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それから一か月半。祐介があの部屋に行くことはなくなったが、交流は続いている。学内ですれ違ったら挨拶を交わす程度だが、それが達樹と周囲に変化をもたらした。社交的な祐介の影響だろうか。
達樹はどこか雰囲気が柔らかくなり、他の学生とも少しずつ話すようになった。服の趣味は相変わらずクールな感じだが、柄やアクセサリーの使い方を工夫しているのか、攻撃的な派手さは落ち着いてきたように感じる。
逆に、祐介は友達との付き合い方を考え直し、角の立たない断り方を身に着けた。無理に周りに合わせなくても楽しく遊べる仲間が増えた気がする。皮肉にも、飲めない酒をやめるだけで、酒の席でも上手に振る舞えるようになった。
「引っ越し、そろそろだよな」
夏休みが一週間後に迫ったある日のこと。学内ですれ違ったついでに、どちらからともなく声をかけた。
「うん。よければ遊びに来てくれ。今よりずっと狭いけど」
「ああ。楽しみにしてる」
達樹はより大学に近い部屋を借りなおし、瑛士は本格的に彼女と同棲を始めたそうだ。
「でも……一人はやっぱり少し不安だな」
つい弱気になってしまう。上京した時も不安や期待は少なからずあったが、瑛士の存在が精神的な支えになっていたから平気だった。それをひしひしと感じる。
「他人の世話までしていた人間が、自分一人の面倒を見れないわけねーだろ。安心しろ」
「そうかな。自分のことになると、けっこう雑になるものじゃない?」
「それでいいんだって。むしろ、自分が困らない程度に手を抜いてもいいと考えろよ。一人暮らしだぞ? 好き放題できるとか最高じゃん」
「それもそうか」
達樹は納得した様子でうなずく。
「そうだよ。……ところで、五十嵐くんって、誕生日はいつ?」
「九月二十一日。暁くんは?」
「オレは七月二十三日。……ってことは五十嵐くんの方が遅いのか。じゃあ、夏休みが明けるまでは禁酒だな」
達樹が意外そうに目を見開いた。
「俺が二十歳になるまで待っててくれるんだ?」
「その頃には、引っ越しも終わって落ち着いているだろ。二人で成人祝いしようぜ」
約二ヶ月後、今より少しだけ『マシな大人』に近づいた自分で会おう。
「で、結局オレたちってなんなの。友達でいいの?」
「またその話?」
仲が良いわけでもないのに、毎週のように泊まりに来ていたあの頃がおかしかっただけで、現在はただの『大学の知り合い』と表せる関係だ。そこだけ切り取れば『友達』と呼んでも差し支えないのだが、達樹がそれに引け目を感じているなら話は別だ。あの日の話を蒸し返してでも、双方が納得する答えを出したかった。この関係性に、名前をつけたい。一言で言い表せる言葉が欲しい。
「便宜上は『友達』でも『知り合い』でも適当に呼べばいいけどさ、なんか……嫌じゃない?」
「まぁ、俺たちにふさわしくないよね」
顔が広い祐介にとって、『友達』も『知り合い』も『その他大勢』に等しい。もちろん、友人として仲良くしたいという気持ちは最初から変わらないのだが、積み重ねてきた行いを考えると素直にそう呼べない。もっと歪な関係を望んでいた達樹からしたら、なおさらだ。
「悪友……っていうのも違うか。なんだかんだでお互い更生? するきっかけになったし」
「もっとシンプルに考えてみよう。あの部屋で、俺たちはいつも何をしていたか」
あの部屋で過ごした時間――。祐介は記憶の引き出しから、おぼろげな記憶を引っ張り出す。ダメだ、酔いつぶれて管を巻いていた記憶しかない。泥酔して達樹に介抱してもらったことが多い気がする。比較的元気なときは、持参したスナック菓子をつまみながらコーラを飲んで愚痴を吐いたり、世間話をしていた。
「やっていること、宅飲みと変わんなくない?」
「それなら、『飲み友達』とか? でも、俺はいつも素面だったよ」
なんなら、いちばん長く話し込んでいたあの夜は、二人とも酒を飲んでいなかった。力を借りたのは、ノンアルコールのエナジードリンク。アルコールなんかないほうが、有意義な時間が過ごせるのかもしれない。
「どうせ、そのうち酒飲むでしょ。いいよ、『飲み友達』で」
変に取り繕う必要がない関係というのは、なんだかんだで居心地が良い。願わくば、この先も定期的に集まって飲みに行くような仲でありたい。
「じゃあ、成人してからはそれで。……今はなんなんだろうね」
あごに手をあてて考え込む達樹。
少なくともあと二ヶ月の間は、『飲み友達』は少々語弊がある。祐介としても、成人するまで飲まないと決めている達樹の意思は尊重したい。
今の自分達を的確に表す言葉。普通の『飲み友達』にあって、この関係にないもの。それはアルコールだ。
祐介が気づきを得た瞬間、達樹も同じ答えに行きついたようだ。お互いに顔を見合わせ、ふっと笑う。
「俺が言ってもいい?」
「ああ」
考えていることはほぼ一緒だろう。さて、答え合わせといこうか。
「飲み友達を、酒抜きで」
飲み友達を、酒抜きで。 時坂咲都 @sak1tokisaka
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