第43話 白蟻王死す
ロアリィはワム粒子に満たされた培養塔基底部で視界が疑似網膜でも肉眼でもほぼ見えない状態になりながらも、頭部のアンテナから超音波を発信してその反響にかかった時間で物体の距離を測る、エコーロケーションモードに切り替えてトルヴィアの位置を探り当てようとした。
「ふはは、我々シロアリはもともと目を使わない生活に慣れているのだ、目をくらませたくらいで隠れられると思うな、トルヴィア・カヴト!」
一定間隔で発する超音波の反響から、物体の形やその距離をあらかた探り出したロアリィは、どうやら自分の目の前に敵らしき人影が二体、後ろに一体いることが分かった。目の前にいる二体はおそらくクワガタの虫人とバッタの虫人だ。ワム粒子濃度が高くなったことにより、疑似網膜がエラーを起こして視界が見えなくなっている。この状態ではたとえテレパシーを送って命令したとしても無駄なので今は停止させていた。とすると後ろにいる一体こそがトルヴィア・カヴトか。
しかしロアリィは念のためもう一度超音波を数秒間発信してトルヴィアらしき物体との距離を測った。すると、先ほどまでは真後ろからやや右寄りにいたのが、今度は斜め右後ろから反響が返ってくるようになった。反響の速度から見て、明らかに近づいている。間違いない。奴こそがトルヴィア・カヴトだ。
「そこかぁっ!!」
ロアリィは振り向きざまに二本の右腕から拳を繰り出してトルヴィアに攻撃を仕掛けた。しかし、彼の拳に当たったのは、中身がおそらく気体で満たされて膨れ上がっている布のようなものだった。
「何!?これは・・・」
それは人型の風船だった。ロアリィの拳を受けてふよふよと浮き上がった。だが超音波しか使えない今の状況で、ロアリィにはそれが風船であるということは触れてみるまで分からなかった。思わずあっけにとられて動きが固まる、その瞬間が勝負の決め手になった。
「私はここよ!!」
トルヴィアは、盾にしていたクガの後ろから全速力で駆け出し、ひそかに造換していたハルバードをロアリィめがけてひといきに突き立てた。ハルバードは見事にロアリィの頭部を触覚ごと貫き、その勢いで彼を培養塔の基底部外周壁まで押しやり、そのまま突き刺して彼を釘付けにした。
「ぐはっ・・・お、おのれ・・・」
次の瞬間、体を突き刺したハルバードの周りの皮膚がグニャグニャとゆがみ始め、再生を始めようとした。と同時に、ワム粒子の濃度も薄くなり、疑似網膜のシステムエラーが治りかけてきた。まさにその時だった。トルヴィアの疑似網膜が、一瞬、ほんの一瞬、ロアリィの下腹部で肉体の再生を促している彼のジュスヘル・コードをとらえたのだ。
「見つけた、つらぬけーっ!!」
トルヴィアはロアリィの下腹部に右腕の貫手を食らわせた。彼女の右腕はロアリィの外骨格を貫き、肉を裂き、骨をも砕いて、ついに背中まで貫通した。その手にはしっかりと、彼の身体に埋め込まれていた白いジュスヘル・コードが握られていた。そして腕をゆっくりと引き抜くと、コードに絡みついた神経がぷつぷつと切れていくたびにロアリィの声は弱弱しく、情けなくなっていった。
「うあああ・・・よせ、やめろおおお!!それだけは、それだけは・・・」
「肉体再生の瞬間にコードが作動するはずと思って一つ賭けてみたけど、どうやら大当たりらしいわね。」
「なぜだ・・・貴様もほとんどめくらだったはず・・・なぜ攻撃できた・・・」
「ミツルが教えてくれたのよ。戦闘中は疑似網膜に頼らず五感をすべて使えってね。」
「うぬぬ・・・それを返せ・・・!!返せぇぇぇ!!」
ロアリィは額からハルバードを引っこ抜いて、ジュスヘル・コードを取り返さんとトルヴィアにとびかかったが、即座に彼女の左拳がロアリィの頬にめり込み、彼の身体は跳ね返された。そして地面に倒れこんだ瞬間に、トルヴィアは床を蹴り上げて宙を舞い、最後のとどめと言わんばかりに飛び蹴りを食らわせた。
「このビートル・ストライクはマサルの仇!くらええええ!!」
全身の力を右足に集中してはなったトルヴィアの必殺技、ビートル・ストライクはロアリィに命中し、彼の身体を真っ二つに引き裂いた。引き裂かれた後に一拍おいて彼の口から青色の血が噴き出し、あたり一面に彼の血液が飛び散った。
「ば、ばかな・・・そんなはずが・・・。」
ロアリィはまさに虫の息となってトルヴィアを恨めしそうににらみつけた。だが再生能力とテレパシーを失った今の彼にはもうどうすることもできなかった。そしてそんなロアリィを尻目にトルヴィアは洗脳が解けて呆然としているほかの皆を少々強引な方法で覚醒させた。
「いてっ!!」
「あたっ!!」
「痛いのじゃ!!・・・あれ、トルヴィア?わらわ、いままでどうしてたのじゃ・・・?ある時からすっかり記憶がなくなっておる・・・」
「俺もだ・・・なんか急に頭が痛くなってから、それっきり・・・」
「・・・ああっ!!白蟻王が真っ二つに!!お嬢様がやったのですか!?」
「ええ、そうよ。大して強くなかったわ。ジュスヘル・コードもこの通り。」
トルヴィアは誇らしげに皆にジュスヘル・コードをみせた。白蟻王も倒して、これも手に入ればもうここに用はない。あとはとっととずらかるだけだ。
「トルヴィア、近くにコクワとミヤマを待機させている、そこまで行くぞ!こんなところはもうおさらばだ!」
「ええ。そうしましょう。」
だが、ずらかろうとする四人を力なくあざ笑うものがいた。ロアリィだ。
「ははは・・・逃げられると思っているのか、愚か者どもめ・・・。」
「ロアリィ、負け惜しみなら地獄で言いなさい。あなたは負けたのよ。」
「ああ、そうだ、私は負けた。・・・だが私の負けで、お前たちは取り返しのつかないことをしでかした・・・」
その言葉の意味はすぐに分かった。突然、目の前の培養塔の中からゴン、ゴン、ゴン、という中からガラスをたたくような音が聞こえてきた。4人が一斉に培養塔のほうを向いてみると、中にいた人虫の胎児がみな著しく成長して”成虫”となり、培養塔の中でぎゅうぎゅう詰めになりながら今か今かと外へ出たがっているではないか。しかも、その人虫たちはよく見ると額の真ん中にロアリィが持っていたような触覚がついている。
「あの培養塔の中にいるのは、お前のオリジナル・コードをコピーして遺伝子に組み込み、そして私のテレパシー能力を持たせた、最強の人虫だ・・・本当なら成長するまで一年かかるが、私に危機的状況が訪れた際に、すぐさまトリガーが発動して促成栽培が始まるようになっているのだ。」
「な・・・なんですって!?」
「彼らの成長が終わり、培養塔を突き破るまでもう数分もない・・・彼らが生まれればもうこの星は終わりだ・・・虫人も変異虫もみな最後の一匹になるまで彼らのテレパシーに操られて殺しあう地獄が完成するのだ・・・ふふふ、ははは!ははは!もう何もかもおしまいだ!おまえたちはおしまいだ!私は先に地獄から見物するとしよう・・・ははは!ははは!ははは!・・・ぐ。」
ロアリィは狂ったようにあざ笑うと、最後に大きく血の塊をごぼっ、と吐き出して、血だまりに顔をうずめてついに息絶えた。だが、培養塔からはあともう少しで最強の人虫が生まれようとしている。あれほど強力なワム粒子テレパシー使役者が、大量に生まれてくれば太刀打ちできない。万事休す。この星はもう滅びるしかないのだろうか・・・?
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