第八章:黒幕白蟻帝
第35話 激戦、K21区
K21区を襲ったのははるか地底からやってきた白蟻王ロアリィとその部下たちであった。K21区には変異虫を避けるための強固な防壁と強力な忌避剤がまかれているが、ロアリィ率いる人虫軍団には全く通用しなかった。
幸運にもK21区にはキクマルとマサルが来ており、突然の急襲に混乱が発生したものの、二人がほかの虫人とともに決死の防衛戦を行っているおかげでK21区はまだ陥落してはいなかった。だが、それもじわじわと劣勢に追い込まれていった。奴らは対して強くはない。少し強く殴ればすぐに死んでしまう。だが、奴らは倒しても倒してもすぐに湧いてくる。これは比喩表現でも何でもない。本当に地面から土をかき分けてぽこじゃがと湧いてくるのだ。そして死した同胞の亡骸をその二つに分かれた大あごでかみ砕いて食す。仲間の亡骸を食うというのは変異虫ではこれと言って珍しい習性ではないのだが、なにぶん姿かたちが人間によく似ているため、その光景は激しい嫌悪感を見るものにもたらす。
「あいつらはいったい何なんだ!!変異虫でも、人間でもない、倒したと思ったらまるで蛆虫のように死ぬほど湧いてきて・・・!」
「蛆虫ではない、われわれはシロアリの人虫だ。」
「!?」
悪態をつきながら人虫をさばいていたキクマルの背後から声が聞こえる。キクマルは振り向きざまに地面を飛び跳ねて距離をとると、目の前には白いマントに身を包んだ、顔つきが自分と同じくらい若い白髪の男――しかし、腕が四本ある――がたたずんでいた。ロアリィだ。
「何者だ、お前らは・・・!?」
「私は白蟻王ロアリィ。我々人虫は地底からやってきた。」
「なぜ僕らを攻撃した!?」
「我々は地下だけではなく地上も支配したいと常日頃から考えていた。だが地上ではお前たち人間がいる。お前たちが滅びた後でこの星における万物の霊長としてゆっくり地上を支配するつもりだったが、400年待ってもお前たちはなかなか滅びぬ。だからこうやって直接滅ぼすことにしたのだ。」
「なんだと!?」
「愚かな人類よ、変異虫を生み出し、文明を滅ぼし、あまつさえ自らも滅ぼしかけた者たちよ、往生際が悪いぞ。盛者必衰の
白蟻王が地面に手をついて、何やらごにょごにょと唱えると、その瞬間に彼の半径50m以内に大量の人虫が一斉に地中から這い出してきた。キクマルは絶句した。すでに戦闘開始からかなり時間がたっており、彼や彼とともに戦う虫人たちの活動エネルギーは残り少なくなっていた。防壁の内部に戻ればエネルギーを補給できるが、今この防衛ラインから一人でも抜ければそこから奴らはK21区へ侵入してくるだろう。
「う・・・嘘だろ・・・まだ、あんなにいるのか・・・!?」
そして、さらに悪い知らせがキクマルの疑似網膜に届いた。マサルからだ。
「(兄さん、大変だ!!奴らが地下シェルターの壁を食い破って防壁内部に侵入してきた!!)」
「(なんだって!?)」
「(区内に残ってる虫人たちで何とか食い止めてるけど、この地下シェルターがやられたってことはもうほかの場所も・・・うわあああ!!)」
「(マサル!?おい、どうした!返事しろ!!マサル!!)」
マサルからの返事は来ることはなかった。そして目の前では、ロアリィが勝ち誇ったような顔をしてキクマルをあざ笑った。
「ははは、ほかの変異虫ならいざ知らず、シロアリの進化系である我々に侵入できぬものなどどこにもない。貴様らはここで滅び、我々の糧となる運命なのだ。」
「・・・ふざけるな!!僕はおまえを倒して、マサルを助けに行く!!」
「できるかな・・・バッタもどきが!!」
キクマルは体を大きくひねり、ロアリィの側面に強力な回し蹴りを食らわせた。そのあとに猛烈な勢いでロアリィに何発も打撃を放ったしかしロアリィの体はびくともせず、キクマル怒涛の連続攻撃を一通り受け止めた後に、攻撃のうちのわずかな隙をついて相手の懐に第二右腕の裏拳を入れた。キクマルは思わずうずくまった。
「ぐふっ・・・」
「所詮貴様はバッタもんだな・・・ではこちらからゆくぞ!」
シロアリ人虫は腕の数が二倍なので、普通に殴るだけでも人間の倍の数相手に殴ることができる。二本の腕だけでは、一発、二発を防いでも三発、四発目はどうしてもよけられない。一転攻勢を許したキクマルは何十回、何百回もさんざんにぶちのめされた。そして、ロアリィの第一左腕の拳による渾身の一撃を食らったキクマルは宙を舞い、地面に大きくたたきつけられた。その衝撃で、彼の仮面は破損してしまい、素顔が露出してしまった。
「く・・・くそ・・・つ、強すぎる・・・」
助けを呼びたくても呼べなかった。彼とともに戦っていた虫人たちは、みなやられてしまったからだ。それでもなお立ち上がろうとするキクマルの首を、ロアリィは腕二本でわしづかみにし、そして四本すべてを首に回して、キクマルを絞め殺そうとする。
「ぐ・・・かはっ・・・は、離せ・・・!」
「お前はそこら辺に転がっているやつらとは違ってそこそこ楽しめたぞ。だが私の敵ではなかったな・・・だが喜べ、お前の死体は私が丁重に食ってやる。強いものの死体はとてもうまくて、滋養があるからな。」
「・・・ま、マサル・・・!」
首が四本の腕で締め付けられて頭に血が回らなくなり、だんだんと意識が遠のき、キクマルもいよいよこれまでかと一瞬あきらめかけたその時、キクマルの上空から空を切る音とともに二対のブーメランがロアリィの四本腕を切断し、地面に突き刺さった。ロアリィの顔が一瞬ゆがみ、ブーメランが飛んできた方をにらみつけた。
「・・・!」
「キクマル!!」
そのブーメランを投げたのは、王都からローチェに乗っていの一番に駆け付けたコクワであった。彼は地面に下り立つとキクマルに自分のワム粒子を分け与えると、キクマルは大きくせき込んでどうにか意識を取り戻した。
「こ、コクワ副都督・・・!」
「よく頑張ったな、キクマル。あとは俺とほかの虫人に任せるんだ。あとからミヤマ、大都督と姪君様もやってくる。」
「副都督、奴らは防壁を突破して内側にも侵入しているんです!」
「何だって!?」
「僕、彼らの応援に向かいます!」
「よし、頼んだぞ!!」
キクマルは羽を広げてK21区の防壁の内側へと急行した。それを見送ったコクワは、代わりにロアリィと対峙する。
「やい、貴様、ロアリィといったか!いったいどこの馬の骨かは知らんが、このコクワ様が来た以上好きにはさせないぞ!!」
「・・・はぁっ!!」
ロアリィは力を込めて叫ぶと、先ほど切断された四本の腕が見る見るうちに再生してゆき、数秒後にはほとんど元通りになっていた。コクワはその光景に驚愕した。
「な、なんだと・・・!」
「今度はクワガタか・・・まあよい。どこまで持つか、せいぜい私を楽しませてくれよ。」
「けっ、なめやがって・・・行くぞ!!」
キクマルに代わって、今度はコクワがロアリィの相手をすることになった。
・・・
防壁の中は燦燦たる有様であった。建物はどこもかしこも人虫にかじられ、あちらこちらに火の手が上がり、黒い煙がもうもうと立ち込めている。救護班と合流したキクマルは必死にマサルと残りの虫人たちを探していた。すると、ある建物から爆発音が聞こえてきた。その建物のほうへ急ぐと、中にはわらわらと人虫たちの死骸であふれている。そして次に聞こえてきたのは、若い少年の悲鳴であった。
「ぐあああ!!」
マサルの声だ。キクマルはすぐ判断して建物へと急いだ。その建物は床に鉄板が敷き詰められた物流倉庫であり、彼が疑似網膜で簡易走査を行うと中にはK21区の住民が人虫の襲来から身を守ろうと必死にバリケードを作って進行を防いでいた。そしてその前線では、マサルがたった一人、人虫と戦っていたのだ・・・左腕をなくし、その肩からどくどくと血を垂れ流しながら。ほかの虫人たちは、みなやられてしまったのだろう。いま住人たちを守れるのは、マサルただ一人であった。その彼もあともう少しでエネルギーが切れてしまう。
「マサル!!ちっくしょおおお!!」
弟の傷ついた姿を見て激高したキクマルは、マサルに組み付いていた人虫の首筋に飛び蹴りを食らわせた。その勢いで人虫の頭は吹っ飛び、残った胴体がだらんと力なくマサルを離して倒れた。
「はぁ・・・はぁ・・・キクマル、兄さん・・・」
キクマルは怒りに任せて倉庫に群がる残りの人虫をすべて倒し、防壁の内側から人虫を完全に消し去った。そしてマサルのもとへ駆け寄り、彼を抱いて住民とともに救護班のもとへと向かった。彼の左肩に緊急で包帯を巻いたが、出血が止まらない。そしてマサル自身も、意識が遠くなりかけていた。キクマルは必死に呼びかけて弟の意識をつなぎとめる。
「兄さん・・・住人たちは・・・」
「マサル、お前が場所を移して守ってくれたおかげでみんな無事だ。今はみんなローチェに乗せて王都へ避難させてる。」
「そうか・・・良かった・・・でも、俺以外の虫人たちは・・・」
「マサル、もうしゃべるな、傷口が開く。」
「うぅ・・・ところで、あのロアリィってやつは・・・?」
「今コクワ副都督が対処してる。もうすぐ大都督やお嬢様も加勢するからもう安心だぞ。」
キクマルはそう言ってマサルを安心させようとしたが、次の瞬間に疑似網膜に送られてきた情報に彼は絶句した。
「あ・・・あ・・・!!」
「兄さん?」
疑似網膜に、[EMERGENCY:
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