第40話 さらわれたトルヴィア

 軌道車両駅爆破を終えて兵舎に戻る道中のトルヴィアとクガには気がかりなことがあった。この事態の引き金を引いた当の人虫たちがK21区から撤退して以来まったく目立った動きがみられないのだ。


「ねえ、ミツルのほうに何か人虫のほうで動きがあったって報告が入ってない?」

「いいや、俺には何も。」

「そう・・・あれから全くと言っていいほど目立った動きがみられないのが、どうも気がかりで・・・私の発掘団たちの技術を総動員し人虫軍団の居場所を探して回っているのだけれど、奴らは地中を自由に移動できるから、明確な居場所も突き止められやしないし・・・ああもう、いっそ攻撃してくれたらいいのに!」

「ばか、めったなことを言うもんじゃない。本当に襲ってきたらどうする!」

「はぁ・・・そうよね、ごめんなさい。軽率だったわ。」

「わかればいい。・・・だが、確かに不気味だな、こうまで静かだと。」


 もしかして本当にあきらめて地底の底でおとなしくしているのだろうか?いいや、そんなはずはない。トルヴィアは人虫軍団の統率者、白蟻王ロアリィが去っていくときの言葉から、奴らがおとなしく手を引くような連中だとは到底思えなかった。


『いつまでも優位に立てると思うなよ、小娘が・・・!』


 そして二人が兵舎に戻ってきたとき、キクマルが血相を変えてトルヴィアのもとへ駆け寄ってきた。


「ああ!!お嬢様!!ちょうどよかった、今戻られたんですね!」

「ちょっと、どうしたのよ、そんなに血相を変えて・・・」

「あの、ええと、マサルが、コードになっちゃって、出力するために、お嬢様が欲しくて・・・んむ!」


 トルヴィアは伝えたいことが多すぎて言葉がパンクしているキクマルの唇にそっと人差し指を添えた。


「キクマル、落ち着いて、伝達事項が山ほどある時には、これを使えって教わったでしょ。」


 トルヴィアは自分のうなじの部分から思念通信ケーブルを引き出した。先端には、接続プラグがついている。キクマルは、すっかり忘れていたといわんばかりの顔をして、自分も同じものを引き出した。そして、互いにこめかみを軽くたたいて、接続端子を露出させると、互いのケーブルを端子へと接続した。本当はケーブルは一本でも事足りるが、安全上の観点から送受信の双方向で接続しあうのが基本となっている。


 キクマルから送られてきた情報を読み取ったトルヴィアだったが、その失われたデーターとやらのことについてはよくわからなった。


「ええっ!?お嬢様でもわからないんですか!?」

「ええ、前に一度、自分でコードを解析したことがあっただけれど、遺伝子をもとに肉体を再生するプログラムなんて入ってなかったわ。自己意識保存領域の下にそれらしいものが入っていた痕跡はあったけど・・・」


 それを聞いてキクマルは落胆した。そして地団太を踏んだ。


「ああ、じゃあ、それを消したのは高祖様だな、きっと。なんで消しちゃったのかなあ、今すごく喉から手が出るほど欲しいのに!!」

「キクマル、あなたの気持ちはよくわかるわ、だけどこれ、あくまでも個人的な推測だけど、高祖様はこのプログラムは事実上の”永遠の命”になるからあえて消したんじゃないかと思うの。」

「永遠の・・・命?そんなもの、なんぼあってもいいと思いますけど。」

「命に限りがあるからこそ世の中は回るのよ。コードさえあれば人格も保存できて、肉体も再生できるとなったら、たちまちこの星は死を乗り越えた人間であふれてしまうわ。そうすればどのみち待っているのは滅亡よ。」

「でも・・・それがないと・・・マサルが・・・」

「それに、それがオリジナルコードから消されたのが、少なくとも400年以上も前じゃ、私たちには探しようもないわ。」

「・・・マサル・・・」


 マサルが人間としてよみがえる手段が立たれてしまったキクマルは、深くため息をして、とても悲しい顔でうつむいた。そんな彼を、トルヴィアは優しく抱き留めてやった。


「キクマル、本当にごめんなさいね。役に立たなくて。」

「・・・いいえ、お嬢様のせいではありませんよ。それに、僕も高祖様の立場だったら、同じことをすると思いますから・・・」

「でも、安心して、この件は持ち帰って大都督とも話し合って、何かいい方法がないか検討しておくわ。マサルだけじゃなく、ほかの人格収容措置を受けている虫人たちもそのプログラムを欲しがっているだろうからね。」

「お嬢様、ありがとうございます。」


 マサルの肉体蘇生の件は、いったん保留ということにしてトルヴィアは兵舎の地下にある女子仮眠室へと向かった。大都督から激戦に備えて寝られるうちに寝ておいた方がよいといわれていたので、浴室で入浴を済ませた後に、トルヴィアは仮眠をとることにした。部屋のドアを開けて、床へつこうとしたその時。


「やあやあ、お疲れさん。あんたも仮眠かい。」


 と声がした。見ると、6つあるうちのベッドで一つだけ布団が盛り上がっている。どうやら先客がいたらしい。しかし、その声は男だった。ここは女子仮眠室のはずなのに、なぜ男が入り込んでいるのだろうか。


「あの、すいません、ここは女子用の仮眠室なのですが・・・」

「ああ、そんなことは知っているよ。でもいいじゃないか、もう少し眠らせておくれよ。」


 なんと恥知らずなものなのだろう。あとで大都督にきつく叱ってやらねば。トルヴィアは意を決してその男が寝込むベッドのそばへと寄って、布団をわしづかみにすると、力を込めて思いっきり引っぺがした。


「いい加減に出ていきなさい!!私を誰だと思っているの・・・!!」

「トルヴィア・カヴト。私の宿敵、そうだろう?」


 トルヴィアは驚愕した。なんと布団の下に潜っていたのは、白蟻王ロアリィだったのだ。彼女はすかさず懐に忍ばせてあるコードに手を伸ばそうとしたが、それはかなわなかった。彼女はいつの間にか人虫軍団に囲まれていて、すでに背後をとられていたのだ。彼女の首筋に人虫の鋭い指が添えられる。これを少し横にずらせば、トルヴィアの命は途絶えてしまう。


「おおっと、あまり大声を立てないでくれよ。まったく、地下に仮眠室を置くなんて我々にどうぞ襲ってくださいと言っているようなものではないか。おい、コードを没収しろ。」

「御意。御意。」


 トルヴィアの背後をとった人虫は、三本の腕で器用にトルヴィアを抑えながら、残りの一本をトルヴィアの懐に忍ばせて、しかもわざとらしくめちゃくちゃにまさぐって、コードを取り出した。


「この・・・けだもの!!私は女よ!あなた達にはデリカシーってものがないの・・・うっ!」

「大声を立てるな、といったはずだが。」


 ロアリィの武器、イソプテラクローの鋭い二対の刃の先端がトルヴィアの頬を撫でまわす。この状況で彼女に勝ち目はない。だが、トルヴィアは勇気を奮い立たせてロアリィをにらんだ。


「いったい私をどうするつもり?殺すなら早くやりなさいよ、死は怖くないわ!」

「おやおや、なにも私はそなたを殺しに来たわけじゃない。殺すならもうとっくに殺している。」

「じゃあ、何でここへ・・・」

「ふふふ、私がここへひそかに使わせたスパイが今しがた面白い情報を取得してね・・・まさかそなたが、虫人のオリジナル・コードの保持者だったとはな。パズルのピースがついにはまる時がやってきた。本当はそなたを暗殺する予定だったがそうと分かれば話は別、トルヴィア・カヴト。我々とともに来てもらおうか。」

「いったい、何の話を・・・」


 トルヴィアの首筋に、何か鋭いものが突き刺さったような痛みが走った。その痛みはじわじわと彼女の体に広がっていき、だんだんと彼女の意識を曇らせていく。


「うっ・・・た・・・すけ・・・て・・・誰か・・・」


 抵抗むなしく、トルヴィアは意識を失ってがくんと頭を垂れた。彼女が完全に眠りに落ちたことを確認したロアリィと人虫たちは、ベッドの下にひそかに開けていた地底へ続く大穴を露出させると、仮眠室の鍵をしっかり閉めて、ドア前に「就寝中、絶対起こすな」とかいたポスターを張りつけ、そしてドアの内側にベッドを集めて簡単なバリケードを作ったうえで、眠らされたトルヴィアを難なく地下帝国へと連れ去ったのであった。




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