第5話 チート錬金術師のその後
「アハハ、相変わらず私の婚約者殿は怖いな」
「婚約者ではなく、婚約者候補です。それももうすぐお役御免になって、側近になれるはずでしょう?」
そのため日夜頑張ってきたのだ。支援係の問題も片づいて部内の機構改革が進めば、晴れてアイリは王宮の役人を辞め、王太子の側近になれる……はず。
「う~ん、まあ、その予定ではあったんだけどね――――」
対する王太子は、煮え切らない返事をした。
「……だけど? だけどってなんですか」
もしや、なにか不測の事態があったのだろうか?
まさか、追放したあの子が、この国で問題を起こしたとか?
「彼女がなにかしたのですか?」
心配したアイリは、せっかく座ったソファーから立ち上がり、王太子に詰め寄った。
勢いがよすぎたせいで、ちょっと胸が王太子にぶつかってしまったが、まあ仕方ない。
「うわっ、柔らかっ……っと、違う、違うよ。君が追放した錬金術師は、順調に破滅の道を辿っている」
王太子は焦って首を横に振った。目の前を行き来する耳の先は、なぜかほんのり赤い。
「本当に違うのですね?」
なおも顔を近づけ確認するアイリに、王太子は仰け反りながら頷いた。
「そうだよ。そもそも君をここに呼んだ理由は、その話を伝えたかったからなんだ。彼女の後をつけさせていた『影』から連絡が入ったんだよ。……と、ともかく、離れてそっちに座ってくれないかな。あまり急接近されると私の心臓がもたない」
影とは、王家直属の諜報部員のこと。
「……あ、これは失礼しました」
自分が、座っている王太子に覆い被さらんばかりの体勢になっていることに気づいたアイリは、慌てて謝った。さすがに不敬が過ぎたかもしれない。
そそくさと正面のソファーに戻る。
(だからって「心臓がもたない」表現はおかしいと思うけど? 私、そんなに殿下に体重をかけたりしていないわよね)
目を合わせれば、王太子はコホンとひとつ咳払い。自分で淹れたお茶を一口飲んで息を整えていた。なんとなくだが、そわそわしているようにも見える。
側近ふたりが、なぜか哀れみのこもった視線を彼に向けていた。
「……ああ、もう。さっさと、こっちの報告の件を片づけよう。――――影からの報告だけど、件の錬金術師は、まず辺境の村に住み着いたそうだよ」
王太子が話し出すと同時に、男爵子息の側近がアイリに分厚い報告書を手渡す。
いろいろ気になったアイリだが、彼女がどうなったかは、もっと気にかかる。王太子の話に耳を傾け、報告書に目を落とした。
――――報告書によれば、辺境の村に移り住んだ彼女は、その理由を「だって、追放モノの王道だもの」と周囲に話したそうだ。
そして同じ理由で、村役場で斡旋された立派な空き家を断って、わざわざ村の外れの小さな家で暮らしはじめたという。
その後、ポーションを作って村民に売ろうとしたのだが、失敗。
なぜなら、ここリダース王国は医療体制が整っているからだ。
魔法省生産魔法部錬金術課支援係が作っていたのは王宮内で使用するポーションばかりだったが、同じ錬金術課内には王国内各地のポーションを管理する係がある。大きな医療機関のない辺境には、ポーションが無料で供給されていた。
国から無償で支給されるポーションを十分ストックしている村民たちが、見知らぬ少女の作ったポーションを、たとえ高品質だと言われてもお金を払って購入するはずがない。
支援係で働いていながら、そんなことも知らなかった少女は「王道と違うじゃない!」と叫んで、自分の家に引き籠もったそうだ。
「こんなの絶対間違っている」
そんな言葉を呟きながらポーションを作り続けていた錬金術師が、近くの森で行き倒れていた青年を見つけたのは、追放してから三週間後。
青年は隣国の第二王子で、彼女のポーションで一命をとりとめた。
そして彼女の自称不遇を知り、自分の故国へと誘い一緒に旅立ったという。
報告の内容はここまでだった。
次の報告は、隣国に忍び込ませている影からくるそうで、しばらく後になるらしい。
報告書を読みながら話を聞き終わったアイリは、大きなため息をついた。
(やっぱりこうなるのね)
それこそ追放モノの王道だ。
ただ違うのは――――
「隣国の第二王子は、権力争いに敗れて我が国に逃げ込んできたらしい。ずいぶんな野心家で、優秀な第一王子を妬んで罠にかけようとして返り討ちにあったと聞いている。我が国でも指名手配していたんだが……あの錬金術師は、引き籠もっていてそれを知らなかったらしいな」
王太子が淡々と説明を付け加える。
引き籠もっていなくとも、自分のことにしか興味のない彼女は、指名手配なんて気にもしなかっただろう。
追放された錬金術師を助ける王子が悪者だったなんて、王道ラノベではありえない展開だった。
(それともそれも錬金術師側から語られる物語だから、そうなっているだけなのかしら)
善と悪は表裏一体。同じ出来事が立ち位置によって善にも悪にもなることを、アイリは一番よく知っている。
「――――野心家の王子と、依存症を引き起こすような高品質ポーションの作り手とが一緒にいるのは、まずいんじゃないのか?」
懸念を口にしたのは、側近の侯爵子息だ。
王太子は「大丈夫だ」と頷いた。
「既に隣国には、こちらの事情もあわせて詳細をしらせてある。あそこの第一王子は、本当に優秀だからな。ふたりまとめて始末してくれるだろう」
どうやらそこは王道とは違うらしい。
「万が一、始末に失敗して錬金術師が我が国に逃げ帰ってこようとしても、彼女は、指名手配犯を助けてポーションまで与えたんだ。幇助犯で確実に捕えてやるさ。今度は、追放なんて生温い処罰じゃなく重い実刑を与えてやる」
まるで悪人みたいな黒い笑みを王太子は浮かべた。
(まあ、追放モノのヒロインを捕まえる算段をしているんだもの。悪役なのは間違いないわよね)
隣国で第二王子の反乱に加担させられるのも、リダース王国に帰ってきて幇助犯として捕まるのも、ヒロインにしてみればとんでもない結末だ。
(どこかで気がついて立ち止まってほしいけど……あの子じゃムリかしら)
ともかく、他人の話を聞かない子だった。少しでもアイリの忠告を聞いてくれていれば、一緒に歩む未来もあったのかもしれないのに。
こっちだって、追放したくてしたんじゃない。追放する以外なくて追放したのだ。
アイリは、こっそりため息をついた。
「ところで、私が側近になることに、なにか障害があるのですか?」
もはやあの子の件は、アイリの手を放れてしまった。考えても仕方ない。
ならば、他の懸念を晴らすべきだろう。
アイリの質問に、王太子はうしろめたそうに視線を逸らした。
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