第8話 チート錬金術師の末路
「こんなの絶対おかしいわ」
窓のない暗い一室で、少女はブツブツと呟いている。
「なんで、チート錬金術師の私が、こんな部屋に閉じこめられて毎日毎日ポーションを作らされているのよ」
部屋の中には、大きな机がひとつと簡易ベッドがひとつ。
机の上には、ポーションの材料と空瓶がうずたかく積まれており、足下には完成品を入れるための箱が置いてある。
まさしく泊まり込みでポーションを作るためだけの部屋だった。
床は石造り。部屋にはドアがふたつあるのだが、ひとつはトイレで、もうひとつには外から鍵がかかっている。
ここに閉じこめられてから、もう何日経っただろう?
それ以前に、今が朝か夜なのかも少女はわからなくなっていた。
ポーションの薬剤で緑色に染まった右手親指の爪をガジガジと囓る。
「あの村で死にかけていた人を助けて、彼が王子さまだってわかったときは、キターッて思ったのに」
まさしく王道展開そのものだ。日本の女子高生だった前世の記憶を持つ少女は、自分が追放モノのヒロインに転生したことを、あらためて確信した。
それなのに、浮かれ気分で連れて行かれた隣国で、彼女は逃げ回る羽目になる。
肝心な王子さまが、お尋ね者だったせいだ。
「そんなの聞いてないわ。私の高品質ポーションがあれば、すぐに兄も父も廃して自分が国王になってみせるなんて言っていたけど、いつまで経っても状況はよくならないし……あの役立たず王子」
むしろ段々悪くなっている。
作らされるポーションの数が増え、王子の顔から余裕の笑みが消えるに連れ、少女はそれを実感していた。
「冗談じゃないわ。私はヒロインなのよ。こんなところで燻っていていい存在じゃないのに。絶対表に出てやるから」
窓のない部屋でドアには鍵。絶望的な状況だったが、少女は諦めていない。
爪を囓りすぎ指から血を滲ませながらも、口角をつり上げた。
「だって、私にはコレがあるもの」
少女は、懐から真っ赤な液体の入った瓶を取り出し、愛しそうに頬ずりする。
それは、彼女がリダース王国より隠し持ってきた材料から、たった一本だけ完成したエリクサーだった。
エリクサーは、不老不死の万能薬。幻の薬と呼ばれたそれを、少女はついに完成させたのだ。
「フフ、さすが私だわ。コレがあれば大丈夫。だって、この世にエリクサーを欲しがらない人なんていないもの。どんな権力者だって、みんな私の前に跪くのよ。――――まず、このエリクサーをエサにして、あの役立たず王子に私を解放させてやるわ。そして、隙を見て王子のお兄さんに寝返るの。エリクサーを作れる私を、お兄さんだって、この国の国王だって大切にしてくれるはずだもの。……役立たず王子も顔だけはよかったから、お兄さんもイケメンかもしれないわよね。もしそうだったら、私が王妃になってあげてもいいわ」
少女の勝手な妄想は、どんどん広がる。妄想の中の彼女は、エリクサーの瓶を片手に、金銀宝石がジャラジャラとついた王冠を被り、豪華なドレスを着て玉座にふんぞり返っていた。
「……そうね。この国を手に入れたら、リダース王国に攻め入ってもいいわよね。あそこの王太子さまもイケメンだったから、私の逆ハーレムに入れてあげる。……そして、小うるさかったあのオバサン係長をクビにして追放するのよ」
言うまでもないかもしれないが、オバサン係長とはアイリのこと。アイリは二十三歳。オバサンなんて呼ばれる年ではないのだが、少女にとって自分に小言を言う年上の女性は、みんなオバサンだ。
「口を開けば、あれはダメ、これもダメって禁止ばかり。なんだか面倒くさい理由を懇切丁寧に説明してくれたけど、そんなもん聞くだけ眠くなるっていうの。ああいうお局さまって異世界にもいるのね……草」
なにが面白いのか、少女はキャハハと笑う。
今の彼女を見たら、アイリはどれだけ悲しむだろう。
既に自分が王妃にでもなったつもりでもいるのか、少女は気取って椅子に腰かけた。
そこに、ガチャッとドアの開く音がする。
ノックもなく入ってきたのは、少女曰く『役立たず王子』だった。
すぐに後ろを向いた王子は、内側からドアに鍵をかけ、その鍵を自分の胸ポケットに入れる。隙を突き少女が逃げ出さないようにするためだ。
「ポーションは、出来たか?」
開口一番そうたずねてきた。
少女は、バカにしたように鼻を鳴らす。
「ポーション? そんなものどうだっていいわよ。私がなにを作ったと思う?」
自信満々に少女は言い返した。
とたん、王子は豹変する。
「ポーションは、出来ていないのか!」
掴みかからんばかりの勢いで、少女に迫ってきた。
「なっ! そんなものどうだっていいって言ったでしょう! 私は、エリクサーを完成させたのよ!」
「まさか! 本当にないのか?」
王子は、少女の胸ぐらを掴んで、椅子から強引に立ち上がらせる。
「きゃあ! ちょっと、離しなさいよ。エリクサーを落としたらどうするの? これはまだこの世に一本しかないのよ!」
少女は焦ってエリクサーを掴み直した。
しかし、王子はエリクサーになど、目もくれない。
「ポーションだ! ポーションを出せ!」
「なによ! ポーション、ポーションって。私はエリクサーを持っているって言ったでしょう?」
「そんなものどうだっていい!」
王子は目を血走らせて少女の体を前後に揺すった。
はっきり言って異常である。
それもそのはず、彼は、彼女の作る高品質ポーションの依存症になっていた。
しかも、かなりの末期。おそらくポーション以外を口にしていないのだろう、よく見れば、彼の頬はこけ目は落ちくぼんでいた。
これが、飲めばたちどころに体の不調をすべて治し、言い知れぬ高揚感と多幸感を与えてくれる高品質ポーションを際限なく飲んだ者の行く末だった。
「ないなら作れ! 今すぐポーションを作るんだ!」
王子は、掴んでいた少女の体を、机の方に突き飛ばす。
「きゃっ!」
机にぶつかりそうになった少女は、咄嗟に両手を前に出し受け身を取った。
結果、少女の握っていたエリクサーは、床に落ちパリンという音を立てて割れる。
真っ赤な液体が、石の床に大きく広がった。
「きゃぁぁぁっ! エリクサー、エリクサーがっ!」
悲鳴を上げた少女は、床に這いつくばりなんとか液体をすくおうとする。
王子は、その少女の髪を引っ張り立たせた。
「痛い、痛い、痛い! なにするのよ?」
「早くポーションを作れ!」
「なにがポーションよ。あなたは自分が今なにをしたかわかっているの?」
目の前で大切なエリクサーを壊された少女は、怒りで目の前が真っ赤になる。滅茶苦茶に暴れ出した。
「こいつ!」
「なにがこいつよ! このクソ王子!」
互いに相手に掴みかかり殴り合う。
成人男性である王子と少女。本来なら少女が王子に敵うわけがないのだが、ポーション依存症末期な王子は、禁断症状で体がフラつき、狙いが定まらない。
一方の少女は、狙いもなにもなく滅茶苦茶に腕を振り回した。
その腕を避けようとした王子が、グラリとバランスを崩す。
そこに少女のパンチがとんで、顔面に炸裂した。
たまらず倒れる王子。石の床にぶつかった頭から、ゴッと鈍い音がした。
うつ伏せでピクリとも動かなくなった王子を、少女は息を荒くしながら見つめる。
「はっ……ざまぁ……私を殴ろうとしたりするからよ」
醜く嘲笑ったのだが……王子の頭の下から、赤黒い血が流れていくのを見て、顔色を変えた。
「う、嘘っ……まさか、死んでいないわよね?」
返事はなく、血は広がるばかりだ。
やがて血の赤は、既に流れていたエリクサーの赤と混ざり合った。
赤く染まる石の床から、少女は震えながら後退る。
「ち、違う。違うわ。……ただ気を失っているだけよ。私は、悪くない。正当防衛だもの。……そ、そうよ。悪くないんだから、この隙に逃げないと」
ブツブツと呟いた少女は、倒れている王子の胸ポケットを探り、鍵を取り出すと外へと続くドアに近づく。
ドアを開けようとして――――動きを止めた。
そのままドアに耳をつける。
「……ポーションはどこだ?」
「王子が出てこない」
「まさか、独り占めするつもりか?」
「ポーションだ。ポーションを寄越せ」
ドアの外から、複数の声と足音が近づいてきていた。
第二王子の雇った傭兵たちだ。
声から全員ポーション依存症の末期だとわかる。
自分の高品質ポーションが依存症を引き起こすなんて思ってもいない少女だが、それでもドアの外にいる男たちの異常性はわかった。
鍵を開けたら……まずい。
「ど、どうしよう?」
少女は立ち竦んだ。
部屋の出口はひとつだけ。しかし、そこから出るわけにはいかない。
オロオロとしていれば、ドンドンと外からドアを叩く音が聞こえた。
「開けろ!」
「そこにいるのは、わかっている」
「ポーションを寄越せ!」
「ポーション! ポーション! ポーションだ!」
ドンドンという音は、段々大きくなりガンガンと響く。
ドアが、ガタガタと揺れ出した。
「ひっ! ……い、嫌よ。どうして私がこんな目に」
一歩、二歩と後退さった少女だが、ぬるっとしたなにかに足を取られ尻餅をつく。
石の床についた手は真っ赤になり、振り返ればそこには倒れたままの王子の体があった。
相変わらずピクリとも動かない。
「いやぁぁぁっ!」
ギシギシと軋むドアの音から耳を塞ぎ、少女は声を限りに叫んだ。
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