チート錬金術師を追放しましたが、なにか?
九重
第1話 追い出した後の現場より
「王宮のポーションを作っていたのは、ほとんど私なのよ! その私を追い出すなんて、後悔してもしらないから!」
大声で捨て台詞を吐き、少女は足音荒く部屋から出て行く。
それを見送ったアイリは、ホッと息を吐いた。
(ようやく、いなくなってくれたわ)
「ふん、大口叩きやがって」
「ただのバイト風情が」
周囲の人々は不快そうに眉をひそめている。
ここは、リダース王国魔法省生産魔法部錬金術課支援係――――名前だけは立派だが、実態は王宮で使用するポーションを地道に作成するだけの製造部門だ。やっていることは、町のポーション工場とさほど変わらない。
違うのは、働いている職員のプライドくらいのもの。
「そりゃあ、あの子がポーションを作るスピードはすごかったけど」
「出来も良かったみたいよね。でも所詮ポーションでしょう?」
「あれくらい私たちだってできるわよ」
残された職員は、忌々しげに言い合った。
(ムリだわ)
彼らの言葉を、アイリは間髪入れず心の中で否定する。
なぜなら、今出て行った少女は、錬金術の天才だったから。規格外の性能を発揮するポーションを短時間でたくさん造ることができる才能の持ち主で、なおかつ探究心旺盛。エリクサーなんていう存在しない万能薬まで錬金しようとするような化け物だ。
ここに残った職員が十人束になったとしても、彼女には敵わないだろう。
なにせ、彼女の台詞どおり、今まで王宮で生産していたポーションのほとんどは、彼女の作品。他人の追随を許さぬ才能はチートと呼んでもいいもので、彼女ほどの錬金術師は、世界中探してもいないに違いなかった。
(あれよね……前世で読んでいたラノベの『追放モノ』のヒロインみたいよね)
――――実は、アイリは前世持ち。日本のコンサルティング企業に勤務していた会社員だったという記憶がある。仕事が忙しく彼氏はいなかったが、その分の心のときめきをラノベやゲームで補っていた。
だからこそ、一見有能に見えるチート少女の危険性にいち早く気づくことができたのだ。
(このままあの子が職場にいたら、他の職員がダメダメになって王宮のポーションの生産体制が崩壊してしまうわ。突出したひとりの力に頼る企業が長続きするはずがないもの)
前世で担当したクライアントの中には、有能な先代が事業を拡大、個人の力で利益を飛躍的に伸ばしたものの、後継者の育成を怠って代替わりと同時に経営危機に陥る会社もあった。
ここは王宮で営利企業ではないのだが、利益を目的としていないだけで機能的には大きな違いはないはずだ。
「ほらほら、お喋りはそのくらいにして仕事に戻りましょう」
アイリは、パンパンと手を打ち鳴らした。一応、支援係の係長をやっているので、この場を取り仕切る役目があるからだ。
「は~い」
やる気の見えない職員たちの間延びした返事に、ため息を押し殺しながら指示を発した。
「イアン、ウスラ、あなたたちは薬草の選別をしてちょうだい。今日作るのは疲労回復ポーションだからクエン草とビービーワンを二対一の割合で三百組揃えてね。エマとオットーは、精製水の準備。雑菌が入らないように念入りに蒸留しなくちゃだめよ。成分の抽出はカイとキムにお願いするわ。集中力のいる仕事だから一時間経ったらクーパーとケリーに交替。休憩時間はしっかり休んで品質が均一になるように注意してね。最終チェックは、私とコディがやるわ」
アイリの指示を聞いた職員たちは、驚いたような顔をする。
「え? それって、分業ってことですか?」
「俺は、薬草の選別だけやればいいってこと?」
「疲労回復ポーションくらい、みんなひとりで全工程できますよ」
「今までみたいに個人個人で作ったらいいんじゃないですか?」
アイリは、困ったように笑った。
「う~ん、それだと今日の納品は三百本だから、ひとりあたりのノルマが三十本になるのよね。ポーション一本をひとりで作るのにかかる時間の平均はだいたい二十分だから、計算すると休みなしで作っても十時間かかることになるけれど……それでも大丈夫?」
アイリの言葉に、全員が顔色を悪くした。
ちなみに、この世界の一日の勤務時間は昼休みの一時間を含めて七時間。出て行った少女以外が残業した実績は、この一ヶ月で三時間だけ。
「……あ、だって、今までそんなに時間がかかったことはないのに」
「ええ。ほとんどをあの子が作っていてくれたおかげでね」
チートな少女は、作る量もスピードも桁違いだった。三百本の内二百本を作らせても余裕でノルマをこなしていたのだ。そして、その後はエリクサーの開発に取り組んでいたくらい。
(エリクサーの開発は、支援係の仕事じゃないからここでするなって言っても聞かなかったのよね。平気で残業代も請求してくるし……まったく、錬金術の腕前が優秀なのは間違いないんだけど)
またまたアイリはため息をこらえた。
一方職員たちは、彼らが今まで自分たちの仕事のほとんどを請け負ってくれていたのが誰なのか、ようやく思い出したようだ。超優秀な錬金術師を追い出したのだという事実も実感しただろう。
「え、え……どうしよう? そんな、十時間ぶっ続けで仕事なんてムリだよ」
「そんなことをしていたら、みんな死んじまうぞ」
死ぬは、オーバーだろう。
狼狽える職員たちに呆れながら、アイリはもう一度パンパンと手を叩いた。
「ほらほら、動揺しないで。だからこそ分業するように指示を出したのよ。ひとりで一本ずつ作るより分業した方が絶対早くできるから安心しなさい。それに、分業も各々の得意な作業をいかせるように割り振ったつもりだから、きっと大丈夫。ともかく騙されたと思って、私の言うとおりにやってみて」
アイリの言葉に、職員は動揺しながらも頷いた。そうする以外ないというのが大きな理由かもしれないが。
――――結果、その日の作業は全員一時間の残業でなんとか終えることができた。きちんと昼休みを取った上での残業なので、十時間ぶっ続けの作業に比べれば天国みたいなものだろう。
「やった、やったぞ」
「はん。なんてことなかったわよね」
「俺たちのチームワークにかかれば、これくらいの作業は朝飯前さ」
「三百本でも四百本でも、ドンとこいだわ」
作業前の青息吐息はどこへやら。仕事の終わった職員たちは達成感に胸を張る。
「あら、頼もしい。明日の予定は魔力回復ポーション三百五十本だから、よろしくね」
アイリは、クスクスと笑った。
「ええぇぇっ」
「係長……鬼じゃないですか」
職員たちは嘆きの声を上げる。
それでもその声にはどこか活気があった。表情も、昨日までのやる気のないだらけきった顔に比べれば、数倍明るく見える。
「フフフ、その代わり今度の飲み会の費用は私が持つから頑張ってね」
とたん「うぉぉっ」という歓声が上がった。
喜び、早速飲み会の計画を立て始める職員たち。
彼らを見やったアイリは笑を深くする。
(本当にあの子を追い出してよかったわ)
心の底からそう思った。
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