第32話 ボー・フランカの一計

 ボー・フランカは非戦闘型の虫人である。階級は看護長。虫の種類は蚊。彼女は全線で傷ついた戦士たちを後方にて治療する医療専門の兵士、衛生兵のリーダーである。また、彼女は虫人になりたてで右も左も分からない新兵のメンタルケアも独自に行っており、多くの悩める戦士たちが彼女の助言を求めてきた。そのため、彼女は虫人達から母のような存在として親しまれていた。


 だが、そんな彼女がカウンセリングルームとして開放している看護長室に珍しい客がやってきたのだ。クガ大都督だ。


「・・・大都督!?何故こちらに?何か緊急の御用でしょうか・・・?」

「ああ、いや、違うんだ、緊急ではない・・・いや、緊急・・・かもしれないが・・・」

「?」

「ええと、久しぶりに、悩みを聞いてもらいたい・・・と思ってな。いいか?」

「え、ええ、構いませんが・・・」


 言葉の歯切れが悪く、どこかもごもごとしているクガのその様子を見た彼女は、とりあえず彼の血を採取することにした。彼女は、対象の血からその者の思考を読むことが出来る能力を持っている。これは本来口もきけないほどに負傷した者から負傷箇所を探しあてて、適切な処置を行うための能力であったが、幸か不幸か虫人達はめったな事では傷一つつかないために、本来の用途では使う事は全くなかった。その代わりに、言えない悩みを口に出さずに彼女へ伝える為の手段として使われていた。


 彼女の右手の中指が変化し、極細の針となって、クガの皮膚に刺さった。痛みはない。そして彼の血を少量吸って針を抜き取ると、彼女の頭の中に彼の思考、記憶が流れ込んできた。


「ああ、なるほどなるほど・・・へえ、大都督も一人の男なんですね。」

「・・・はあ、そうです。俺は、トルヴィアに恋をしています。でも、本人が目の前にいると、素直になれなくて。だから、あんな心にもないことを言ってしまって・・・」

「わかるわ。なぜか好きな人の前では思ってることと反対のことをしがちよね。でも記憶を見た限りあなたをミヤマとコクワが一番悪いわ。あの二人には私からきつーく叱っておきます。でも姪君様には、あなたが自分の言葉で謝らなくてはならないわ。そしてちゃんと、自分の素直な気持ちを相手に伝えること。それが、今あなたをむしばんでいる恋の病を治す唯一の薬よ。」

「で、でも・・・恥ずかしいです。俺からいうのは・・・今まで俺とトルヴィアは師弟の関係で、同時に良き好敵手でもあります。それを、俺から好きだって告白したら、俺たち、今まで通りに戦えなくなるんじゃないかって思うと・・・それに、たとえ俺たちが相思相愛だとわかっても、相手は王姪です。俺で釣り合うかどうか・・・」

「何を言ってるの。師弟同士、好敵手同士に加えて、新たに恋人同士という絆が生まれるのはいいことだと思うわ。守りたいものができると、人は強くなれるのよ。それに、立場のことについては、あなたが大都督である限りたぶん大した問題じゃないわ。」

「うぅ・・・でも・・・」

「ほら、はっきりしなさい!あなたは、どうしたいの?あなたは姪君様のことをどう思っているの?」


 看護長はいつまでも煮え切らない態度のクガに喝を入れた。彼女はその職務の手前、軍事統帥権はないものの階級は大都督よりも上であり、国王以外では唯一大都督に上から物申せる立場でもあった。


「お、俺は・・・俺は・・・」


 のどまで出かかってる言葉を、自分自身がトルヴィアに抱いている感情を、クガは自分を奮い立たせて、ようやく絞り出した。


「俺は、トルヴィアにひどいことを言ったことを謝りたい!そして、これからも俺と一緒の家に住んで、一緒に戦いたい、強くなりたい!そしてまた、あいつの作ったうまい弁当とジロウケイを食べたい!俺は、トルヴィアのことが、心の底から・・・好きなんだ!!」


 ああ、言えた。ようやく言えた。本当の気持ちを。クガの思考は一時の解放感に包まれた。彼女は満足げにほほ笑んだ。


「やっと自分の気持ちをさらけ出すことができたわね。」

「はぁ、はぁ、・・・これを、このままトルヴィアに伝えればいいんですね・・・」

「ああ、それなら大丈夫よ。・・・もう出てきてもいいですよ、姪君様!」


 看護長が振り向いて声をかけると、クガのすぐ後ろのカーテンがジーッ、と開いた。そこには顔を真っ赤に染めたトルヴィアがベッドの上に座っていた。すべて聞いていたのだ。


「と、トルヴィア・・・!い、いつから・・・」

「フランカ看護長に、あなたとの関係について話していたら・・・あなたが訪ねてきて・・・私は帰ろうとしたんだけど・・・看護長が私に策があるから、ってここで隠れていろって・・・」

「看護長!?」

「ふふ、どうやら策はうまくいったようね。でもこれで手間が省けたでしょ。」

「いるならいるって・・・いってくれれば・・・」

「恋の病はね、時には荒療治も必要なのよ。そのほうがうまくいく場合が多いのよ。あくまでも個人的な主観だけどね。」


 そういうと、看護長は二人に部屋の鍵を渡した。


「えっ、これは・・・」

「私ができるのはここまで。あとはあなたたちの問題よ。しばらくここをあなたたちに貸すから、それまでにうまく収めておいてね。もし出るときは鍵をかけて、管理の人に渡しておいてね。じゃ私、上がるから。」

「ちょっと、看護長・・・!」


 看護長は呆然とする二人を置いてすたすたと去っていった。戸が閉まり、二人きりになった。二人はしばらく口をきけなかったが、やがてトルヴィアのほうから沈黙を破った。


「ねえ、ミツル・・・?さっきの言葉は本当?」

「・・・あ、ああ。俺は、自分の心に素直になれなかったんだ、だから、のせられたとはいえあんなことを言ってしまって・・・悪かった。」

「もういいわよ。私も冷静じゃなかったし。・・・でも、私、あなたの本心が聞けて今すごくうれしい。」

「トルヴィア、お前はどうなんだ。俺のこと・・・好きなのか?もしあれだったら、無理、しなくてもいいんだぞ・・・元をたどれば、俺とお前の出会いは最悪だったし、嫌われても文句は言えない・・・。」

「そんなこと、ない!」


 トルヴィアはクガの手を握って顔を近づけた。


「あなたがあの時私を叱って、発破をかけてくれたからこそ今の私がいるの。なかったら私はきっと死んでいたわ。私はあなたに感謝しているのよ。それにあなたは、いったん家を追われた私を嫌な顔一つせず受け入れてくれた。発掘調査の時だって、あなたは口ではいやいや言いつつもなんだかんだで最後まで手伝ってくれたわ。思えば私は、あなたにずっと頼りっぱなしだったのよ。あなたはぶっきらぼうだけど心は優しくて、いつも私を支えてくれる、とても大切な人よ。そんな人を、嫌いになれるわけ、ないじゃない。」

「トルヴィア・・・」


 クガは内心驚いていた。自分が彼女にとってそこまで重要な人物になっていたとは知らなかった。むしろ彼のほうがトルヴィアに支えられていると思ったからだ。彼女が来てから退屈で仕方なかった大都督という職務をふたたび面白く思えるようになってきたし、なき兄ミチオの仇であるターターを殺害まであと一歩のところまで追いつめたとき、怒りによって理性が吹き飛びかけていた自分をあの時彼女が止めてくれなければ、自分は今頃暴走虫人として殺処分されていただろう。


「俺・・・俺・・・」


 だが、クガの思考に再び羞恥心が渦巻いて、うまく言葉を紡ぐことができなくなってしまった。


「ああ、だめだ!言葉が見つからない・・・俺、どうやったらお前に、俺の気持ちを正直にぶつけられるんだろうか・・・まったく、情けないなあ・・・俺って・・・」

「・・・ねえ、ミツル。何も、無理に言葉で表す必要はないとおもうの。だって・・・」


 そう言うと、トルヴィアは懐からコードを取り出して、クガの右腕のコードにこつん、と軽くあてた。


「私たちには、私たちのやり方があるでしょ?」

「・・・!」

「手合わせ、願えるかしら?大都督。」

「・・・ふふ、そうか、そうだった!」


 言葉だけがコミュニケーションではない。拳を交えることも、立派なコミュニケーションだ。二人は、二人ならではのやり方で、思いをぶつけることにしたのだ。











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