第42話 形勢逆転

 ロアリィの魔の手がトルヴィアに迫った。奴はカヴトの遺伝子と人虫の遺伝子を掛け合わせた最強の生命体を作るためにトルヴィアに”種付け”をするつもりなのだ。


「いや・・・いや・・・離して!!」

「ふははは、私の子を産め、トルヴィア・カヴト!」


 ロアリィがトルヴィアの吐息が届くくらいまでに顔を近づけたとき、ふと彼女の眼球に目線をやると、何やら「LIVE」という文字が浮かんでいた。ロアリィがその文字の意味することに気付いたとき、トルヴィアは先ほどまでの表情から一転、してやったり、と口角をあげた。


「・・・貴様!!」

「あなたも詰めが甘いわね、仮にも私は、王族なのよ。万が一その身に何かあった場合の対策を、なーんにもしないと思ってる?」

「馬鹿な、疑似網膜はコードがなければ通信ができないはずだ!」


 ロアリイの拘束が一瞬緩んだ隙をついて、トルヴィアは両膝を大きく蹴り上げて彼を吹っ飛ばした。そして、腕を後ろに回して背中にある隠しポケットから掌サイズのスパイサナギを取り出したのだった。


「これは簡単な通信装置としても使うことができるの。もしも私が意図せず持ち場を離れた場合の追跡装置、または外付け映像記録・通信補助端末としてね。私のコードに目が行きすぎて気づかなかったようね。」


 すぐさま部下の人虫がトルヴィアの持つスパイサナギを取り上げて握りつぶした。だが、それと時を同じくしてコロニー全体が大きく揺れ始めた。地震か。いいや、地震の揺れならもう少し振動の波長が大きい。この揺れは人工的なものだ。だんだん音が大きくなってくる。何かが、近づいてくる!


「ロアリィ様!!何者かがものすごい速さで近づいてくる!!近づいてくる!!とても大きい!!大きい!!・・・ギャッ!!」


 真っ先に異常を伝えに来た人虫は、真下から突き出てきた巨大な手のひらに握りつぶされてぐちゃり、と潰れた。そして少し離れたところからまた一つ巨大な手が突き出てきた。そしてそれらのちょうど中間あたりから、地滑りのような音を立てて大きな顔と胴体が姿を現した。ローチェだ。


「大都督、トルヴィアはあそこじゃ!!白蟻王にどぎつい一発かましてやれ!!」


 その叫びとともにローチェのコックピットが開き、その中から変身したクガが勢いよく飛田出して、ロアリィに向かって右こぶしを思いっきり突き立てた。


「ふごぉぉっ!!」


 ロアリィの顔はゆがみ、またもや体が宙に浮かんで床にたたきつけられた。クガの拳はとても固く握られており、仮面の下の顔は憤怒の表情であった。トルヴィアの疑似網膜からの通信でなにもかも見ていたのだ。


「俺のトルヴィアに手を出して・・・ただで済むと思うなよ、白蟻王!!」

「お・・・おのれ・・・だが、そいつのコードはまだ私が持っている!変身はできまい!!」

「いまだ、キクマル!!」


 すると、これまたローチェのコックピットからキクマルが飛び出し、くるりと宙返りすると、素早くロアリィの第二右腕からトルヴィアのコードを奪い取った。


「お嬢様!!これを!!」

「あっ!!小僧!!」

「へへっ、まさか盗賊時代に身に着けた技が、こんなところで役に立つなんてね!」


 くるくると回転を付けて投げられたオリジナル・コードをトルヴィアはしっかり掴んだ。ようやくあるべきところに戻ったコードを、トルヴィアは力強く握りしめて、腰に装着する。


「みんな、ありがとう!!・・・変身!!」


 果たしてトルヴィアは変身し、改めてロアリィと対峙した。


「みんな、分かってるわね?ほかの雑魚どもは無視して、こいつに攻撃を集中して!ジュスヘル・コードさえ奪取、もしくは破壊すればこいつらの再生能力はなくなる。」

「わかった!」

「御意!!」

「雑魚はわらわに任せるのじゃ!」


 襲い掛かる人虫の処理はローチェに任せて、トルヴィア、クガ、キクマルの三人はロアリィを囲んだ。ロアリィはかつてないほど怒りを見せていた。コードも奪い返されて、そして自分の顔に傷をつけられたのだ。すると、彼がクガの拳をもろに食らった部分がパキパキとひび割れていき、やがて真っ二つに割れるとその下からはグロテスクで大きな目が真っ赤に充血した細長いシロアリの面があらわになった。これが彼の本当の素顔だ。


「調子に、乗るなよ・・・人間どもが・・・どうやら貴様らは私を本気で怒らせてしまったようだな・・・」

「なによ、今まで本気じゃなかったみたいな言いぐさね。出すなら最初っから出しなさいよ。」

「・・・いいだろう、そこまで言うなら、お前たちに本当の地獄を見せてやろう!!」


 ロアリィは拳を握り力をためた。すると、彼の目が真っ赤に光り輝き、顔面の中央から生えている二対の触覚が伸びて、先端にエネルギーが集まり始めた。そしてある程度たまったのを確認すると、ロアリィはそれを一気に解放した。触覚から赤い波状の光線が一定間隔で発射され、それらは横に広がってトルヴィア、クガ、キクマル、ローチェの体をすり抜けた。次の瞬間、4人は強い激痛を頭の中で感じた。


「うっ・・・あああ!!」

「頭が、頭が割れるように痛い・・・あああ・・・!!」

「おおお、このような感覚はわらわも初めてじゃ・・・」

「くっ・・・なによ、頭痛くらい生理の時に何度も経験してるのよ!それくらいで地獄?笑わせないで!」

「ふふふ・・・お楽しみはこれからさ・・・さあ、我がしもべよ、私の声が頭で聞こえるなら復唱せよ、トルヴィア・カヴトを殺せ!」


 すると、先ほどまで頭痛に苦しんでいたクガ、キクマル、ローチェの3人の様子がおかしくなってきた。先ほどのロアリィの言ったことをぶつぶつと復唱しているではないか。


「・・・トルヴィア・カヴトを殺せ・・・」

「・・・トルヴィア・カヴトを殺せ・・・」

「・・・トルヴィア・カヴトを殺せ・・・」

「な、何!?みんな、どうしたの!?ねえ、ミツル!!」


 トルヴィアはクガに手を指し伸ばそうとすると、クガはその手を払った。次の瞬間、彼女の顔めがけてクガの拳が何発も繰り出されてきた。


「ミツル!!やめて、私よ!トルヴィアよ!!私の声が聞こえないの!?・・・ぐあっ!!」


 トルヴィアがクガに気を取られている隙に後ろからキクマルの飛び蹴りが飛んできた。思わず、地べたに倒れてしまう。そんなトルヴィアにキクマルは馬乗りになって、その首を絞めようと手を伸ばした。トルヴィアはその手をつかんでどうにか食い止めた。


「キクマルまで!」

「ふふふ、どうだ。仲間との殺し合いは?」

「いったい何をしたの!?」

「なあに、彼らの体に蓄積しているワム粒子経由で、私の洗脳テレパシーの波長を強めて送ったのさ。私は常にテレパシーを発信しているが、ワム粒子の蓄積量が多いほど、私のテレパシーを受信しやすくなる。そして、私の意のままに動かすことができる。今までも私はこの方法で変異虫や、虫人となってかなり年月が経った人間を意のままに操ってきた。」


 トルヴィアとてそれは例外ではなかった。確かに自分にも自分を殺せとの声は聞こえる。そしてトルヴィアは、キクマルを蹴飛ばして拘束を解きながら。このテレパシーこそが、歴史書に記されてあった虫人の暴走の原因でもあったことを察した。そうか、あの時、クインヴィを襲ったヤオという蜂の虫人も、こいつのテレパシーに精神を侵されて・・・!


「しかし、このテレパシーはそなたやあのゴッド・キラー・アッセンブリも受信しているはずだが・・・まあいい。大して変わらぬ。そなたは、そなたの友人の手によって殺されるのだ!私はそれを、じっくり眺めるとしよう。・・・やれ!!」


 再びキクマルとクガが襲い掛かった。どうやら呼び掛けても無駄らしい。ずきずきと自分を殺せ、という声が聞こえる中、トルヴィアは二人の攻撃をどうにかかわし続けるしかなかった。ローチェだけが動かないのが不幸中の幸いであったが、そのローチェには人虫が大量に群がっている。このままでは彼女が彼らによって破壊されてしまう。いったい、どうすればこの状況を打開できるのだろうか。トルヴィアは必死で考えた。だがそのたびにキクマルとクガが攻撃して思考の邪魔をする。まずはこの二人の動きを止めなければならない。せめて目くらましでもできれば・・・


 そうだ、目くらましだ!トルヴィアは思い出した。かつてヤオという虫人と戦った際に使った戦法を。クガにこれを破られて、正式な虫人となってからは全く使わなかった、とても原始的な戦法を。


「ようし、いちかばちかやってみるっきゃない、ワム粒子、解放!!」


 そう叫んだトルヴィアの体中から、ワム粒子がふしゅうと音を立てて噴出した。しかし、全部は出さない。あくまでも自分の最大量の1/3の量だけを放出する。だがそれでも彼らの目をくらませるには十分だった。事実ロアリィも、疑似網膜が使えなくなり己の肉眼で視界を確保せざるを得なくなっている。だが、四方八方が靄のために手の届く範囲でしか確認できなかった。


「ぬぅぅ、こざかしい手を使いおって!」


 ロアリィも皆も視界がふさがれる中、トルヴィアは息をひそめて反撃の策を練った。視界が晴れるまで、あまり時間はない。考えろ。考えろ。奴のテレパシーを止めるためには奴の体のどこかにあるジュスヘル・コードを奪取して肉体再生を止めるしかない。トルヴィアは、意を決して大きな賭けに出ることにした。

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