第38話 大都督、玉璽を受け継ぐ
しばし時をさかのぼる。クガは住民の避難誘導をコクワ、ミヤマに任せて、自分は来る決戦に備え、王国軍の兵站機能の再確認を行っていた。そこへ、ボー・フランカ看護長が急ぎ足でやってきた。
「大都督はいる?」
「看護長、どうしたのです、そんなに急いで。」
「国王陛下が、あなたを呼んでいるわ。この国の今後のことについて、直接話し合いたいとの仰せよ。」
「わかりました、では確認作業が終わり次第すぐに・・・」
「いいえ、今すぐ陛下のもとへ行きなさい。兵站の確認くらい私がやっておくから。ほら、行った行った。」
看護長はクガからチェックシートを奪い、顎をしゃくってすぐ向かうようクガを促した。クガはこのようなときに呼び出すとは何事だろうといぶかしみながらも、言われたとおりに国王の待つ玉座の間へと向かった。
玉座の間はすっかりとがらんどうになっており、残っているものは国王と王の証である玉璽しかなかった。国王は玉璽に額を近づけて、高祖メディン・カヴトの代から綿々と続いてきた王国の歴史が、自分の代で終わってしまうことを先代の王たちに陳謝し、己のふがいなさを悔いた。
「高祖様、並びに先王の皆々様、私は皆さまが代々守り続けてきたこの国を、守ることができませんでした。これも己の不能さ故、まことに恥ずかしく、申し訳が立ちません・・・何より許せないのは、かわいい娘と、兄夫婦が残したたった一人の忘れ形見を引き離す結果になってしまったことです!せめて、移民決定があともう少し・・・あともう少し早ければ・・・ああ、私は王としても、親としても失格だ・・・暗愚の王を許してくれ、不能な父を許してくれ・・・」
「いいえ!我が君は不能でも、暗愚でもございません!!」
国王は突然響いた一喝に振り向いた。そこにはクガが立っていた。
「恐れながら、我が君は決して暗君などではございませぬ。常に民のことを想い、名より実を選択なされる我が君の姿勢があってこそ、我々は今までついてきたのです。ご覧ください。国民の避難誘導はとても円滑に行われております。仮にもし我が君が暗愚ならば、国民たちがこれほど素直に命令に従ってくれるでしょうか?」
「大都督・・・」
「ですから我が君、どうか、ご自分をあまり責めないでください。我が君はよくやっておられることは、みなよくわかっております。たとえ至らぬ点があるのなら、それは私やほかのものにどうぞ遠慮なくお申し付けください。我々は全力で、我が君を補佐いたします。」
国王は、大都督のまっすぐな言葉に心が救われた。
「直言感謝するぞ、大都督。余は少し、心が弱くなっていた。」
「誰にでもそういう時はあります。そういう時は、いっそ吐き出してしまった方が楽になれますゆえ。・・・して、我が君。ご用件がおありとのことですが・・・?」
「おお、そうだった。実はな、余からそなたに折り入って頼みがあるのだ、聞いてくれるか。」
「何でもおっしゃってください。」
「うむ・・・実は、我々がこの星を去り、そしてこの国難を乗り越えたときのこの国の統治体制のことについて決めようと思ってな・・・とどのつまり、誰が余の代わりにこの国を治めるかをあらかじめ決めたいのだ。」
「つまり・・・新たな王を、今のうちに決めようと?」
「左様。こんなことを今から考えるのもどうかとは思うが・・・今、私自身の口から直接伝えなければおそらく二度とできないからな。その言葉を伝えるにふさわしい人物としてそなたを選んだ。・・・そなたは、自分の知る人物の中で、私の跡を継ぐにふさわしい人間を知っておるか?」
「国王の後を継げる人物・・・姪君様しか、思い浮かびませぬが・・・」
「だめだ、トルヴィアは王業は性に合わないと言っていたし、おそらく頼んでもかたくなに拒否するだろう。」
そういわれて、クガはとても困った顔をした。王族であるトルヴィアでも違うというのなら、いったい誰が適任なのだろうか。
「まことに恐れながら、私もそういうことには疎く、誰が王を継ぐかということは全く興味がないため、ふさわしい人物は存じ上げません。」
「・・・そうか。いないか・・・だが私は既に目星をつけておるぞ。王業を継ぐにふさわしいものを。」
「それは、いったい誰です?」
「・・・余の目の前にいる男だ。」
そういうと、国王はひざまずき、持っていた玉璽をクガの目に前にさしだした。
「大都督よ。国王たってのお願いだ。この玉璽を受け取り、余の代わりに王となりて、この国を収めてほしい。」
クガは目玉が飛び出るくらい仰天した。まさか自分が?この国を統べる王にふさわしい?彼は到底自分がそんな人間だとは思っていなかった。
「我が君、いったい何を言い出すのですか、どうか頭をあげてください!私が・・・王などと・・・できませぬ、私のような徳も名声も低い一介の軍人には、到底・・・」
「先ほど何でも言ってくれといったではないか!」
「いくらなんでも、こればかりはお受けできませぬ・・・!第一私は、カヴトの血が入っていない全くの赤の他人で、そんな私が王などと、筋違いではございましょう?」
「それならば安心せよ。そなたがトルヴィアをめとり、継承権を持つ彼女から禅譲という形で受け取ればよいのだ。」
「!?ととと、トルヴィアを、めめめ、娶る!?」
クガの顔が一気に赤くなった。すでに二人の熱愛っぷりは国王のもとにまで届いていたようだった。そしてなにより、国王はそれをとても喜んでいた。
「トルヴィアは、姪君様は、このことをご存じなのですか!?」
「もちろんだ。さらに言えばこれはあの子から言い出したこと。そなたがあの子の婿になるならば私としても大歓迎だ。そして、そなたとあの子の二人三脚でこの星とこの星に残る者たちを導いてほしい。さすればこの国も永遠に安泰であろう。頼む。どうか、この通りだ。この玉璽を受け取り、王を継いでくれぬだろうか。」
クガは玉璽を受け取るつもりは毛頭なかった。自分は将としての才はあれども王としての才があるとは限らないと思っていたからだ。何より王というのは大都督とは比べ物にならないくらいの重責を担う仕事である。その座に果たして自分が座ってよいのだろうか。果たして自分に務まるだろうか。不安でいっぱいだった。だが、国の将来を見据えて必死に懇願する国王を見ると、とても断る気分に離れなかった。国を思う心はクガも王も同じなのだから。クガはしばらく逡巡した。そして、ついに決心を固めて、玉璽に手を付けた。受け取った玉璽は、とても重かった。
「我が君。王業の件、承知仕りました。ですが王位の座に就くのは、この国難を乗り越えてからです。今はまだ暫し、大都督として私は責務をはたします。」
「大都督・・・かたじけない。願いを聞き入れてくれて、恩に着るぞ。これで余も、憂いなく宇宙へゆける・・・」
クガは受け取った玉璽を見つめ、そして天に掲げて叫んだ。
「高祖様、並びに先王たちよ。私はこの玉璽にかけて、この星を、この大地を、そしてトルヴィアを、人虫の魔の手から守って見せると誓おう!!どうか私に、力を貸してくれ!!」
すると、巨大な印でありまた小型の精密機械である玉璽の持ち手の部分から、センサーがにゅっ、と伸びて、クガの顔の前まで来ると、緑色の光を放って、クガの網膜を読み込んだ。
「これで、そなたは次の王として登録された。これからはそなたもその玉璽を使える。大都督よ、改めて言わせてほしい。この国を・・・トルヴィアを、頼んだぞ。」
「仰せのままに、大命この命に代えても果たします!!」
二人は、互いにがっちりと固い握手をした。それが、国王と大都督の最後の会話だった。
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