第7話 とある側近候補(男爵子息)の持論
王侯貴族の男性は、身分が高ければ高いほど執着が強くなる。
これは、幼い頃から王太子の側近候補として王宮に勤めてきた、私の持論だ。
いい例が、私と同じ側近候補の侯爵子息。
この男は、幼い頃から自分の義姉に恋情を抱いていた。
そして、彼女を手に入れるために、彼女の婚約者だった公爵子息に婚約破棄騒動を起こさせたという、とんでもない奴なのだ。
「スゴい。こんなラノベみたいな展開が本当にあるのね」
同じく側近候補……いや、表向きは王太子の婚約者候補であるアイリが、びっくりしていたが――――あのね、この婚約破棄騒動の大元は、君だからね?
なぜなら、出会ってしばらく後のアイリが、暇つぶしに聞かせてくれた『悪役令嬢モノ』とやらが、この婚約破棄騒動の原点になっているからだ。
彼女の話を聞いた侯爵子息が、あれこれ画策してシナリオを練り上げ、その通りに義姉を婚約破棄させたというのが、この事件の真相だ。
……けっして誰にも言えないけれど。
策を成した侯爵子息は、傷心の義姉を慰め、まんまと彼女を手に入れた。もちろん、公爵子息をざまぁするのも忘れない。
(公爵子息を誑かすために、彼好みの平民女性を見つけて送り込んだり、見え見えの裏工作を唆したり、やり口がえげつないったらなかったよな)
私は、絶対こいつとは敵対しない。
そう誓った事件だった。
とはいえ、身分の高い王侯貴族の中に、執着心ヤバめ――――もとい、強めの者がひとりいても、私の持論を証明することにはならないだろう。
身分が高く執着心が強い者は、他にもいる。
誰あろう、私の仕える王太子殿下である。
自分が見そめた女性を、彼女に嫌われることなく妃にするために、十五年もかけて手に入れたのだから、その執着心には恐れ入る。
「ねぇ、本当に私なんかが王太子妃になっていいのかな?」
王太子殿下が見そめた女性――――アイリが、首をコテンと傾げて、私に聞いてきた。
ちょっと! そんな可愛い仕草で、私を見ないでくれないかな。
離れた場所で仕事に没頭しているふりをしながらこっちを観察している殿下の視線が、怖いから。
「もちろんだよ」
っていうか、君以外にこんなに重い愛を受け止められる人はいないよ。
私が保証する。
だって、王太子殿下は、君以外の婚約者候補を脱落させるために、本当に手段を選ばなかったんだから。
公爵令嬢とその一派を脱落させるために積極的に侯爵子息に手を貸したり――――
残った三人の令嬢を脱落させるために、高品質ポーションが美容に効くという噂を流したり――――
見ている私がどん退くようなことをいろいろしてくれた。
まあ、あの三人のご令嬢は、殿下がそれとなく候補の辞退をほのめかしたのに、それをアイリのせいだと逆恨みして、嫌がらせをしていたんだから、自業自得の面もあるのだけれど。
たとえ、それをアイリが、たいして気にもせず見事に躱していたのだとしても、殿下にとって許されることではなかったのだろう。
ともかく、君が「うん」と言ってくれないと、殿下がなにをしでかすか怖くてしかたないんだ。
それに、君だって子どもの頃から遺憾なく実力を発揮し、宰相さまや元帥さまなど、国のお偉いさんたちを籠絡してきたじゃないか。
君は無自覚なんだろうけど、国の中枢にいる人ほど、王太子妃に相応しいのは君しかいないと思っているんだよ。
お願いだから、諦めて一日も早く妃になってほしい。
「……そう。あなたにそう言ってもらえるとなんだか安心するわ」
アイリは嬉しそうに笑った。
男爵子息の私は、王太子殿下や侯爵子息より気軽に話せるようで、彼女はよく私に無防備な笑顔を見せてくれる。ついでに普通の人々の価値判断基準にもしているようで、意見を聞かれることも多い。
私を常識人だと思ってくれているのは嬉しいけれど……できれば止めてくれないかな。
特に今は、殿下の視線で、凍りついてしまいそうだから。
「じゃあ、私は支援係に戻るわね」
バイバイと、アイリは軽く手を左右に振った。
だから、そういう可愛い仕草は、殿下にしてって言っているのに。
ものすごく頭が切れるのに、どうして恋愛方面での君は、そんなに鈍いんだい?
顔が引きつりそうなのを堪えて、私もバイバイと手を振り返した。そうしなければアイリが悲しそうな様子になるからだ。
執着心の塊のような殿下にしても、アイリが悲しむのは本意ではないので、不機嫌になりながらもバイバイは認めてくれていた。
……今日は、特別不機嫌そうだけど。
意図せず私を命の危険に陥れながら、アイリは殿下と侯爵子息の方を向いた。
「――――それでは、失礼いたします」
寸分の隙も無い美しいカーテシーは、十五年間の王太子妃教育の成果だろう。
そういう礼儀正しいところも彼女の魅力だと思うけど、今だけは逆効果。
殿下の醸し出す空気が、一段と冷えた。
それを華麗にスルーして、アイリは出て行ってしまう。
「――――おい」
先ほどまでの王太子然としていた姿はどこへやら。町の破落戸だってこんなにガラが悪くないだろうというようなドスの効いた声が、殿下の口から漏れた。
聞こえないふりで出て行ったら、怒られるんだろうな。
――――やっぱり、王侯貴族の男性は、身分が高ければ高いほど執着が強くなる。
持論の正しさを、骨身に実感する私だった。
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