第34話 始まりはいつも突然に

 翌朝。コクワとミヤマは執務室にて看護長からのきついお説教をかまされた後、トルヴィアとクガ二人からの懲罰もかねて一戦交えることになった。


「とりゃあああ!」

「そらあああ!!」


 すでに戦いは中盤に差し掛かっていた。ある程度痛めつけられた後に背中合わせで並べられたコクワ、ミヤマに向かって二人は交互に飛び蹴りを入れた。二人の体は勢いよく地面に叩きつけられる。


「ぐはっ!!」

「おごっ!!」


 そして、トルヴィアがコクワを、クガがミヤマの頭をわきに挟み、そのまま互いに突進して二人を前に投げ出し、衝突させた。コクワとミヤマは頭からぶつかって思わず視界に星が飛び散る。


「いてえ!!」

「いたい!!」


 投げ出された勢いでコクワとミヤマは頭をぶつけて、少しふらふらとした後にばったりと倒れた。勝負あり。トルヴィアとクガはこれくらいにしておこうと手をぱんぱんとたたいて虫装を解除した。


「コクワ、ミヤマ。どうだ、反省したか?」

「「は、はい・・・心の底から反省いたしました・・・」」

「よおし、今回はこのくらいにしておいてやろう。しかし、俺が二人をここまで痛めつけるのはとても久しぶりの感覚だな。」

「あら、前にもこんなことがあったの?」

「まあ、ちょっとな。昔俺が入ってきたころの副都督たちはそれはそれは大変な不良でな、新兵いびりのつもりで襲い掛かってきたところを返り討ちにしてやったのさ。」


 トルヴィアは驚いた。彼女はコクワとミヤマは命令に忠実な軍人なのでさぞかしよい育ち方をしたのだろうとばかり思っていたのだ。


「二人とも、それは本当なの?」

「恥ずかしながら・・・本当なんですよ、姪君様。」

「えへへ・・・まあそのころの俺たちは若かったからなぁ、大都督にぶんなぐられて、ようやく俺たちは目を覚ましたんです。」

「へえ・・・意外ね、もっと聞きたいわ、その話。」

「まあ、それはそのうち話しますよ。ああ、しかし二人とも、また強くなってませんか?いつもより動きが速かった気がしますが・・・」

「そうか?」

「そうかしら?」

「二人は気づかないんでしょうが、我々から見ればものすごく力があふれ出てるように見えるんです、なあ?」

「ああ、それはもう。いったい昨晩、二人の間に何があったんです?」


 コクワがそう聞くと、二人は頬を染めながら妙によそよそしく目線をそらした。


「・・・まあ・・・少し・・・親密度が上がったというか・・・なんというか。そうでしょ、ミツル?」

「あ、ああ、そ、そうだな、トルヴィア・・・あ!もうこんな時間!腹減ったな!飯食いに行こうぜ!」

「そ、そうね!私もちょうどそう思ってた!」

「そうか!じゃあいっしょに行こう!」

「そうしましょう!」


 二人はわざとらしく大声を出してその場を去った。副都督たちはあえて口には出さなかったが、二人の間に何があったかはおおよそ予測できた。


「あの二人・・・したな。」

「ああ、間違いない。やりやがったんだ。」

「のう、何をしたのじゃ?」


 突然した声に二人は驚いて振り向くと、そこには重そうな荷物を載せた台車を持ったローチェが後ろに立っていた。


「うわっ!!・・・な、なんだローチェか・・・」

「ローチェ、お前ただでさえ驚かれる外見なんだからいるならいるって言ってくれ!!」

「すまんすまん、ところで、大都督とトルヴィアはいったいどうしたのじゃ?遠目に戦いを見ておったが、何やらエネルギーがあふれてて、いつもより動きが素早かったぞ?」

「ああ、それは・・・まあなんというか、二人はこれとこれなんだよ。」


 ミヤマは左手で親指を、右手で小指を立てる仕草をした。だがローチェはその意味を知らなかった。


「親指?小指?ますます訳が分からぬぞ、もっとわかりやすく説明してくれぬか?」

「まあとどのつまり二人は・・・」

 

 コクワがローチェの集音パーツに向かってごにょごにょとささやくと、ローチェの顔は見る見るうちに赤くなっていった。


「は・・・は・・・はわわ・・・そ、それはまことか!?わらわは全く知らなかったぞ!」

「知らないのはローチェだけさ、俺もミヤマも、キクマルもマサルも、ここにいる虫人のほとんどが知ってる周知の事実だぜ?」

「そうだったのか・・・!つまり二人から出ていたエネルギーはフェロモンだったんじゃな。道理で動きが速くなるわけじゃ。」

「うーん、なんかちょっと違う気がする・・・」


 ・・・


 トルヴィアとクガは「ジロウケイ_海」という看板を掲げる店で昼食をとった。


「ああ、うまかった!」

「でしょう?ここはジロウケイでは珍しい魚介系のスープなのよ。きっとあなたが好きだと思って。」

「まったくその通りだ。・・・まあでも、俺はお前と一緒に食う飯なら、なんだってうまいけどな。」

「・・・ふふ、ありがとう。」


 トルヴィアが手を伸ばした。クガはそれを握った。しばらく二人は何をするわけでもなく、休憩時間いっぱいに城下町を散策した。


「ミツル、私ね、こんな何でもない平和なひと時が、ずっと続けばいいのにって思うの。変異虫はずっと襲ってこなくて、私たちはずっとこうやって、のんびりと過ごしているだけで、一日が終わる。そんな世界が、いつになったらやってくるのかなって・・・」

「来るさ。必ず。たとえ俺たちの代では無理でも、次の、その次の世代できっと来る。そのために、俺たちが頑張らなきゃな。」

「・・・そうね。もっともっと、強くならなくちゃ・・・」


 その時、クガの疑似網膜が緊急通信を受信した。送られてきたのは、K21区に出張しているキクマルからだった。


「(どうした、キクマル。)」

「(大都督!!大変です!!K21区に大虫波襲来!それも新種の変異虫です!現在僕ら含めK21区在中の虫人総出で対応してますが、押されています!!至急応援願います!!)」

「(わかった、すぐに本部に戻って討伐隊を編成しそちらに急行する。あと一時間、持ちこたえられるか?)」

「(やってみます!通信終わり!)」


 クガはキクマルからの通信を終えると、すぐにミヤマとコクワの疑似網膜へとつないだ。


「変異虫?」

「ああ、今度は新種が表れたようだ。すぐに戻るぞ。」

「ええ。」


 トルヴィアも状況を察知してクガとともに足早に兵舎へと戻った。兵舎ではすでにコクワとミヤマが討伐隊の編成を完了しており、すぐにでも出動できるよう体勢が整えられていた。


「大都督、すでに準備は整えてあります。まずコクワをリーダーとした先鋒隊をローチェに搭乗させて出動させました。」

「よし。ミヤマはここに残って留守を頼む。俺たちもすぐに出る、トルヴィア、行くぞ!!」

「御意!」

「わかったわ、変身!」


 虫人たちは大都督の号令で一斉に変身し、K21区へと飛び立った。空中で編隊を組みながら疑似網膜にて簡易ブリーフィングを行っている途中、クガの疑似網膜に再びキクマルから緊急の通信が入ってきた。今度は画像も添付されている。{image:new mutation_bug}と書かれた画像ファイルを読み込んだクガは、思わず絶句した。


「な・・・なんだ、こいつらは・・・!!本当に変異虫なのか!?」


 その画像に移っていたのは、腕が四本はえた白面の人間とマサルが必死に戦っている様子をとらえたものだった。おそらくこれはキクマルの疑似網膜によって撮られたものであろう。

 だがそれは虫というよりはあまりにも親近感を覚える見た目であり、さりとて人間というにはあまりにも凶悪すぎる体つきであった。

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