第33話 求愛行動

 看護長室をしっかり戸締りしてから抜け出した二人は、すでに変身して飛び立ち、クガ家への庭へと降り立った。満月が冷たく光る夜空の下に、クガが先に地面に下り立ち、そしてトルヴィアが遅れて羽を広げてゆっくりと降下してくる。月光に照らされた彼女の姿に、彼はどこか美しさを感じていた。そして、今宵の二人はいつにもまして体中に力がみなぎっていた。二人は息を整え、ほぼ同時に構えた。


「ゆくぞ!!」

「いつでも!!」

「うおおおお!!」

「はああああ!!」


 大地を強く踏みつけ、高速で間合いを詰めて、息つく暇もなく互いに打撃、蹴撃を繰り出す。その動きは肉眼でも、疑似網膜の攻撃予測モードでさえも直視できないほどの速さだった。音がした時にはすでに次の攻撃がやってくる。だが二人はそれを難なくいなしてゆく。彼らは互いに相手をよく理解している。だからどこに何が来るか、次に何を仕掛けてくるか、そしてどう反撃するかなど考えなくともわかるのだ。すでに二人の動きは思考を完全に置き去り、ほぼほぼ脊髄反射で動いていた。頭ではなく、体が覚えているのだ。


 驚いたことに二人は今、”戦っている”という意識は皆無であった。肉体は激しく死闘を演じているが、彼らの意識はともにこの場ではない別の世界に存在していた。二人の深層意識が紡ぐ二人の世界。その世界においてのコミュニケーション手段として、彼らは拳を用いているだけなのだ。

 二人の心は、戦闘を始める前よりも穏やかになっていた。面と向かっては言えない言葉でも、今の状態なら臆することなく伝えることができる。というよりも、二人は願わくば一生、この状態が続けばいいのにと思っていた。もちろん虫人にならない世の中が一番良いことだというのは重々承知の上だが、それでもこの時は、この瞬間だけは、二人にとっては永遠に思えるほどだった。


 想いが力となって体に満ち、拳となって繰り出される。それを受け止めて、思いが強くなり、また力になる。二人はとても長い時間、拳を交えていた。だが全く疲れた様子はなく、むしろ今までで一番力があふれているのではないだろうか、とまで思えるほどには絶好調だった。そしてついに二人は、大きく間合いを取った後、体に満ちたすべての力を右拳に集中させて、その拳を突き出し突進した。それが勢いよくぶつかり合った瞬間、二人の疑似網膜と思考の中に互いの想いがはじけた。


[MESSAGE:俺はお前が好きだ。トルヴィア、愛している・・・]

[MESSAGE:私はあなたが好きよ。ミツル、愛している・・・]


 ・・・


 二人の拳が激突した瞬間に発生したエネルギーは、大きな衝撃波となってカヴト王国に、ひいてはこの星全体に広がった。その衝撃波は普通の人ならば特に気にしない、虫人なら夜中に少し目が覚めるくらいの程度であったが、それを敏感に感知したものがいた。そのものは地表のはるか下でコロニーを形成し、その頂点に君臨するものだった。その姿は服装を含めて人間にとてもよく似ていたが、髪と肌の色が充血したような目と左右それぞれ二本ずつある腕を器用に使いながら、口からはみ出た特徴的な二本の牙でオニオカジラミの死骸をかじるその様は、とても人間とは言えない姿であった。


 その衝撃波が地底に達したとき、そのものは思わず目を見開いた。そして部屋の中から天井を見上げ、そのエネルギーの発生源のほうへと視線を向けた。それと同時に、そのもの部下が二人部屋に駆け込んできた。


「偉大なる蟻王ぎおうロアリィ、大変です。大変です。謎の衝撃波がカヴト王国付近で発生。発生。われらはみんな、驚いている。驚いている。」

「これはきっと人間の攻撃、攻撃。われら人虫じんちゅうに対する宣戦布告。宣戦布告。」


 ロアリィと呼ばれたものは慌てた様子の部下とは違ってとても落ちついた様子だった。


「・・・そうあわてるな。そもそも我々はまだ彼らと”邂逅”すらしていないのだぞ。知りもしない相手に宣戦布告などするほど、奴らも愚かではないだろう。」

「・・・そうだ、我々は、まだ人間たちに知られていない。いない。」

「知られないうちに滅びる予定だった。だった。」

「でも奴らはまだ滅びていない。いない。」

「それどころか、生き残ろうとしている。している。」

「我々の予定、狂う。狂う。」


 そこへ、もう一人の部下が飛び込んできた。地上で監視をしていたものから連絡を受けたのだ。


「蟻王様、衝撃波の発生源が分かった。分かった。衝撃波、二人の虫人が起こした。起こした。一人はカブトムシで、もう一人はクワガタだった。だった。」


 それを聞いて、ロアリィの手が止まった。


「・・・あの二人か。やはりあの二人がいる限り人間たちは滅びることはない。早急に対処をせねば・・・」

「どう対処する?する?」

「・・・今はまだ、私にも策がない。今はまだ、様子を見ることにしよう。」

「「「御意。御意。」」」


 彼は部下を下がらせると、再びオニオカジラミをむさぼり始めたのだった。


 ・・・


 拳と想いをぶつけあって、ついに相思相愛の仲になった二人だったが、次の瞬間二人の疑似網膜に[ERROR]という文字がいくつも表示された。そして視界に大きく[RUN:SAFE_GUARD]と表示されたその瞬間、二人の虫装は爆散して強制解除されてしまった。普通、虫装を解除する際には変身する直前まで来ていた服装に戻るのだが、安全機構が作動して強制的に虫装を解除した場合、あくまでも肉体が安全であることが最優先にされるために、服装の無事は考慮されなくなる。とどのつまり、全裸になってしまうのだ。


 果たして二人は夜空の下で一糸まとわぬ姿となった。だが二人はそれを全く気にせずに、互いに歩み寄り、腕を背中に回し、そして、熱い口づけを交わした。


「ミツル・・・私いますごく、うれしいわ。あなたと心が一つになって・・・」

「俺もだ。トルヴィア・・・ありがとう。おかげで俺はお前にやっと正直になれた。そして俺は今、初めてお前に負けたが、こんなに気持ちのいい負けは後にも先にも今回だけだな。」

「あら、私が負けたかと思ったわ。」

「そうか?謙遜しなくてもいいんだぜ。」

「そっちこそ、別に遠慮しなくたっていいわよ。」

「・・・まあ、いいか。どっちでも。」

「そうね、そのとおりね!」


 二人は再び口づけを交わすと、そのまま邸宅へと戻った。が、今宵は二人は同じベッドで寝ることになった。そして二人は、ベッドの上で、”第二ラウンド”を始めたのであった。身も心も一つとなって、二人の求愛行動はますます激しさを増していった。


・・・


「あぁ・・・あぁ・・・ああっ!!」

「はぁ・・・はぁ・・・よかったわ・・・とっても。」

「トルヴィアも、こういうことはあんまり抵抗ないんだな・・・」

「時折クインヴィと”してる”からね。男の人はあなたが初めてよ。」

「今さりげなくすごいことを聞いた気が・・・」

「”うぶ”のほうがよかった?」

「いや、まあそれよかましだが・・・ところでお前、今日ジロウケイ食べてないよな?」

「食べたわよ?」

「うそだろ?全然ニンニクのにおいがしなかったぞ・・・」

「ニンニクにもにおいがないものとかいろいろあるのよ。それに私、毎日それを入れるわけじゃないの。あまり入れすぎると味がわからなくなるからね。一回たくさんにんにくを入れたものを食べた夜にクインヴィとしたら、しばらく口をきいてくれなかったことがあったから、私なりに気を付けてるの。」

「そりゃそうだろうなあ・・・」

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