第37話 去る者、残る者

 トルヴィアたちがK21区から帰って来た翌朝、国王は王国の各メディア経由で重大発表を行った。


「先日、K21区を襲った白蟻王ロアリィ率いる人虫軍団は虫人たちの犠牲を伴った活躍によってどうにか退けましたが、奴らは地中を自由に移動できるため、今現在の王都の防御体制ではその脅威を完全に取り除けず、また今からその応急対策を行うとしても膨大な予算と時間を要することが予想されるため、国民の皆様の安全を確保することが不可能と判断し、苦渋の決断ではございますが、一年ごとに行う予定だった銀河連邦の移民を、予定を大幅に切り上げ、ただいまより今現在王都にいるすべての人々を対象に行うことにいたしました。つきましては、国民の皆さまにはまことに恐れ入りますが、ただいまより参ります住宅地へ軍の輸送車に、各自必要な荷物をまとめたうえでお乗りになってください。全員乗り込んだことを確認してから、輸送車は宇宙港へ向かいます。」


 幸い数か月前に王都に住む住人の1/3の人数が銀河連邦へと渡ったことと、移民の予定は前後することがあるため、いつでも移動できるように準備せよと毎週のように通知していたこともあって、住民たちの移動はスムーズに行われた。しかし、たった一人だけ、この移民に反対したものがいた。


「いや!いや!お姉さまと離れるなんていや!」

「クインヴィさま、どうか冷静になってください!」

「お姉さまが残るなら、私もこの星に残る!!」

「虫人ではないあなたさまがここに残ってどうするのですか!」


 宇宙へ住民を移送するにあたって、安全を確保するため、移送中は宇宙港周辺を虫人が警護する。そして、万が一宇宙港から月面基地へと侵入されるのを防ぐため、住民の移送が完了次第、宇宙港を破壊することになっている。だがその場合、虫人たちは完全に破壊し終わるまでに本星側に残らなくてはならないのだ。すなわち、彼らは宇宙へは行けないのだ。当然月面基地も破棄するので、もう二度と、銀河連邦とコンタクトをとることもできなくなる。そして、その本星に残る虫人の中には、トルヴィアも含まれていたのだった。クインヴィは、それが嫌だったのだ。彼女はもうすっかり家具を片付けてがらんとしたカヴト家邸宅で、彼女は駄々をこねてサナグを困らせていた。


「虫人しか残れないのなら、私も虫人になります!そしてお姉さまと肩を並べて戦うんです!!」

「ご無理を言わないでください、クインヴィ様、これはトルヴィアお嬢様が自ら残りたいといったのです。」

「でも・・・でも・・・!」


 そこへ、当のトルヴィア本人がやってきた。腕には「甲王私記」と書かれた古い書類を持っている。彼女はこれの持ち出しと、おそらく最後になるであろう自分の生家を目に焼き付けるために生家に寄ったのだった。


「クインヴィ、まだいたの・・・もうみんなダンゴムシに乗り込んだわ、あなたも支度を済ませないと、乗り遅れるわよ。」

「あ、お姉さま!お姉さまは、本当に、この星に残るのですか!?」

「・・・ええ。そうよ。」

「どうして残るのですか!?お姉さまは私と同じ王族です、銀河連邦へ行ったって誰も文句は言わないはずです!」

「王族だから、よ。」


 トルヴィアは憤るクインヴィの肩に手を置き、なだめるようにして話しかけた。


「いいこと?今この国を襲っている国難に立ち向かうためには、王族も国民も関係なく、みなが一致団結して行動しなければならないわ。私が残るのは、単純に戦力としてというのもあるけど、一番の目的は、虫人たちの士気を乱さないためよ。私がいるから、虫人たちは王国のために命がけで使命を果たそうとするのよ。」

「だったら、私も姉さまと一緒に・・・」

「いいえ、貴方はここに残ってはだめ。あなたは叔父上様とともに、銀河連邦へ向かうみんなをまとめるの。そしてカヴトの血を後世に受け継ぐのよ。とても重要な役割よ。それに、もしもあなたがここに残ったら、叔父上様はとても寂しい思いをして暮らすことになるのよ。おそらくこれから、たくさんの人が死ぬわ。」

「・・・お姉さまは、死を覚悟しているのですか・・・?」

「・・・座して死を待つよりは、戦って死んだほうが幾分かましだもの。やだ、私ったら、もう完全に思考が虫人になってきたわね・・・」

「お姉さま、嘘を言わないでください。」


 クインヴィは幼いころに母(王妃)を亡くしたショックで、家族の死というものを極度に恐れていた。トルヴィアが人虫の群れの中で血まみれになりながら死んでいく様は、考えたくもない。なのにどうして、姉は簡単に死ぬなんて言えるのだろうか。本当は、誰よりも死ぬのが怖いはずなのに。トルヴィアは父、母を亡くした時も気丈にふるまっていたが、本当は自分の部屋の中で声を押し殺して夜通し泣いていたのを、クインヴィは知っている。


「お姉さまだって、本当は死ぬのが怖いのでしょう!?だけど自分は王族だから、長女だからって我慢してるんでしょう!?」

「クインヴィ様!!」


 クインヴィはトルヴィアに抱き着いた。目からは大量の涙があふれている。


「お姉さま・・・今なら、まだ間に合います・・・私と一緒に、宇宙へ行きましょう・・・私は・・・お姉さまと、離れたくありません・・・!ずっとずっと、お姉さまと一緒に暮らしたいです・・・!」


 クインヴィの言ったことは正しかった。さすがに長く共に暮らしているだけのことはある。トルヴィアは思わず心が揺れ動きかけた。本当は自分だって怖い。できることならここから逃げ出したい。だけど・・・


「・・・クインヴィ、ごめんなさい。私は共にいけないわ。私には使命があるの。この国を守るという、大事な使命が・・・」

「・・・」

「本当は・・・私だって・・・あなたと離れたくない・・・だけど・・・だけど・・・!ああ、クインヴィ!」


 トルヴィアは従妹を強く抱き寄せた。ああ、こんなにも私のことを思ってくれるかわいい妹と、離れ離れにならねばならないとは、このような悲しい思いをしなければならないというのは、なんとこの世は無慈悲なのだろうか。


「ごめんなさい・・・私はあなたと別れるのも嫌だし、かといってここに残る虫人たちを、見捨てることも嫌なの・・・クインヴィ、あなたに悲しい思いをさせて、本当にごめんね・・・何もできない無能な姉でごめんね・・・」

「お姉さま・・・うっ、うっ・・・私のほうこそ、わがままを言ってごめんなさい・・・」

「いいのよ、もう、いいのよ・・・」


 二人は、長い時間抱き合っていた。サナグはあえて、彼女たちをせかすことはしなかった。彼もまた、この二人とともにこの邸宅で過ごしてきたからだ。彼にとって二人は家族も同然。その家族が、共に過ごす最後の時間を、できるだけ長く過ごさせてやりたいと思う親心からのものだった。


「お二方、私はいったんこの場を離れます。もしやり残したこと、言い残したことがあるのなら、そのうちにどうぞ。しからば・・・」


 サナグはそう言って二人に一礼すると、邸宅をあとにした。二人は彼の心遣いに感謝し、そして、互いに口づけをした。


「ん・・・はぁ・・・お姉さま・・・私、最後にもう一度・・・したいです。いいですか?」

「ええ、いいわ。」


 そして、二人は寝室に移動し、姉妹としての最後の愛のひと時を過ごした。とても長い時間体と唇を重ねた。すべてが終わった後、二人は腕を絡ませながら、互いに見つめあっていた。


「お姉さま・・・私たちは、離れ離れになってしまいますが、きっと、きっとまた会えますよね・・・?」

「もちろんよ。私とあなたの姉妹の絆は、たとえ変異虫でも切れっこないわ・・・」

「もし、もしも、変異虫がこの星からいなくなったと確認出来たら・・・私、必ずここへ帰ってきます。私がいけなくとも、私の子孫を、必ずここへ向かわせます。だから、必ず、必ず勝ってください!!」

「わかったわ。お互いに約束しましょ。」

「はい!お姉さま。」


 二人は再び口づけを交わした。そして、身支度を整え、自分たちが生まれ育った邸宅を、二度とは戻れぬ邸宅を目に焼き付けながら、サナグと合流し、宇宙港へと向かったのであった。

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