1on1? 何それ? バスケかよ

うたた寝

第1話


「この度、我が社にも1on1を本格的に導入することになりましたぁ~っ! ………………(シーン)……パチパチパチパチィッ~!!」

 マネージャー研修と称して呼び出された会議室。役員が我々マネージャー陣を見渡して何か大々的なことを発表したが誰も拍手しないため、自分で拍手している。

 1on1? 何それ? バスケかよ、と思われるかもしれない。バスケなら楽しいものだが、残念ながらバスケの話ではない。無反応は可哀想だろ、と彼は挙手して、

「嫌です」

「おぉぅ……」

 念願の社員からのリアクションのハズなのに役員が怯んでいる。何だ? もっと喜んでほしいところだが。

 彼の発言で周りのマネージャー陣もそうだな、ノーリアクションは良くないな、と分かってくれたらしい。『そうだそうだ!』『もっと言えーっ!』『ガルルルルッ!!』と口々にガヤを入れてくる。やったね、役員。リアクションいっぱいだよ? と彼が役員の方を見ると、何故か役員は味方が一人も居ない可哀想な人、という感じで机の陰に小さくなって小動物のように蹲っている。

 目だけ机の上に出して役員は彼の方を見上げると、

「り、理由を聞いてもいいかな?」

 理由だと? 役員の質問に彼はふぅー、とため息を吐くと、ドン! ドン! ドーン!! と。六法全書を優に超える厚さの紙の束を机の上に召還した。

「1年ほどの試用期間で溜まりに溜まった現場のクレームのほんの一部ですが、ご覧になりますか?」

「………………かいつまんでもらってもよろしいでしょうか?」

 何枚か捲っていた役員だが一枚一枚余白が無いほどにびっしりと書かれた文言に読む気が萎えたらしい。仕方ないので彼は要約してことにする。

 ああ、その前に、1on1を知らない人のために軽く雑に1on1について説明しておくと、1on1とはバスケの話ではなく、会社内で行われる、上司と部下が一対一で話し合う地獄のイベントのことである。

 先ほども少し触れたが、1年前に彼の会社でも試験的に導入することとなった。おおよそ、他の企業が導入を始めて流行っているから導入してみた、というところだろう。それ自体は別にいい。他社のいいところを真似して試しに入れてみるくらいなら全然いいと思う。

 問題は、1年の試用期間で現場から大量にクレームが着ているにも関わらず、全く動じず本格導入を始めようとしているという恐ろしいほどのふてぶてしさ。ゆえにマネージャー陣は徹底抗戦することとした。

「まず、シンプルに業務負担になっている、という現状が多数あります。面談の事前準備と当日の面談で一人1時間掛かると仮定した場合でも、8人部下が居れば、1時間×8で8時間。一日の業務時間が丸々潰れることになります」

「一日くらいで済むならそんな怒らなくてもよくなーい……?」

 寝言言ってんのかこいつ? という言葉は飲み込んで彼は説明を続ける。

「そもそも、我々マネージャー陣は普段の業務でさえ、業務時間内には終わらず、日々遅くまで残業、それでも終わらなければ休日出勤などをして月のタスクをどうにかこうにか熟している状態です。この状態の我々にさらに一日分の業務を増やすと言っているわけです。正気の沙汰ではないかと思いますが?」

 机の下に引っ込む役員。机の上に引っ張り出してやりたい衝動に駆られる彼だが、反論は無いようなので説明を続ける。

「それに、先ほど、一日、とは言いましたが、あれはあくまで部下が8人と考えた場合の話です。部下の数が増えれば当然さらに増えます。また、一人1時間も比較的短く見積もっています。1時間で終われば早い方で、2時間掛かることもあるでしょう。2,3日取られる、と言っても言い過ぎではないと思います」

『何時間残業してると思ってるんだーっ!』『何連勤してると思ってるんだーっ!』『ガルルルルッ!!』と、他のマネージャー陣から援護射撃が飛んでくる。旗色が悪いと察した役員は彼の意見は認めた上で話を変えてきた。

「じょ、上司陣が大変なのはよーく分かった……。い、いや、しかしだね? 部下にとっては大切な時間で……」

「そうですね。部下が喜んでいるのであれば、まだ我々上司陣も我慢しようという気になりますが」

「……えっ? 喜んでないの?」

 初耳です、という顔で役員が目を丸くしているが、1on1のアンケート結果見てないのだろうか? 一応全部目を通した彼ははぁ……、とため息を吐く。

 彼らマネージャー陣も自分たちの仕事量が増えたから文句を言っているわけではない。いや、訂正。それで文句を言っている部分もあるが、元々『部下の為の時間』と銘打っていたハズの1on1で部下が嫌がっているのだから本末転倒もいいところ。必死にマネージャー陣が時間を作って1on1をやっているのに、1on1嫌、って顔の部下と面談しなければいけないのである。どう頑張ってもモチベーションなんか上がるわけもなく、現状、1on1で誰も得をしていない。何なら、1on1の場で、1on1の愚痴で盛り上がっているくらいである。

「全員、とは申しませんが、大半は嫌がってますね。見ますか? アンケート結果。匿名ということもあってみんなすんごい正直に不満をぶちまけていますが」

「止めとく……」

 おい、社員の意見を聞かないって言ったぞこの役員。どうなってるんだ、この会社。という不満を一旦彼は飲み込んで、

「では、こちらも同様にかいつまみますが、大体が上司とそんな頻繁にコミュニケーションなんか取りたくない、という意見ですね。平日残業・休日出勤までして捻出した時間で1on1して部下に嫌な顔されるわけです。上司陣もそろそろ泣きます」

『何ならもう泣いている上司も居るぞーっ!』『家族行事諦めて妻と娘に嫌な顔されてまで時間作ったのに部下にも嫌な顔されるんだぞーっ!』『ガルルルルッ!!』、とマネージャー陣から恒例の援護射撃。……というか、さっきから彼はちょっと気になっているのだが、何か一人人間辞めているマネージャー混じってないだろうか? 激務続きで人間であることを辞めたのだろうか? 気持ちは分からんでもない。

 机の下に籠っている役員。何か反論でも考えているかもしれないが、少し待っても反論が来なそうだったので、彼は話を続ける。

「1on1には、コミュニケーション促進、という意味合いもあったかと思いますが、現実問題、コミュニケーションを取りたい社員ばかりではありません。必要最低限はコミュニケーション取るけど、それ以上は取りたくない、という者も居ます。飲み会絶対来ないマンとかいい例ですね」

 ひょこっと、役員が机の下から顔を出した。もぐら叩きのゲームみたいだったので頭を叩きたい衝動に彼は駆られたが我慢する。

「で、でもね? そういう、その、コミュニケーションが苦手、っていうのを改善する意味合いも、あるんじゃないかなぁ……、っと……思うん……ですけど……」

 言いながら机の下に役員が引っ込んで行ったので語尾が聞き取りづらかった彼だが、

「業務に支障が出るレベルでコミュニケーションが苦手なのであれば、多少改善してもらう必要があるかと思いますが、そういうレベルで無い人に無理やりコミュニケーションを取らせようとするのはいかがなものかと思いますが」

 課にもよるかとは思うが、彼の課であれば、振った作業を熟してくれ、疑問点を確認してくれる程度のコミュニケーションが取れれば十分である。それ以上のコミュニケーション能力は別に求めていない。

「また、コミュニケーション云々以前に、純粋に上司が嫌い、という意見も上がってます」

 会社のアンケートに凄いこと書くな、と彼は思ったものだが、多分書きたくなるほどに嫌だったんだろうな、と解釈した。面談時間は大体30分だが、嫌いな人と30分間一対一で話し合い。気持ちは察する。新しい拷問にさえ使えそうだ。彼なら5分で発狂する自信がある。

 役員がぬぅーっと顔を机の下から出して何か言おうとしたので、彼は先手を取る。

「1on1には人間関係を改善、という意味合いもあったかと思いますが」

 先に言われたらしい役員が机の下に避難していった。この机蹴り飛ばしてやろうかな、と彼はやや本気で考えながら、

「嫌いな理由が直せるものであればそれもありだと思います。例えば髭が不衛生で嫌だとかなら髭を剃ればいいし、タメ口が嫌とかなら敬語を話すように直せばいいですが、何となく嫌い、などの直しようの無い理由だと、もう改善しよう無いかと思いますが」

 人間関係を改善した方がいい、という理屈自体は彼も分かる。人間関係が劣悪な職場よりも、人間関係が良好の職場の方が仕事がスムーズに行く。だから人間関係を良好にしていこうね、というのはごもっともだが、生憎、人間には好みがあって、好き嫌いがあるのである。嫌いな人というのは一定数出てくる。

「こちらも、業務に支障が出ているほど関係性が劣悪なら、最低限、影響が出ない程度には改善してもらった方がいいかと思いますが、お互い合わないことを認識して適度に距離を取っているような関係性の二人に無理にコミュニケーションを取らせるということは、むしろ関係性を悪化させる可能性さえあるかと思います」

 ただでさえ人間関係というのは複雑で離職の要因へと繋がるのだ。会社が下手に干渉して関係性が悪化でもしようものなら離職率の上昇に繋がる可能性さえある。嫌いな人は嫌いな人と理解して折り合いを付けた上で、適度に距離を取ることも必要なのだ。

「以上、マネージャー陣、部下、双方これだけ1on1を嫌がっている現状があるにも関わらず、1on1の導入を強行しようと言うのであれば、」

「………………あれば?」

「社員と役員のコミュニケーション不足かと思いますので、部下との1on1の前に、貴方との1on1をここに居る全員としようかと」

 マネージャー陣は一斉に立ち上がると、各々拳を鳴らしたり、首を鳴らしたりと臨戦態勢に入る。

『良かったですねぇ~?』『1on1やりたかったんですよねぇ~?』『ヒャッハァーッ!!』と、マネージャー陣から大人気の役員。みんながみんな笑顔を浮かべながら役員を包囲して近付いていく。

「い、いや待とう! ねっ! 一旦待とう! 一旦落ち着こう! 何かこれ1on1というよりリンチにぎぃぃぃやぁぁぁっっっ!!」


 そうして、彼らの会社から1on1という制度は廃止となった。

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