第41話 おれとおまえは兄弟だ
トルヴィアは夢を見ていた。どうやら今自分は王宮の廊下にいるらしい。しかしこの王宮は自分が知っているものよりきれいだった。ざっとみるにつけ建立されてからまだ一年も立っていない。天井のシャンデリアはきらびやかな光を放ち、カーペットも鮮やかな赤色をしており、壁のモルタルにはひびの一つも見当たらなかった。
しばらく廊下を歩いていくと、国王の寝室の前までやってきた。ドアが半開きになっていて、中から明かりが漏れている。少しのぞいてみると、中では誰かがひそひそと会話をしている最中だった。
「本当に、このプログラムを消してしまうのですか、甲王!」
「ああ、これは消した方がいい。永遠の命なんて、百害あって一利なしだ。」
「ですが、これがあるからこそ死を恐れず戦いに集中できるものもいるのでは・・・?」
「そんなことをしなくても死への恐怖は乗り越えられる。それに僕は、永遠の命の再現などという人間の手に負えない技術を持ったところで、僕たち人間に決して良い方向にばかり働くとは思わない。変異虫がそうであったように。変異虫を開発したフリコはいま、どうなった?」
「・・・」
「ツナグ。僕は、なんと言われようとこのプログラムを永遠に消去する。そして消去した上で、誰にも編集できないようにプロテクトをかけて、虫人のコードを量産するのだ。」
「・・・わかりました。甲王がそうおっしゃるなら・・・」
「では、頼む。いまこのコードを自由に編集できるのは、僕と君くらいしかいないからな・・・」
甲王?叔父上様のことだろうか?トルヴィアは部屋の中へとするりと入って、その二人の顔をよく見てみようと近づいた。すると、突然床がぐにゃりとゆがみ始めてトルヴィアを飲み込み始めた。床だけではない。壁が、天井が、目の前のすべての光景がゆがんできているのだ。その瞬間、トルヴィアはこれが夢であることを自覚した。
目が覚めると、そこには土気色の空間が広がっていた。四角い部屋のなかにいるように思えたが、部屋の隅は丸く、明かりも薄暗くて、窓がない。ここはどこだろうか。もしやここが、ロアリィの地底王国なのだろうか?閉塞感を感じたトルヴィアはこの部屋を出ようと思わず出口のドアノブをひねった。開いた。ドアの向こうはひどく開けており、中心に冷たい光を放つ塔がそびえたっている。よく見ると、その塔の向こうにも同じような部屋が存在しているらしく、この塔を中心にして人虫は階層コロニーを形成しているようだった。ふと下を見てみると、今トルヴィアがいる階層から塔の基部階層まではそこまで遠くないことが分かった。彼女は降りてみたいと思い、そこまで行く経路を探した。右へ五部屋ほど進んだところに、階段があった。そこは天井にびっしりと様々な種類の配管が詰まっていたため、彼女は頭をぶつけないように注意を払いながら階段を下りた。
階段を下り切り、塔の基部がある階層に着たトルヴィアは改めてその塔を見上げた。それははるかかなた、地表まで続いているように思えたが、もしそのような建造物があるのならどこかで見かけているはずのため、おそらく地表までには達していない高さなのだろう。しかしそれほど深いところなのに、自分は閉塞感を少し感じるだけで難なく呼吸ができているのが不思議だった。
トルヴィアは塔のすぐそばまで近づいてみた。距離を縮めるにつれ、だんだんとその塔の全貌が見えてきた。そして手が触れる距離まで近づいたとき、トルヴィアは息をのんだ。塔は実はガラスでできており、その中身は透明な液体で満たされていたのだ。そしてその中に、隙間なく詰め込まれている丸い物体。疑似網膜でその中身を簡易走査したトルヴィアは、思わず吐き気を覚えた。その中にいたのは、胎児だった。いいや、普通の胎児ではない。脊椎に当たる場所から凶悪なとげが突き出ており、腕が四本あって、口に当たる部分に左右に分かれる大きな顎が付いた、人虫の胎児だ。
「ようこそ、われらが
振り向くとすぐ隣にロアリィが立っていた。トルヴィアはとっさに構える。だが、コードは彼の手中にあった。悔しかったら取ってみろと言わんばかりに見せつけられている。
「来たくて来たんじゃないわ。早くそれを返しなさい!」
「ははは、これは失礼。だが、こうでもしなければおちおち話もできやしない。」
「あなたと話すことなんてないわ。」
「友達の肉体を再生できるプログラムを持っている、としても?」
「え・・・?」
トルヴィアは驚いた。なぜロアリィがマサルのことについて知っているのか。そして、失われた肉体再生プログラムのことも・・・
「どうしてそれを・・・?」
「人の口に戸は立てられぬ、だ。少し私の話に付き合え。これはそなたの先祖メディン・カヴトにもかかわりがあることだ。」
「・・・つまらない話だったら、すぐにそのコードを奪ってあなたをぶっ飛ばしてあげるからね。」
「ふん、好きにしろ。」
そして、ロアリィは人虫培養塔を眺めながらトルヴィアに語り始めた。
――
そなたたちが失われたプログラムと呼んでいるものは、われらが使っているジュスヘル・コードに存在する。先ほどそなたのオリジナル・コードを私が持っているジュスヘル・コードに照らし合わせたところ、失われたプログラムが入っていた部分以外は私達のコードと構成文がほぼ一致したのだ。ジュスヘルとはわれらでいうところの”不死の者”を表す言葉だ。ところどころ劣化しているが、われらはこのプログラムがあるからこそ、どんなに小刻みにされたとて元通りに再生できるのだ。さらに、オリジナル・コードのログに何者かの複製記録が見つかった。おそらくオリジナルからその肉体再生プログラムが消される直前に、何者かがこれを複製してジュスヘル・コードに改造し、完全に消滅するのを防いだのだろうな。編集できるのはコードの持ち主、または開発者くらいなものだからおのずと誰がやったかは言わなくてもわかるだろうな。
本来我々は虫人と同じくフリコ市で作られた生物兵器の一種だったが、ある日突然我々は開発中止を言い渡されて、生まれる寸前ですべてが地中に破棄された。この時点でジュスヘル・コードは我々に組み込まれておらず、われらも地中で生まれることなく朽ちていくものと思われた。だが、”ある者”が我々を掘り当ててから状況は一変した。”ある者”の名前はいまだにわかってはいないが、従者はそのもののことを銀河皇帝と呼んでいた。
彼は我々を掘り当てると、従者とともに我々のリプログラムを行い、最後に、このジュスヘル・コードを組み込んで、我々をついに完成させた。そして人虫の統率者として私をより人間に近い姿に改造したのだ。この顔はその時、彼の顔を模して造られたのだ。生まれて早々、本来あるはずのないプログラムが埋め込まれているのはなぜかと問うたら、彼はこう答えた。
「それは途中で偶然拾ったのさ。中身を見てみたらとても面白いものが書いてあったけど、僕らはほとんど不死のようなものだから、これはいらない。せっかくだから君に上げよう。ついでに、君にはテレパシーで変異虫とやらを操れる能力も与えておいたよ。」
私は永遠の命を与えてくれた彼に忠誠を誓い、何でもご命令に従うと跪いた。
そして彼は私に命令したのだ。
「永遠の命を作り出せるこの星の人間は、いずれ僕にとって脅威になる。この星の人間を、すべて滅ぼせ。この星の人類がすべて滅びた暁には、支配するなり統治するなり、君の好きにすればいいよ。」
こうして、皇帝から命を受けた私は、お前たち人間を滅ぼすために変異虫を操って貴様らを襲撃し、じわじわと追いつめたのだ。ゴッド・キラー・アセンブリがまだ生きており、よりによってお前たちの側に付いたときはさすがに驚いたが、一機だけならまだどうにかなる。それにそなたがここにいる以上、そいつもうかつに手出しはできまいな。
――
ロアリィの長い話を聞いて、トルヴィアは動揺した。先ほど見た夢とロアリィの内容は一致する。あれはきっと本当にあった出来事だったのだろう。遠い昔の甲王の記憶がコードを介して自分に正夢を見せたのだ。つまり、人虫と虫人は一つの同じコードから生まれた、兄弟のような存在といっても過言ではない。こいつと私が・・・?
「トルヴィア・カヴト。そなたは強い。どうだ・・・我々の仲間にならないか。我々はいわば兄弟。同一のプログラムがそなたにも私にも組み込まれている。オリジナル・コードとジュスヘル・コード、これらが再び一つのコードになってかけたところを補えば、人間と変異虫を超えた、最強の存在を作り出すこともできよう。そうなればこの星を、いや、宇宙をも支配できようぞ。もし我々の仲間になると言ってくれれば、そなたの友人たちだけは生かしておき、その新たなコードでさらに強くしてやろう。さあ、どうする。」
しかし、トルヴィアは真実を知っても心は動かなかった。
「いやよ。」
「・・・まあ、そういうだろうと思っていた・・・捕らえろ!!」
ロアリィの号令で、どこからともなく駆け付けた人虫たちが、トルヴィアを抑え、組み伏せた。
「くっ・・・殺す気ならさっさとやって!!」
「・・・そなたがその気でないなら仕方ない・・・しかし、そなたのコードは、どうやらカヴトの遺伝子を持つ者にしか使えないようだ・・・。」
ロアリィは組み伏せられたトルヴィアを第一右腕、左腕で押さえつけて馬乗りになった。そして第二右腕、左腕でその服を破いた。
「いや・・・!やめて!!」
「ふふふ・・・お前は仲間にできなくともお前の遺伝子を持つ者さえ生ませることができればこっちのものよ・・・!!」
「ふざけるな!!・・・誰か・・・助けて・・・!!」
「”女王アリ”になって、産卵し続けてもらおうか・・・トルヴィア・カヴト!!」
コードは奪われて変身することができない。トルヴィアに、絶体絶命の危機が迫った。
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