第七章:名医藪蚊女

第31話 大都督、姪君を泣かせる

 このところ、トルヴィアとクガの様子がおかしい。

 第22次文明遺跡発掘調査から半年がたっても、トルヴィアはクガの家に住み続けている。二人はあいも変わらず特訓で拳を交えているが、明らかに異変が見られたのは昨日の昼だ。


 昼飯の為にミヤマが食堂へ行くと、いつもなら一番乗りで食堂に来ているはずのクガの姿が見えなかった。書類の整理が込み入っているのかと様子を見に指令室に向かうと、クガはそこで弁当を食べていたのだ。


「これは大都督、弁当を持ってくるとは珍しいですな、ご自分でおつくりに?」

「ああ、これはトルヴィアが作ったんだ。あいつ、今日は珍しく早起きでな。休みでもないのに何をしてるんだろうと思ったら朝ご飯を作ってたんだ。そんなことは従者にやらせればいいのにって言ったら、”私が好きで作ってるんだからいいでしょ、”って言われてな、これはその余りものなんだ。”勝手に持っていって昼ごはんにでも食べれば”だそうだ。」


 だがその内容は、”余りもの”と言うにはとても整然と陳列されて、少々豪華すぎるし、――ミヤマには食堂の飯よりも美味そうに見えた――何より当のクガ本人がどこか嬉しそうに頬張っていた。


 たまにはこんなこともあるんだろうとその時はミヤマも気にしてはいなかったが、コクワにそれを離した時に、なんと彼も同じようなことがトルヴィアと話しているときにあったのだという。


 それはコクワが彼女と共に新しい虫よけ薬の選考をしていた時の事だった。全ての虫よけ薬の候補に目を通し、最終的な選考は昼を済ませてからにしようと、二人は切りのいい所で切り上げて昼食にしようとした。

 すると、トルヴィアは持ってきた雑嚢から小さな箱を大事そうに取り出すとそれをゆっくりと開いた。彼女はどうやら弁当を持ってきたらしかった。しかもなかなか豪華な品ぞろえである。


「姪君様、今日は弁当なのですか。うらやましいですな。ご自分でおつくりに?」

「いや、これはミツルが作ったのよ。ふふ、彼ったら珍しく早起きしたものだから何をしてるのか見に行ったら、朝ご飯を作ってたのよ。貴方が飯を作るなんて初めて見たわね、って言ったら”俺は早起きしたらいつもこうなんだ、欲しくたってやらないぞ”って言われたの。でも隣においてある子箱を指さして、”どうしても食いたいってんなら、そいつに余りものを詰めておいたから、それを食ってもいい”ですって。」


 しかしコクワは、その弁当の中身はあまりものにしてはかなり整っており、何より当のトルヴィア自身がどこか嬉しそうに口に運んでいたのが印象的だった、というのだ。


「おいおい、こりゃ一体どういうことだ・・・?」

「偶然にしては、出来過ぎてるよな・・・互いに弁当作るなんて。」

「この場合、余りものはむしろ朝ごはんの方だ、本当は二人とも互いの為に弁当を作ってたんだ。」


 二人は、大都督と姪君様は、上司と部下、師匠と弟子の関係ではなく、新たな関係になろうとしているのではないかと薄々感じていた。それを決定づけたのは、キクマル・マサルの二人の発言であった。


「あの二人に何か変なこと?・・・変なことと言えば・・・ああ、そう!最近罵り合いの内容がやけに家庭的になってきてるんですよ。」

「そうそう、この前なんか大都督が”この洗髪剤無駄遣い女!!”って言ったら姪君様が”髭剃り下手男!!”なんて言ってて、本当におかしかったよな。」

「それで、二人ともそれを言われて気にしてたのか、その日の夕方に全く同じ時間にドラッグストアで、大都督は徳用洗髪剤大容量詰替パックを、姪君様は敏感肌用髭剃りジェルを買おうとしたら、レジでばったり会ってお互いすごく気まずそうにしてたのがもう面白くって面白くって・・・」

「で、帰りの車では流石に言い過ぎたのか互いに謝るまでが一連の流れなんです。なんで一連の流れかって言うと、こういうことがあったのがもう一度や二度の話じゃないからなんです。だから僕たちも”ああ、また始まったな”ってな感じでもう特に気にしなくなったんですよ。」

「・・・」

「・・・」


 コクワとミヤマは確信した。二人はている。ひとつ屋根の下に住んで、互いに弁当を作ったり生理用品を買ってあげているなど、もうそういうことととしか考えられない。だが本当に無意識でやっている可能性も否定できなかった二人は、大都督に一つをかけてみることにした。

 クガが部屋に帰ってくる頃合いを見計らい、コクワとミヤマはわざと口論をはじめた。


「おまえ、失礼にもほどがあるぞ、大都督は勿論考えているに決まっているだろう!」

「いやいや、ああいうのは基本的に無頓着だって・・・」


 そこへクガが所要を終えて帰ってきた。


「どうした、二人とも。珍しく口論だなんて。」

「大都督聞いてくださいよ、この大たわけ者のコクワは、大都督は女っ気が無くて一生独身を貫きそうだなんてぬかしやがるんですよ。」

「でも、大都督に女っけなんて微塵も感じませんし、そう思うのも仕方ないでしょう?」

「はは、何だそんなことで言い争ってたのか。まあ確かに俺はそういうのには興味はないが、さりとて俺も名門クガ家の名を持つもの、いずれは身を固めるつもりだ。折を見て判断する。だが今はまだ早い。」

「それみろ、お前と違って大都督はきちんと将来をお考えだ。」


 言われてみれば、クガは今の今まで自分の将来について考えた事が無かった。大都督になってからは一介の将として国の為に尽くしてきた一方、家の事は全くと言っていいほどおろそかにしていたのも事実であった。そんな自分に、果たして喜んで嫁入りするものがいるのだろうか・・・勿論、養子とはいえ名のある貴族なので相手に困ることはないだろうが、出来ることなら、見知らぬものよりも、ある程度気心が知れたものと籍を入れたい。クガは想像を膨らませた。


 自分の伴侶にふさわしい人物とは、家で自分の帰りを待っている者よりも、自分と共に肩を並べて戦ってくれるものがいい。時々けんかをするだろうけれども、その日のうちに仲直りできる間柄でありたい。何よりも、どんな時でもまっすぐ前を向いていて、自分とともに笑い、ともに泣き、そしていつまでも互いに支え合っていける相手・・・そう、トルヴィアのような相手がいい。・・・ん?


 クガは、いつの間にか自分が想像していた理想の相手が、トルヴィアになっていたことに気づいて思わず赤面してしまった。二人はそれを見逃さなかった。


「大都督?どうしたんですか、そんなに赤面しちゃって?」

「な、何でもない!お前ら、無駄話はやめて仕事場に戻れっ!」

「へへへ~、大都督、もしかしていま、自分の伴侶にふさわしい人物像を想像していたでしょう?」

「な、そんなわけあるかっ!!」

「そしてその反応は・・・どうやら、理想の相手は割と身近に居たようですねぇ・・・その相手は・・・ズバリ、姪君様。」


 クガの顔はさらに真っ赤になった。彼は必死に違う、違う、と否定するが、もはや焼け石に水であった。二人はにやけながら大都督の肩をたたいた。


「大都督、貴方は軍事の才は抜きんでているが、”これ”に関してはどうやらのごようすで。」


 コクワが小指を立ててクガをいじった。


「恥ずかしがることはありません、大都督。みんなそうなんです。とりわけ貴殿は私らより年下なんですから、当たり前の事なんですよ。その経験を経て、みな、一人前の男として成長するんです。」


 ミヤマが先輩風を吹かせている。実は大都督はミヤマとコクワより5歳年下なのだ。


「お、お、お前ら、いい加減にしろ!!そうか、お前ら、俺をはめたな・・・」

「いえいえとんでもない、我々は、大都督に正直になってほしい一心で・・・」


 自分の秘めた気持ちをうっかり知られてしまった恥ずかしさと大都督たる自分が部下の姦計にひっかった悔しさがクガは自分のデスクを思いきりたたいて叫んだ。


「いいか、俺は・・・俺はトルヴィアの事なんか、ぜっっっったいに、好きじゃないんだからな!!あんな奴大っ嫌いだ!!」

「またまた~素直じゃないんだから。」

「いやよいやよも好きのうち・・・あ。」


 ぱらり、と書類を落す音がした。その音の方に気が付いた三人の顔が、一瞬で青ざめてしまった。みなしまった、と言う顔をしたがもう遅かった。


「・・・そう、だったの・・・」


 天はなんと意地悪いのだろう、よりにもよって大都督が絶叫した瞬間に、当のトルヴィア本人が大都督の指令室へと入ってきていたのだった。


「と、トルヴィア・・・」

「・・・ふん、別に、私だってあなたの事を好きじゃなかったわ。でも、貴方の心の叫びがきけて良かった。おかげで私も、ようやく踏ん切りがついた。お礼を言います、”大都督”。」

「ち、ちがう、違うんだ、トルヴィア、今のは・・・!」

「いいわ、もう。嫌いな女と一緒にいたくないでしょ?明日にでも人をやってあなたの家からすぐに引き払うわ。」

「違う!!トルヴィア、待ってくれ、話を・・・」

「もういいから!!・・・私だって・・・貴方の事なんか・・・貴方の事なんか・・・大っ嫌い・・・」


 トルヴィアは押し殺したような声でそうささやくと、目にいっぱいの涙をためて指令室を小走りで後にしたのだった。


 クガは放心し、がっくりと腰かけにうなだれた。コクワとミヤマは、針の筵に座るような思いであった。少し揶揄うつもりだったのが、まさかこんな結果になるなんて・・・


「大都督・・・自分たちは・・・けして、こんな結果を望んだわけじゃ・・・」

「大都督、申し訳、ございません・・・」

「・・・ミヤマ、コクワ。お願いだ。・・・下がってくれ。一人になりたい。」

「「・・・」」


 二人は、いたたまれない気持ちで指令室を後にしたのだった。





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