第36話 白蟻(はくぎ)王ロアリィの撤退

「うあああ!!」


 キクマルからロアリィとの戦いを引き継いだコクワであったが、目の前の相手はあまりにも強すぎた。ぜいぜいと息を吐きながら地面に突っ伏したコクワを見て、ロアリィはつまらなさそうにため息をついた。


「ふん、他愛もない・・・。」


 そしてロアリィが次の手を繰り出そうとしたとき、彼の目の前に空からトルヴィア、クガ、ミヤマの3人が飛び降りて立ちふさがった。


「間に合った!」

「おい、コクワ!大丈夫か、エネルギーを持ってきたぞ、そら。」

「あ、ああ・・・ありがとう、ミヤマ。」


 エネルギーを補充したコクワは再び立ち上がり、3人とともにロアリィと対峙した。だが、殺気立つ三人よりも先にトルヴィアが先だってロアリィに話しかけた。


「待って、みんな!少し私に時間を頂戴。」

「トルヴィア、どういうつもりだ?」

「言葉が通じるのにいきなり戦いを始めるのは悪手よ、もしかしたら会話することで、これ以上の無駄な犠牲を減らせるかもしれない・・・」


 トルヴィアは3人の虫人たちを抑えて、ロアリィに対話を持ち掛けた。


「ロアリィ、といったかしら?あなた達人中の要求は何?あなたは人の言葉をしゃべれる虫なのに、どうして言葉ではなく暴力でコミュニケーションを行うの?共存しようとは思わないの?」

「貴様ら愚かな人類とは共存する気は毛頭ない。同族同士で争い、文明さえも滅ぼす貴様らと共存するものなどおらぬわ。そんなお前たちをこの星から排除して、我々人虫がこの星の万物の霊長として君臨するのだ。」

「そう、それならばそれでも結構。どうもあなたは長く地下で暮らしていたからわからないだろうけど、私たちはこの星を捨てて銀河連邦に移ることにしたのよ。全員移住するには多少時間はかかるかもしれないけど、あなたがこの星が欲しいというなら、無条件で受け渡すわ。」

「無条件で・・・この星を・・・?」

「ええ。一応私はこのカヴト国の王族だから、私が要求を聞けばすぐに国王の耳に入る。あなたの言い分はできる限り聞いてあげるよう調整するわ、だからお願い、これ以上お互いに無駄な血を流させないで。K21区から撤退してほしいの。もし撤退するというのなら、今回のこの事件について、あなた達に罪は問わないし、一切干渉しない。」

「「姪君様!?」」

「トルヴィア!?おまえ、正気か?」

「私の今の言葉は、カヴト王国の言葉として受け取っていいわ。白蟻王ロアリィ。あなたたちがあともう少し我慢すれば、私たちは勝手にいなくなるし、あなたはこの星を手に入れられる。その方がお互いあと腐れないと思うけど?」


 だがロアリィは首を縦に振らなかった。それどころか鼻で笑ってトルヴィアの提案を突っぱねた。


「ここから撤退しろだと?何を馬鹿な。ここは我々の地上侵攻の橋頭保とするために襲ったのだ。それにたとえお前たちが本当に銀河連邦とやらへ移住するとして、途中で心変わりしてこの星に居続けたいとする者たちが生まれたどうするつもりだ。」

「それは、その時になったらまた話し合いましょう。」

「いいや、だめだ。お前たち全員が星を出るまで待つ時間よりも、今から攻め込んで滅ぼした方が手っ取り早い。我々の人虫王国に人間は必要ない。悪いが交渉は終わりだ。譲歩したつもりが無駄だったようだな。トルヴィア・カヴト。」


 ロアリィは4本の腕をばっ、と広げて構えた。即座にトルヴィアの後ろで控えていた3人の虫人たちも戦闘態勢をとる。


「だから言わんこっちゃない、最初に攻撃してきたやつらに譲歩なんて効くわけがないんだ・・・!」

「姪君様、気を付けてください、そいつは今までのやつとは違って強敵です!」


 だが、当のトルヴィアはとても落ち着いた様子で微動だにしなかった。


「どうした?恐怖で声も出ないか?」

「・・・白蟻王、私がいつ、譲歩といったのかしら。私はあくまでも撤退を要求しているのよ。」

「ほざけ、虚勢を張るのもいい加減にしろ。まさか我々に勝てるとでも?お前らが一束になればまあ勝機もなくはないかもしれんが、我々の戦力はこれだけではない、すぐそばまで我々の総勢2億体の大援軍が来ているのだぞ。」

「何人来たって変わらないわ。私たちが、何にも対策していないと思ったら大間違いよ。白蟻王。」


 そういうと、トルヴィアは右腕を天に掲げて、指をはじいた。次の瞬間、空に一瞬光がきらめいたかと思うとそこから大地に向かって大きな赤い光の柱が大地に降り注いだ。光の柱はこちらから数キロ離れたところで轟音と爆風を掻き立てて大地をえぐり取った。ロアリィはその光の柱を一瞥してそれが落ちた方へ視線をやった。


「衛星兵器か・・・」

「フリコで見つけたロボットの必殺光線を、カヴトの技術で再設計したのよ。ちょうど今日実験する予定だったけど、あなたたちが襲ってきたからついさっき疑似網膜秘密回線経由でぶっつけ本番で登用することになったわ。」

「ふん、虚勢の次はこけおどしときたか・・・」

「こけおどしかどうか、すぐにわかると思うわ。」


 なぜか不敵に笑うトルヴィアにロアリィは何か嫌な予感がしたが、その予感はすぐに当たった。彼の足元からぼこっ、と連絡係の人虫が湧き出てきた。彼はひどく慌てている。彼がロアリィのもとへ来るときは決まって緊急事態の時だ。


「大変、大変、蟻王、援軍、全滅、全滅。」

「・・・なんだと?」

「空から光が落ちて、援軍、全滅、全滅。」

「指一本残っていないのか!?」

「みんな、全滅。全滅。何も残らない、残らない。ジュスヘル・コードでの蘇生、できない、できない。」

「・・・なるほどな、貴様、やってくれたな。」


 ロアリィはトルヴィアをにらみつけた。彼女はただ不敵に笑うだけだった。


「もう一度聞くわ。このK21区から撤退してちょうだい。そして二度と私たちや王国に干渉しないで。もし撤退しない場合は、今度はあなたが、あの光、もしくはローチェのブラットディア・レーザーで焼き尽くされることになるわよ。」

「・・・」


 ロアリィはしばらく苦々しげな顔でトルヴィアをにらみつけた後、しばし目を閉じて思索にふけった。そして、深く息を吐くと、ついに決断した。


「・・・わかった。トルヴィア・カヴトよ。我々はK21区から撤退しよう。だが前述の条件は守ってもらうぞ。」

「ええ。約束は守るわ。」

「・・・」


 ロアリィはそういうとK21区のほうへと向き、第一左腕から赤色の光を発射し、空中で炸裂させた。これが彼らの撤退の合図らしい。それを見た人虫たちはいっせいに戦闘をやめて、地中に潜り彼らの国へと帰っていった。そしてロアリィも体を回転させて地中へもぐり始めたが、体が完全に隠れる際に苦虫を噛み潰したような顔で捨て台詞を吐き捨て、土の下へと潜っていった。


「いつまでも優位に立てると思うなよ、小娘が・・・!」

「・・・」


 かくして、人虫軍団がみな撤退したのを見届けたトルヴィアは、ほっと一息ついて安堵した。


「よかった・・・これでしばらくは彼らも襲ってこないわ。」

「トルヴィア、本当に奴らが素直にお前との約束を守ると思ってるのか?

「そんなのわかってるわ。あくまでも時間稼ぎよ。少なくとも”あれ”がある以上、彼らはうかつにこちらに手は出せないわ。」

「姪君様、あれはいったい何です?」


 トルヴィアは青空の向こう側でうっすらと見えている衛星メディンを指さした。


「あれは対大虫波対策として月面基地で開発を進めていた、メガワム粒子砲の試作よ。まだ実験段階だったのだけれど、ついさっきスパイド君に無理を言ってどうにか動かしてもらったのよ。あとで彼にはなにかお礼しなきゃね・・・」

「俺は初耳だぞ?」

「ごめんなさい、今日それを伝えようと思ったのよ。」

「・・・まあいい。だが、奴らがもし王都を襲ったら俺たちは守り切れないな。奴らは土の下も移動できるから、防壁はまるで意味がない、ここでさえこれなんだ、早急に対策を考えなければ・・・!」


 住民は安全に避難できたものの、人虫に何もかもが破壊しつくされてしまったK21区はもはや放棄するしかなかった。しかし王都に逃げたとて、安全が担保されるわけではない。地下に住む彼らにとって、同じ大地で繋がっている王都はほぼ丸裸に等しい。母なる大地は今や、逃げ場のない広大な地雷原と化したのだ。

 そしてみな、ある一つの結論にたどり着く。王国の民を脅威から遠ざけるためのたった一つの方法を。だがそれは、重大な決断だった。


「この星に安全な場所がない以上、宇宙へ・・・銀河連邦へ、みなを避難させるしかないわね・・・」


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