第2話 部内会議より
一ヶ月後。
アイリは生産魔法部の部内会議に出席していた。
本来この会議の出席者は課長級以上。係長であるアイリは対象外なのだが、錬金術課長の隣にちゃんと席がある。
会議の対象外の人物は、アイリ以外にもいた。テーブルの一番上座に座る王太子殿下である。
実質国のナンバースリーである王太子が部内会議に臨席することなど滅多にないことなのだが、本人は涼しい顔で鎮座ましましている。
出席者は全員緊張の面持ちだ。
ちなみに国のナンバーワンは当然国王陛下で、ナンバーツーは王妃殿下である。
「さて、報告を聞こうか」
両肘をテーブルについて長い指を組んだ王太子は、端正な顔に笑みを乗せた。
最初の発言者に決まっていたアイリは、椅子から立ち上がる。
「それでは最初の議題――――かねてより不穏分子として注視されていた錬金術課支援係の『非常勤職員A』を解雇した後の現況を報告します。配布資料一~二ページにはこれまでの経緯を簡単にまとめてあります。三ページ以下をご覧ください。表①のとおり、懸念されていた支援係のポーション作成数の減少は見られません。むしろ生産体制を分業化したことにより、増加傾向にあります。完成品の品質も規定に則った基準をクリア。以前のように飛び抜けた効力を発する物はなくなりましたが、すべて均一の品質で納めることができています。分業化による在籍職員の残業時間は月平均ひとり三.五時間増となりましたが、一名減を考慮した想定時間は下回っています。予算の範囲内ですし、作業に慣れるに従って減少傾向にありますので問題ないと思われます。……あと、先週ストレスチェックをした結果ですが、一ヶ月前に比べ、仕事への意欲、心理的な仕事の負荷、対人関係のストレス等すべての項目で改善が見られています」
残業の総時間数でいえば、むしろ以前より減っているくらい。追い出した少女は、夢中になれば一晩中でもポーションを作り続け、深夜の時間外加算もばかにならなかった。
(止めても勝手に残業するから困っていたのよね。有休を取れと言っても『私がいなかったら仕事が回りません』とか言って休まなかったし。そのくせ『この職場はブラックだわ』って突然叫んだかと思えば人事部に訴え出たりするし……あの子の後始末をしないで済む分、少なくとも私の残業は激減したわ)
以前の苦労を思い出し、アイリの視線は遠くなる。他の職員同様、彼女のストレスも間違いなく改善されていた。
アイリの発言が終わると、生産魔法部副部長が立ち上がる。
「ポーションの品質の均一化について補足します。品質は、騎士団をはじめ各部署からも確認してもらっていますが、性能のばらつきがなくなって計画的に使えると、団長クラスからは概ね好評を得ています。ただ、一部の騎士からは、以前あった効能の高いポーションを求める声も聞こえましたが……現状そこまでの効果を求める必要も無く徐々に収まりつつあります。あと、こちらは報告ですが……それでも執拗に高品質ポーションを求める騎士を調査した結果、ポーション依存症の兆候を発見しました」
副部長の発言に、出席者のほとんどが息を飲む。
「なんと」
「依存症?」
「まさか、そんなことが」
信じられないようだが、事実である。
酒は百薬の長と言われるが、度をこせば害悪となり依存症を引き起こすことは周知の事実。毒と薬は紙一重。そしてそれはポーションでも変わらなかった。
ただ、今までは依存症を引き起こすレベルの高品質ポーションを、そんなに頻繁に飲む機会がなかったため、症例が現れなかったのだ。
(それをあの子はポンポンと作って提供してしまうのだもの。治験もしてないから危険だって注意しても『私の才能を羨んで、そんなことを言うんでしょう』とか言って聞かないし)
以前からその可能性も懸念していたアイリは、重いため息をつく。
「この件については、医局にも確認してもらっています。結果、普通のポーションには依存症を引き起こすような中毒性は発見できず、高品質ポーション――――それも、件の『非常勤職員A』が作成した物を多量摂取した場合のみ症状が現れることが確認されました。医師の推測では、おそらく作成段階で彼女個人の持つ強い魔力を注ぎすぎた結果だということです。既に本人がいませんので検証は不可能ですが。……発症した患者は、依存症の初期段階であったため治療の経過は順調で、全員回復傾向にあります」
発言を終えた副部長が着席すると、入れ替わりに生産物管理課長が立ち上がる。
「問題の高品質ポーションですが、現存品は全て回収。鍵のかかる保管庫で厳重管理しております。安全な処分方法が見つかりしだい廃棄する予定です」
ちょっと勿体ないような気もするが、依存症になるようなポーションを飲ませるわけにはいかない。用法用量を守ればいいのではないかと主張した者もいたが、今後このポーションを追加で調達する予定はないのだ。ここでスッパリ切り捨てた方が良いと判断された。
「――――聞けば聞くほどその『非常勤職員A』は、とんでもない人間だったようだな。被害を最小限に抑えてくれたことに感謝する」
報告を聞いた王太子は、眉間にしわを寄せてそう言った。
「はっ」
部長以下すべての職員が、立ち上がり頭を下げる。
「特に錬金術課支援係長は、手遅れになる前にAを追放することを提案、実行してくれた。君の先見の明には、これまでも度々助けられている。今後も遺憾なく実力を発揮してほしい」
「ありがとうございます」
いったん顔を上げたアイリは、再び深く頭を下げた。
(……褒めすぎだわ。あんまり上から目をつけられたくないっていうのに……まあ、今さらなんだけど)
心の中で愚痴る。
チラリと下から王太子を見上げれば、彼は楽しそうに口の端を上げていた。
「さて、次の議題に移ろうか。――――生産魔法部の機能最適化案についてだったな。支援係長、検討結果を聞かせてくれ」
アイリは「はい」と答えて立ち上がった。
王太子から直々にお褒めの言葉をもらい、なおかつ遺憾なく実力を発揮するようにとまで告げられたアイリの報告を、部内会議の面々は疎かにできないだろう。
「まずは、各課にある重複係の排除の件ですが――――」
大胆な機構改革になるその案を、アイリは淡々と説明しはじめた。
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