第44話 勝利の代償
白蟻王ロアリィが死に際にはなった一言で4人は絶望に落とされた。培養塔から生まれてくる人虫をどうやって止めればよいのか。衛星兵器を起動していたら間に合わない。ローチェのブラットディア・レーザーも論外だ。
「くっそう、ようやく勝ったのに!!白蟻王を倒したのに!!・・・どうしたらいいんだよ・・・」
キクマルは天を仰いで地団太を踏んだ。だが、トルヴィアとクガの二人はなぜか妙に落ち着いていた。そして二人は、お互いに顔を合わせると、しばしの沈黙の後に、覚悟を決めた表情でうなづいた。
「・・・ミツル。今のあなたなら、私の考えてること、分かるでしょ?」
「ああ、考えつく中で一番どうしようもなくバカな真似をな。だけど不思議だ、俺もそのバカな真似をやりたくなってきたぜ。」
「ならよかった。じゃあ、一緒に。」
「おう!!」
トルヴィアとクガはともに腕を組み、薄緑色のエネルギー膜を発生させた。これは虫人ならだれでもできる防御技のセクトヴァーリアだ。だが二人はそれを見る見るうちに縦方向へ膨張させていき、ついには培養塔全部を飲み込む大きさになった。それを
確認すると、今度は二人が持つすべてのワム粒子を放出し始めた。膜の内側が、だんだんとワム粒子で濃くなっていく。
「二人とも・・・何をしてるのじゃ!ヴァーリアの中にそんなにワム粒子をため込んで、何をする気なのじゃ!!そんなにワム粒子の密度を高くしたら爆発してしまうぞ!!」
「・・・爆発・・・ヴァーリア・・・まさか・・・!だめだ!!二人とも!!そんなことをしたら、二人は・・・二人は!!」
ワム粒子は密閉された空間内である一定の密度を超えると、エネルギーが不安定になり、取り扱いを間違えれば大爆発を起こす時限爆弾となる。二人はその性質を利用して培養塔を吹き飛ばそうというのだ。ヴァーリアを疑似的な密閉空間として。しかしその場合、ヴァーリアを維持するために彼らは爆発の瞬間まで内側にいなければならない。培養塔を吹き飛ばすほどの威力を持つ爆風をその体でまともに受ければ、いくら虫人といえども粉々に吹き飛んでしまうだろう。だが、二人はそんなことは百も承知である。
「キクマル。これを受け取って。」
トルヴィアはジュスヘル・コードをキクマルに投げ渡した。
「それをフランカ看護長に。そうすれば、マサルの肉体は復活するわ。」
「だめです、お嬢さま!今すぐやめてください!!みんなで一緒に帰るんです!!」
「いいや。俺たちはここに残る。ローチェ。キクマルをコクワ、ミヤマのもとへ無事に送り届けてくれ。」
「ううっ・・・いやじゃあ・・・二人と別れるのは、いやじゃあ・・・」
「これは命令だ。・・・ローチェ。
すると、ローチェのバイザーが赤色から緑色に代わった。そして、オーダー・コード551を実行します、という力ない声と同時に、キクマルを右腕でわしづかみにした。体がずぶずぶと地中へと潜っていく。
「何するんだ、ローチェ、離せ!離してよ!!」
もしもの時のためにローチェのプログラムに書き加えられた音声認証省略命令プロトコル、オーダー・コード。これらは番号ごとに様々な内容の命令が記されており、任意の番号とともに実行せよと命令されたらその命令を果たすまで自由に動けなくなる。ローチェはどこか悲しそうな顔で、キクマルをコックピットに押し戻すと、そのまま来た道を戻り始めた。
「キクマル。ローチェ。じゃあな。後は頼んだぞ。」
「ミヤマさんとコクワさんに、マサルにもよろしくね。」
「いやだ・・・いやだ・・・こんな形で別れるなんて嫌だ!!ローチェ、開けろよ・・・開けてくれよ・・・後生だから・・・ううう」
キクマルの泣き叫ぶ声はローチェのコックピットにむなしく遮られた。しかしローチェは任務を遂行することを優先し、再び地中へと潜り、コクワとミヤマの待つ地上へと戻っていった。トルヴィアとクガの二人はそれを見届けると、ワム粒子の放出を続けた。そして、ついにヴァーリアの内側がワム粒子で満たされて、少し火花を散らせば爆発する、という状態にまでなったとき、トルヴィアは腰からサナギ爆弾を取り出してクガの目の前に差し出した。これを起爆すればこの培養塔は木っ端微塵に吹き飛ぶ・・・自分たちもろとも。
「・・・こわい?」
トルヴィアは尋ねた。だが、クガは首を横に振り、サナギ爆弾を持った彼女の手を握る。
「いいや。お前と一緒なら、どんなところだって怖くはないさ。地獄の果てまで付き合ってやるぜ。」
「・・・ありがとう。ミツル。」
二人は仮面を脱いで、互いに見つめあった。見つめあいながらともに最期を迎えたいと思った。手を握る力が強くなっていく。
「お前の顔を見るのも、これで最後になるのか。」
「この世では、でしょ。あっちに行けば好きなだけ拝めるわよ。」
「はは、それもそうだな。・・・それじゃあ、行こうか。」
「ええ・・・行きましょう。」
二人は寄り添って互いの顔を、唇を近づけた。それと同時に爆発させるつもりだった。だが、クガの顔が目の前まで迫ったとき、トルヴィアは一筋の涙を流して、震えながらささやいた。
「・・・ごめんなさい・・・ミツル。」
その瞬間、クガは下腹部に強い衝撃を受けて、身体が勢いよく後ろへと吹っ飛ばされた。彼は一瞬自分の身に何が起きたのか理解できなかった。彼の身体はヴァーリアを抜けてコロニーの壁にめり込んだ。その時の衝撃で彼は意識がもうろうとなり、やがて気絶してしまった。彼を吹っ飛ばしたのはトルヴィアであった。彼女は最初からこうするつもりだったが、最後の最後まで彼に気取られることはなかった。
彼女はジュスヘル・コードの誕生経緯を聞いた時点で、これとこれにかかわるすべての事柄、出来事の始末を自分自身でつけなければならないと思っていたからだ。ジュスヘル・コードをオリジナル・コードから取り除いたのは、高祖メディン・カヴトだ。それが紆余曲折を経てロアリィの手に渡った。そしてロアリィは変異虫、ひいては虫人を操って人間を滅ぼそうとした。すべては高祖の良かれと思って行った過ちから始まったのだ。カヴトの過ちは、カヴトが償わなければ。これ以上無関係の人々を巻き込んではならない。だからこそ、彼女はクガをヴァーリアの外へ追いやったのだ。ああ、自分がなぜ虫人になったのか、今ならなんとなくわかる気がする。今ここで、自分は使命を果たし、人間が生み出した変異虫による負の連鎖を断ち切るのだ。トルヴィアは独り言ちて、強くうなずいた。
「叔父上様、クインヴィ。・・・ごめんなさい。先立つ不孝を許してね。でもこれは、私がやらなければならない。私で最後にしなければならないの。・・・高祖様、今からあなたのもとへ参ります!!」
そう叫ぶと、トルヴィアは爆弾を一気に大地へと突き立てた。体中が爆発で巻き起こった炎と光に包まれた。熱いというよりは、温かい。不思議と恐怖感はなかった。これですべてが終わると思うと、彼女はむしろ喜びに近い感情が沸き上がる。
ああ、これですべてが終わる。培養塔も、人虫も、そして、私も。温かな感触は次第に体中を包み込み、彼女の意識も飲み込まれていく。彼女が己の死を意識したその瞬間に、一人彼女に呼びかける声がした。
「だけどそれは、今じゃない!!」
その声の主を彼女は知っていた。彼女の疑似網膜にそのものが映り込んだ時を同じくして、培養塔はヴァーリア内でワム粒子による粉塵爆発で中身の人虫ごと破壊され、影も形もなくなった。培養塔の崩壊により、それによって支えられていたコロニーの天板も崩壊し、コロニーにいたものはすべて土の中へと埋まった。その影響ですぐ上の地表は大きく落盤し、宇宙から見てもすぐわかるほどの巨大な穴が生まれたのだった。
こうして、虫人と人虫の戦いは辛くも虫人の勝利で終わった・・・だが、その代償は、あまりにも大きいものだった。
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