ブッコロー恋のライバルになる

@iri03

第1話

昨日の昼休み、クラスメイトの花子ちゃんが「ブッコローのぬいぐるみ欲しかったなあ」と同じグループの女子に話していた。

「売り切れた?」

「いや、明日発売なんだけど部活があるから買いに行けなくて。前の販売のときも個数制限があって午前中に売り切れちゃったから、部活終わってからじゃ無理かも」

「ブッコローって花子がよく見てるYouTubeのフクロウだよね?」

「そう!有隣堂の!ブッコローかわいいよね!」

「そんなに人気なんだ」

それを偶然耳にした僕は、花子ちゃんにブッコローをプレゼントしようと思った。

ブッコローの可愛さは僕には分からないけど、花子ちゃんの喜ぶ顔を想像すると自然と口角が上がる。

ぬいぐるみをゲットした帰りの電車の中で袋からブッコローを取り出しては、しげしげと見つめニヤつく一連の動作を繰り返した。


月曜になり登校してきた花子ちゃんに「おはよう」と声をかけた。

「おはよう、太郎くん。なにかあった?」

僕は袋の中からブッコローを取り出して花子ちゃんの机に置く。

「あっ!ブッコローだ!」

花子ちゃんが目を輝かせている。

「ブッコローのぬいぐるみ欲しいって言ってたの聞いちゃって。たまたま有隣堂行く予定があったから買ってきたんだ」

よかったら…とブッコローを花子ちゃんへ渡した。

「え!くれるの?ありがとう!」

目を細めた花子ちゃんの笑顔は想像していた何倍も可愛かった。手の平にブッコローのぬいぐるみを載せていろんな角度から眺めている。

「ブッコロー好きなんだね」

「うん!大好きなの」

そう言って笑った花子ちゃんの顔は、僕がプレゼントを渡した時よりも良い顔をしていた。

僕は花子ちゃんのことを笑顔にするブッコローのことがもっと知りたくなった。

「お金渡すね。いくらだった?」

カバンの中から財布を出そうとした花子ちゃんの動きを手で止めた。

「いや、お金はいらないから」

「それは悪いよ!」

「僕が勝手に買ってきただけだから気にしないで」

タイミング良くホームルームのチャイムが鳴った。

「今度お礼させてね!本当にありがとう」


塾の帰り道、僕はブッコローが愛される秘密を知るために閉店後の有隣堂へ忍び込むことにした。母には友達とご飯を食べて帰ると言って家を出たから心配をかけることもない。

有隣堂の周辺を歩き回ると、店の裏にあるスタッフ用の出入り口を見つけた。

扉には鍵がかかっておらず、ドアノブに手をかけるとあっさりと開いた。電気は消えていて人影はない。誰かが鍵をかけ忘れて帰ったのだろうか。万が一、人に見つかっても落とし物をしたとか適当に理由をつければ大丈夫だろう。

スマホでライトを付けて、物音を立てないよう静かに店内を歩く。しばらく店内を調べてみたが、ブッコローの秘密の手がかりは何ひとつ見つからない。

「何してんの?泥棒?」

突然、背後から声が聞こえて心臓が跳ねた。どこか聞き覚えのある声だと思った。立ち止まって記憶を辿り寄せると、YouTubeで再生したアイツの声だと思い出した。

振り向くと花子ちゃんにプレゼントしたぬいぐるみのモデル、ブッコローがいた。

「ブッコローだ…」

「なに?ブッコローのファン?困っちゃうなあ!」

困っている人が出すとは思えない声のトーンだった。

「でも閉店後の店には来ちゃだめだよお。良い子は早く帰りな」

本人に見つかってしまったからには正直に話そうと心に決め、今日ここに来た理由をブッコローに伝えた。

僕は真剣に話しているのに、終始茶化すような態度のブッコローに少し苛立ちを覚えた。

「40を超えたおっさんにその話は刺激が強いよっ!困るなー!ブッコローは妻子持ちなのに」

「え、ブッコローってそんなおじさんなんだ…」

しかも、奥さんも子どももいるってそんなの不倫じゃないか?なのに、花子ちゃんは…

少し話してみてもブッコロー良さは伝わってこなくて、こんな奴に負ける自分が情けない。

「まあ、そんなに落ち込まなくてもさー。直接聞けばいいじゃん。ブッコローのどこが好きなの?って」

いきなり核心を突かれてウッと声が漏れた。

「そうなんだけど。花子ちゃんと話すと心臓がドキドキして、上手く喋ることができなくて。ダサいところは見せたくないし」

「ホホー!いいなあ!青春だ!!羨ましい」

ブッコローは羽をパタパタとせわしなく動かしている。従兄弟の兄ちゃんに相談した時と同じような反応をされて僕はうんざりした。

「そういうのいいって。アドバイスが欲しいんだよ。どうしたら良いのか知りたくて今日だってここに来て…」

はあとため息が漏れる。なんで花子ちゃんの好きなフクロウに僕はアドバイスを求めてるのだろう。ブッコローはライバルのはずなのに。

「そんなの簡単じゃん。素直になれば良いんだよ。ちゃんと気持ち伝えなきゃずっと後悔するよ」

「だからダサいところは見せたくないんだって。そのままの僕を見せたら嫌われちゃう。花子ちゃんにはなんでもできてかっこいいって思われたい」

「それってだんだん辛くなってこない?もし付き合えたとしても、ずっとカッコイイを演じなきゃいけないよ」

「そうなんだけど、嫌われたくないし」

「花子ちゃんはブッコローが好きなんでしょ?じゃあ、カッコイイよりかわいいの方が好きじゃん」

「ブッコローってかわいいの…?」

そんな会話を続けていると奥から「ブッコロー大丈夫ですか?」と別の人の声が聞こえた。

「あっ、いっけね!今YouTubeの撮影で閉店後の有隣堂でかくれんぼ中だった!早くみんなを探しに行かないと!」

ブッコローは向こうの扉から出ると良いよと言い残し、声のした方へ飛んでいってしまった。


チャンスは突然やってきた。

花子ちゃんと僕が日直になったのだ。放課後の掃除の時間、花子ちゃんとふたりきりになれるのだと思うと一日中ドキドキが止まらなかった。

花子ちゃんが台拭きを洗いに行っている間に僕は深呼吸をして、気を落ち着かせる。

自然に、なんてことないように話し出そうと心に決めて戻ってきた花子ちゃんに声をかけた。

「台拭きありがとう」

「ううん、全然」

…長い沈黙が訪れる。

授業中、何度も頭の中でシュミレーションをしたのに、いざ本番を迎えるとうまく言葉が出ない。

「あとはゴミ出しだけだね」

なんと切り出すか迷っているうちに掃除はどんどん進み、花子ちゃんがゴミ袋の口を手際よく結ぶ。

「ゴミは僕が持つよ」

「これ結構重いよ?」

花子ちゃんが心配そうな顔で僕を見つめた。そんな表情もかわいいなと思った。

ゴミを勢いよく持ち上げると遠心力で体が宙に投げ出され、ぐるりと一回転をし床に打ち付けられた。

「大丈夫!?」

花子ちゃんの焦った声を聞いて、かっこよく見せようとしなくて良いと言ったブッコローの言葉を思い出した。

失敗した。完全に終わった。

今まで生きてきた中でいちばんダサい姿を、いちばん見られたくなかった花子ちゃんに見られてしまった。

様子を伺うように花子ちゃんの方を見ると、肩をぴくぴくと震わせている。

あれは笑いを堪えている姿だ。

そう思った瞬間、花子ちゃんの笑い声が放課後の静かな教室に響く。ケラケラとひとしきり笑ったあと、花子ちゃんは目もとを拭う。

「泣くほど笑わなくてもいいじゃん」

「ごめんね」

花子ちゃんの声はまだ震えている。

「太郎くんの以外な一面が見られたから」

「それ、どういう意味?」

「太郎くんって頭も良くて運動神経も悪くないし、なんとなく緊張してたんだけど。失敗する同じ人間じゃんって思ったらすごくかわいくて」

「かわいいって…」

あんまり嬉しくないと言おうとして、ブッコローの言葉が頭に浮かんだ。

『カッコイイよりかわいいの方が長く続く!

ブッコローはミミズクの中で、いや全フクロウの中でいちばんモテるから。これはマジの経験談。結婚するまで言い寄られてホント参った。妻には浮気を疑われたし…』

自慢話が続き途中から聞き流していたけど、ブッコローのこと信じるならかわいいと思われるのは悪くないのかもしれない。

ここまできたら本音を花子ちゃんにぶつけよう。

「花子ちゃん、ブッコローは既婚者だから好きになるのはやめたほうが良いと思う。花子ちゃんには幸せになって欲しいけど、ブッコローだけはダメだよ」

強く拳を握りしめる。

「でも、どうしてもって言うなら僕は花子ちゃんの気持ちを応援する。だけど、ひとつ知っておいて欲しいことがある。これを言うともっと花子ちゃんのことを傷つけてしまうかもしれないんだけど…。ブッコローには子どもがいるんだ」

そう言って花子ちゃんの顔を見ると呆然としていた。無理もない。ブッコローの本当のことを知ってしまったから。

花子ちゃんに罵られても仕方ないと考えていたのに、僕の予想は大きく外れ、花子ちゃんはぷっと吹き出し収まっていた笑いが再び沸き起こった。

お腹を抑えて「もうやめてよ、苦しい」とケラケラ笑う。

「ブッコローが既婚者なのは知ってる。子どもがいるってこともYouTubeでも何回か言ってるし」

「そうだったの?」

数回しかYouTubeを見たことがなかったので公言しているとは知らなかった。

「それに私、本当にブッコローが好きなわけじゃない」

「え?」

「ブッコローは推しとして好きなの。恋人にしたいとかそういう好きじゃない」

「そうなんだ」

体から力が抜けるようだった。

「太郎くんってちょっと変わってて、おもしろくてかわいい」

くすくすと花子ちゃんが笑う。

かっこいい僕は彼女の中にはいないことがわかったけど、落胆することはなかった。

それよりも花子ちゃんとの距離がグッと近づいたように感じて嬉しかった。

「太郎くんは甘いもの好き?」

「うん、クッキーとか好きだよ」

「本当に!?明日ね、家庭部でクッキーを焼くんだ。出来上がったらこの間のお礼も兼ねて太郎くんにプレゼントするね」

「ありがとう!楽しみにしてる」

花子ちゃんが差し出してくれた手を握って、僕は立ち上がった。

「ゴミ、ふたりで持って行こ」

「そうしてくれると助かる」

「最初からそう言ってるのに」

「そうだった」

顔を見合わせて花子ちゃんと笑った。

花子ちゃんがどんなことで笑顔になるのかもっと知りたい。

その笑った顔をずっと隣で見ることができたら、その笑顔を引き出せるのが僕なら世界一の幸せ者になれると思った。

窓の外からは運動部の掛け声に乗って、鳥が羽ばたく音がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ブッコロー恋のライバルになる @iri03

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る