第39話 ロスト・データー

 そしてついに、別れの時がやってきた。無線軌道車両の本星駅から衛星メディンへ向けて、最後の便が旅立つ。無線軌道車両のプラットフォームでは、この星に残る者と宇宙へ旅立つものが、各々が笑ったり、泣いたり、または抱き合ったりなどと各々の形で名残を惜しんだ。そしてそこには、トルヴィアやクインヴィ、サナグ、そしてカヴト国王の姿もあった。


「クインヴィ、宇宙へ行っても、元気でね。」

「お姉さまも、必ず勝ってください!勝利を祈っております。」

「ありがとう。そしてサナグ。あなたともいよいよお別れね。」

「名残り惜しゅうございます、トルヴィアお嬢様。どうか、ご武運を・・・」

「サナグも、達者でね。長生きしてね。」

「トルヴィアよ。例の件、クガは了承したぞ。今玉璽は彼の手にある。」

「叔父上様、ありがとう。最後に私のわがままを聞いてくれて。」

「トルヴィア、衛星兵器はいつでも使えるようにしてある。遠慮なく使ってくれ。できれば僕も残りたいけど・・・僕は父さん見たく虫人じゃないし・・・」

「スパイド君、気持ちだけでもうれしいわ。スパイド君も元気でね。」


 そして、軌道車両の出発の時刻になった。宇宙へ上がる者は皆軌道車両に乗り込んでいく。だがクインヴィだけは最後の最後までトルヴィアの手を離さなかった。いや、離したくなかったのだ。


「クインヴィ。さあ。みんな待ってるわ。」

「・・・」


 トルヴィアの手を握る力が強くなる。それがクインヴィの、姉との生涯の別れに対する精一杯の抵抗だった。


「・・・お姉さま・・・!」

「・・・クインヴィ。」


 大粒の涙をためて、泣きたくなるのを必死にこらえて、クインヴィは、トルヴィアの手を離し、軌道車両へと飛び込んだ。乗客がすべて乗り込んだことを確認し、衛星メディンへむかう最後の軌道車両が飛び立っていった。トルヴィアはその軌道車両が空の上で小さい小さい点になるまでずっとずっと見つめていた。掌にはまだクインヴィのぬくもりが残っている。それを名残惜しそうに見つめる彼女の目から、涙が一滴、また一滴と滴り落ちていく。


「トルヴィア。・・・まだいたのか。」


 そこへ、軌道車両駅を爆破するための用意を整えたクガがやってきた。それに気づくと、トルヴィアは涙をぬぐい、クガのもとへ駆け寄る。


「ごめんなさい。少し感傷に浸りすぎてたわ。」

「・・・」


 クガとトルヴィアは軌道車両駅から離れた。10秒後にはこの駅は爆発し、宇宙との連絡手段は絶たれる。だがこれも、人虫の脅威を最小限に抑えるためだ。悲しそうな眼をしてうつむくトルヴィアを、クガは優しく抱き寄せた。


「なあ、トルヴィア。前にも言ったと思うが、我慢は毒だ。自分の感情には正直になるべきだ。」

「・・・どういう意味?」

「今なら爆発音で何もかもごまかせるぞ。泣いても。笑っても。」

「・・・」


 トルヴィアはクガのやさしさに感謝した。そして、彼の胸元へ顔をうずめると同時に、大声で泣き喚いたのだった。それと同時に、軌道車両駅は爆音をあげて盛大に爆発した。彼女の泣き声はすべて爆風と轟音によってかき消されたのだった。


 ・・・


 一方、こちらは王国軍兵舎の救護室。K21区での激戦を生き延びた傷病兵たちが寝かされていたが、そのうち、特にひどいけがを負ったマサルの容体が急変したのだ。それを聞いたキクマルは無我夢中で救護室へと駆け込んだ。


「看護長!!マサルは、マサルは・・・!」

「・・・」

「そ・・・そんな!!」


 横たわっているマサルをつきっきりで看病していたボー・フランカ看護長はゆっくり首を横に振った。キクマルはマサルの手を握って必死に呼びかけた。だが、マサルの反応はなく、手もすでに冷たくなっていた。


「マサル・・・マサル!!ううう・・・!!」

「キクマル君、マサルは・・・」

「どうして死んじゃったんだよ!!・・・代わりに僕を・・・連れて行けばよかったのに・・・!!」

「落ち着いて、キクマル君。マサル君はまだ完全に死んだわけではないわ。」

「・・・え?」


 キクマルは看護長の言葉を聞いて、彼女に詰め寄った。


「マサルは死んでないって、一体どういうことですか!?」

「マサル君やキクマル君が虫人になったとき、コードに自分の遺伝子を読み取らせたかしら?」

「え?・・・はい、確か互いの髪の毛から、コードに書き込ませました。」

「ああ、よかった。それなら安心よ。実はコードってね、命に係わることがあった際に、読み取った遺伝子と合致する人物のそれとその人の記憶を一時保存する領域があるの。だから、彼はまだ死んではいないのよ。」

「そ、それって本当ですか!?じゃあ、マサルは、マサルは生き返るんですね!!」


 だが看護長の顔は暗いままだった。


「・・・でも、ここから先が厄介なの。コードは、彼という存在を保存することはできても、出力することができないのよ。」

「出力・・・?」

「つまり、肉体の再生ができないのよ。」

「・・・そうなんですか・・・でも、完全に死ぬよりはよっぽどましだと思います。とにかく生きててよかった・・・」


 深く息を吐いて安堵したキクマルに、看護長はマサルの肉体から摘出したコードをガラスのケースに入れて手渡した。なるほど確かにガラス越しで触れても小刻みに振動していることがわかる。彼が生きている何よりの証拠だ。キクマルは疑似網膜でマサルのコードを簡易走査してみた。表示された[SLEEP_MODE]という文字列から見て、少なくとも死んでいないことは分かった。


「でも看護長、よく考えたら、存在の保存と出力は普通セットで設計するはずだと思うんです。本当は、それも一緒に組み込まれてたのでは?」

「ええ。あなたの推測の通り、本当は肉体を再生するプログラム・データーも一緒に入っていたのよ。でも、今の虫人達のコードにそれは入ってないの。名残りらしき空間が確認できるだけ。それに、虫人達のコードはいわばオリジナルのコードのコピー品で、そう簡単に書き込めないようになっているから、たとえ消えたプログラムを見つけたとしても再び組み込むのは容易ではないわ。」

「オリジナルのコードって・・・?」

「決まってるわ。最初の虫人、高祖メディン・カヴトのコードよ。」

「・・・待ってください、もしかしたら、そのデーターは結構近くにあるかもしれませんよ!?」


 看護長はキクマルの言葉に目を丸くした。


「どういうこと?」

「看護長、知らないんですか?姪君様の虫装は高祖メディン・カヴトのものだって

 。」

「・・・うそでしょ。初耳よ・・・」


 トルヴィアが虫人になった経緯の真相を知る者は、ごくわずかだった。それに内容がないようなので、細かく説明してもおそらく信じないものが多数だからみなあまり話したがらなかった。事情を知らない看護長にキクマルがトルヴィアが虫人になった経緯を詳しく話しても、やはり半信半疑の様子で首をひねるばかりであった。


「・・・にわかには、信じられないわね・・・」

「僕も初めはそうでしたし、正直いまだに疑ってる部分があります。でも、もしそれが本当なら、姪君様のコードにその失われたデーターが存在するかも・・・」

「いいわ。それじゃあ、姪君様を呼び出して・・・」

「僕が呼んできます!!」


 そういうとキクマルは、疾風のように救護室を去っていき、トルヴィアを探しに行った。看護長はやれやれ、とため息をつきながらも、キクマルの向こう見ずで粗削りな若さに少しだけ渇望感を覚えていた。


「これが若さね・・・私にも少し分けてほしいわ!?」


 突然、看護長は背後に視線を感じてばっと後ろを振り向いた。だが、後ろにはマサルの抜け殻と傷病兵以外には誰もいない。ただ、半開きの窓から吹く風にカーテンがゆらゆらと揺れているだけであった。


「・・・」


 だが、この部屋は空調が完備されているので、窓を開ける必要はないし、この部屋の窓は先ほど看護長が閉めたばかりだった。それがなぜ、突然空いたのか。ここにいる傷病兵たちか?いいや、窓を開けられる程度に動けるならそもそもここにはいない。まさかキクマルが?いいや、彼は私と話していて窓には近づかなかった。では、いったい誰が・・・?彼女はどことなく不吉な予感を感じながら、改めて窓を閉めた。


 だが彼女は窓を閉めた後で、その窓の外のすぐ下にある、地面に空いた穴から聞こえる声に気が付かなかった。


「ロアリィ様に報告だ。報告だ。」

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