Reality III 6ヶ月前
少女は自室でひとり悩んでいた。
これから始める旅に同行してもらう用心棒のあてがどうしても見つからなかったのだ。
なけなしのツテを使って、頼りがいがありかつ暇そうな男手を探ってみたのが半月前。だが今どき、暇な時間を遊ばせている者など簡単には見つからなかった。
同行者を見つけること以外は万事準備を順調に進めていたこともあり、少女は日に日にやるせなくなった。
そんな中、彼女は良好な関係にはなかった世話役の叔母に相談する決断をした。その叔母は正式に世話役を仰せつかっていたとは言えど、二人はどういうわけか馬が合わず、なるべく連絡を避けるような間柄だった。それだけに、この決断は彼女の相当な覚悟を裏付ける。
しかし、その叔母の返答は、あまりにそっけなかった。
曰く、「役所の市民用掲示板にでも貼ってみたら」とだけ。
その不親切さはある程度予想はついていたが、少女は一縷の期待をかけて丁重な姿勢で頼んだことを後悔した。
これで、彼女は打てる打ち手をすべて打ち尽くすことになった。
こうして、彼女は怠惰のどつぼにはまった。自己増殖する病原菌のような倦怠感が彼女をまとわりつき、計画していた旅のこともほとんど脳内から消え去ろうとしていた。
だがしかし、ひと月して叔母の助言への恨み節が一つの光明のようなものを彼女に与えた。
「今どき、アナログの掲示板なんて」という恨み文句から、ふと少女はネット掲示板を利用してみることを思いついたのだ。
色々調べてみると、さすがに2ちゃんねるのような生のまま掲示板を使うのは避けた方がよさそうなのがわかった。そのかわりに、人をマッチングさせる場やサービスはネット上にたくさんあって、使えそうなものも一つ見つかった。それはコミュニティ作りを支援するSNSで、趣味仲間を求める人が多く利用していた。
気が向いたある日の黄昏時、少女はひとり自室でノートPCの画面とにらめっこしていた。
「さて、なんてタイトルで募集しようか」
そのSNSへのサインアップは早々に終わらせたものの、肝心の募集を打ち出すのに手が止まっていた。
彼女が求めていたのは、彼女の奔放な旅の同行者だった。それも、その旅を一緒に楽しみたいという積極的な願いからではなく、旅のリスクを減らしたいという消極的な理由によった。いっそ金を積んで雇ってしまえばいいのかとも思ったが、手持ちの現金には限りがあった。
そんなこんなで良いアイデアも思いつかず、少女がえいやと投げやりに打ち込んだのは、
《アニメ聖地巡礼 同行者募集 男性》という題名。
それだけ書き終えて、ふいに少女はPCを閉じた。そして、閉じたPCの上に顔を突っ伏した。メタリックな天板にいくつかの光る水滴が浮かんだ。
一週間ほどが経った頃、そのサイトからの通知メールが届いた。
《あなたの掲示に一件の新着メッセージがあります》という内容で、少女はその手にあったスマホでサイトにログインした。
サイト内の受信箱を開くと、わけのわからないランダム英数字のアカウントからメッセージが来ていた。多分初期設定のままなのだろう。
そのメッセージはいたってシンプルだった。
《掲示を見ました。私も週末など暇していますので、ぜひご一緒しませんか?》
興味をそそられた少女はそのアカウントのページを見に行った。しかし、画像はなく、プロフィールに情報も埋まっておらず、性別がわからない。
そんな何もかもがわからない人と顔を合わせるのに気が引けてくるのを少女は感じた。
スマホを操作する指に力が入る。無視してしまうことも考えはしたが、メッセージでその見知らぬ人物の素性を明かしてみてから考えよう、とためらう気持ちを外へ押しやった。
結果、その後数往復続いたメッセージで、少女はその人物と顔を合わせてもいいかという気になった。
その顔合わせの日、場所と時間を指定しただけの待ち合わせに、少女はマスクをつけ、目深にキャップをかぶった状態で挑んだ。
スマホに目をやり、事前に相手が送ってくれた服装の情報を確認し終えると、目の前にその情報の通りの格好をした中肉中背の男を見つけた。
少女が背中から声をかけると、振り向いた男はぎょっとした顔をした。
その反応に少女の緊張感は少し高まった。
「女の子、だったんですね」男は慎重な様子でそんな言葉を口にした。
男の方が明らかにあたふたとしていた。その様子に少女は微笑ましいものを感じた。
少なくとも男性だからという意味で警戒すべき、そんなタイプではないのだという直感を覚えたのだ。
男の驚きもなんのことはなく、少女の方もアカウント名をランダム英数字から変えていなかったし、プロフィール画像も情報も登録していなかったからだ。
こんな奇妙な邂逅から二人の関係は生まれた。
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