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そんなこんなで同棲中の彼女の家から追い出された葛谷文哉(二十八歳、職業:ヒモ)は窮地に陥っていた。
「うん、さすがに腹が減ってきた」
朝食前に突然家から叩き出され、そろそろ正午も回ろうという頃。最低限今日の寝床を確保せねばならないと方々動き回り、その間飲まず食わず。ぼちぼち限界が近かった。
「いかんな。空腹は人から知性を奪う。どこかで食料を調達すべきか……」
急に追い出されたせいで、今の葛谷はほとんど着の身着のままだ。部屋着として使っていたYシャツとストレッチ素材のジーンズが最低限外を歩いてもおかしくない恰好だったのは不幸中の幸いか。他には財布とハンカチとライターなど、最低限の物しか持ってこれなかった。
とりあえず現状では腹を満たすことが最優先と、尻ポケットから財布を取り出す。ちなみに、財布のブランドは「GUC●I」(以前の彼女からのプレゼント)である。これ売ったらいくらになるかな、と脳内でそろばんを弾きながら、財布の中身を確認すると、
「全部で……542円、か……」
高級革製の財布の中にあったのは、数枚の硬貨だけ。お札は皆無。クソニートの身分で申請が通るはずもないので、クレジットカードも無し。
正真正銘、これが今の葛谷の全財産だった。
「3日……いや、切り詰めれば7日は食えるな。パン耳を軸に、公園の水をペットボトルに汲んで……それよりも寝床が問題か……」
とりあえず喉が渇いた。ミネラルウォーターでも購入し、そのペットボトルを水筒として再利用しよう。そう決定し、近場のコンビニへ入店する。安っぽい照明に照らされた店内には様々な用途の商品がずらりと並ぶ。コンビニへ行けば最低限必要な物品は手に入るという利便性は、現代社会の優れた点の一つだ。
もっとも、それは「商品を買う金が有れば」の話。壁際のコーナーに陳列された肉野菜弁当に目をやって、その下の値札に記載された数字へ視線を移す。
「760キロカロリーで489円。一度の食事に100円以上かけるとは、ブルジョワどもめ」
自らを賢者と自負する葛谷は、差し当たり店内で一番安いパンとミネラルウォーターを購入しようと店内を見渡して——気付いてしまう。
レジの内側。店員の背後に並べられた、箱状の商品たち。二十歳以下は購入することが叶わず、何なら近年の規制の厳しさと度重なる値上げもあって大人ですら手を引き始めている。それでもそこに商品が置かれていること自体が、依然として存在する確かな需要を証明する、酒と並ぶ代表的な嗜好品。
要するに、煙草である。
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