第9話 哲平

「えー、ほんまですか?」

「ナオちゃん、信じて、おれの占い当たるんだから」

「あっ、一平さん、一平さんにはお兄さんがいてはったんやね。今手相を」

「ナオさん、そいつから離れて」


 今まで見たことのない険しい表情の一平がいた。

 憎悪が満ち溢れ、それは久々に再会した兄に対するものではなかった。

 ナオは腕を引っ張られ、哲平の背後に隠された。


「よく来られたものだ。ナオさんはおれの客だ。帰ってくれ」

「そんな怖い顔しなくても帰りますよ。だけど、おれ一応ここの長男なんだけどね」

「長男の資格もないのに偉そうなこと言うな」


 一平と長男哲平の間に何があったのやろ。

 同じ家族、兄弟でも複雑なんや。

 うちは一人っ子で良かった。ナオはつくづく思った。


「アレ?哲平兄ちゃんは?」

「おまえが呼んだのか?」

「ダメだった?」

「ダメに決まっているだろう。いいか、兄ちゃん呼び出しがあって、ちょっと出て来る。ヤツをナオさんに絶対に近づけるな。わかったな」

「うん、わかった」


 



 やれ、やれ、今度はどこに行ったんだ。

 すぐに戻ると言ったのに。


「あっ、お兄ちゃん、今、月島。ナオさんもんじゃ焼き食べてみたいって。レイも食べたことないから。一時間半も並んだよ。あっ、でも、もう食べ終わるから、次の行くとこ決まったら電話するね」


 ジュージューと旨そうな音がした。

 おれも腹減った。

 一平が両親の部屋の冷蔵庫をあさっていると、


「あら、一平さん、お帰りなさい。またナオさんに置いてけぼりですか?」

「ああ、何か簡単につまめるものはない?」

「ローストビーフサンドとか、どうです?」

「いいねえ、お願いします」

「一平さん、ナオさん、まだ女の子と遊ぶのが楽しいんじゃないんですか?」

「えっ、そうなの?」




 その夜、ナオは遊び疲れてグッスリと寝入っていた。 

 急に口を塞がれて、その腕を除けようともがいた。

 フットライトに浮かび上がった哲平が、人差し指を唇に当て、囁いた。


「ちょっと住所録取りに来ただけだから静かにして。ここはもともとおれの部屋だったんだ」

「兄さん、ここを開けろ。鍵をかけて何してる。」

「チッ、気付いたか」


 哲平の手から力が抜けた。ナオは哲平を思い切り蹴り飛ばし、ちょうどスペアキーを使って入って来た一平の背後に逃げ込んだ。


「だから、同窓会名簿を作るのに、これを取りに来ただけだって」

「こんな夜ふけに非常識だろ」

「おれが夜型人間だって知っているだろう」


 哲平は住所録をヒラヒラさせながら出て行こうとした。


「部屋の鍵を置いていけ」



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