緑が少し
「こちらです。葉一枚の半分程度で十分な鎮静効果が得られます。」
「なるほど、中々効率の良い薬草ですね。こちら購入させて頂いても?」
「おお、お買い上げありがとうございます!」
リティの言葉に、店主は満面の笑みで返した。
代金をその場で支払い、草束を受け取る。
その後も南方に関する事や公爵別邸の内部について聞き出した。
南方は帝国と比べると未開だが、先住民には特殊な魔法が伝わっている、だとか。
見事な庭を手入れしている庭師はお抱えではないらしい、だとか。
別邸の調度品はどれもこれも高価で、椅子に腰掛けただけでも身が震えた、だとか。
情報収集と他愛ない話を繰り返して、二人は目的を達する。
「それでは、そろそろお暇致しますね。」
「ああ、話し込んでしまい申し訳ありません。伯爵様にもどうぞ良しなに。」
「ええ勿論。」
申し訳なさげにしながらも商人として握る部分はしっかり握る店主。
リティは微笑み、虚実を混ぜて返事を返す。
「ああ、そうだ。」
リティは一つ聞いていない事がある事を思い出す。
「別邸ではどなたと交渉を?やはり執事長でしょうか。」
「いえ。大変
その言葉にリティは内心驚いた。
一介の商人とのやり取りに公爵令嬢が出てくるなどありえない事。
懇意にしている大商家ならともかく、言っては悪いが彼は小規模な貿易商だ。
なぜそんなことを?
思考を巡らせるリティには気付かず、店主は話を続ける。
「南方の事に興味があり、ご自身で色々と調べていらっしゃるとか。」
「へぇ、流石コンスタンツェ様、勤勉ですな。」
「まったくもってその通り!」
エルの合いの手に店主はパン、と手を打って目を輝かせる。
「私のような下々の者にも優しく接して下さり、本当に素晴らしいお方ですよ!」
「お、おお。そうですな。流石は公爵令嬢・・・・・・。」
「ええ、ええ!」
店主の熱量に、流石のエルもたじろいでいる。
このままでは店主の話が延々と続くであろう事は明白。
さっさと話を切り上げ、二人は店を後にした。
公爵別邸の観察部屋へと戻り、二人は聞き出した情報を確認する。
互いが聞いた内容に違いが無いかを確認しつつ、紙に記録していく。
「ふーむ。特に何にも収穫ナシってとこっすね、局長。」
エルは書き上げた記録を見ながら、椅子の背もたれに身体を預ける。
脚はいつも通り机の上、だ。
だが、リティは先ほど購入した緑褪せた植物を見つめている。
「局長?」
「一つ、引っかかる事があります。」
「なんすか?」
リティの目つきは鋭い。
エルもそれに気付いて脚を机の上から下ろし、彼女に向き直った。
「不思議だと思いませんか?この植物について。」
「ドルネノ草に関してですかぃ?公爵令嬢が買うには花が無いとは思うっすが。」
「そうではありません。」
リティは首を振る。
「なぜ薬ではなく、草を買うのか、という事です。」
「ふぅむ、そう言われると確かに。ですが、観察用、って事では?」
「それなら乾燥させた物ではなく、苗を買うなりするでしょう。」
「まあ、そう言われれば確かに。」
ふんふん、とエルは頷いた。
リティは更に言葉を続ける。
「薬は過ぎれば毒となる。」
「怖い事言わんで下さいよ、誰かに聞かれたらどうすんです。」
「すみません、
そう言ってリティは草束を脇に置いた。
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