第30話 ローチェ、甲王国に出仕す

 大虫波。それは幾たびもカヴト王国を悩ませてきた変異虫の大移動を表す言葉である。


 それは一年に一回、必ず大雨の時期が明けた頃にやってくる。大昔はこれらは飛蝗や蝗などの虫が大雨を吸って栄養が満ちた大地からぽこじゃがと生まれ、その地の養分を喰らいつくした後にその大群が新たな餌場、もしくは繁殖の場を求めて大移動することをさしていた。その道中でも食料を喰らいつくしながら移動するので、旧文明時代にも運悪く移動経路にあった畑が全て食いつくされて重大な被害を何度か受けていた。人々はこれを蝗害としておそれており、科学がまだ発達していない頃はこれを凶兆と捉えるものも少なくなかったという。


 さらに、虫たちが変異虫となってからはこれらに加えてトコジラミの親戚にあたる変異虫、オニオカジラミが加わったことによって大虫波の危険度が増してしまった。飛蝗や蝗は畑の作物だけで勘弁してくれるからまだかわいいものだが――農業の従事者からすれば全く可愛くはないし、憎たらしいが――、オニオカジラミはなんと有機物なら何でも食べてしまう恐るべき生態を持っており、彼らの大群が通った後には文字通りぺんぺん草も生えないのだという。


 そのオニオカジラミによる大虫波が、今年も王国にやってきたのだ。例年より一か月も早く。カヴト国王は王都の城内都市全体に避虫電磁膜を張って厳戒態勢を敷いた。塀の外にある様々な農作物は、本当なら一か月後に来るはずの大虫波に合わせて収穫する予定だったが、この際あきらめるしかなかった。


「皆さん急いで!!オニオカジラミは人間の骨まで食いつくします!!絶対にシェルターの外に出ないでください!!」

「わしの畑が・・・わしが丹精込めてそだてたニンニク畑が・・・」

「じいさん!俺たちも貴重な作物を変異虫なんかに食わせてやるのは惜しいが、命あっての物種だよ!生きてりゃまたニンニク作れるよ!さあ、早く!!」

「ううう・・・」


 トルヴィアと共に出払っているクガの代わりに、副都督のコクワとミヤマが軍を司り、王国民の避難誘導を行っていた。そして、大方の避難誘導が終わった後に王国軍本部へと戻った。電磁膜の駆動装置はここにあるので虫たちの様子を見ながら稼働させなくてはならない。場外カメラの映像から映し出される、もうもうと土煙を上げて迫りくるオニオカジラミを、虫人達は恨めしそうに見つめていた。


 そこへカヴト国王がサナグを引き連れてやってきた。主戦力のクガ、トルヴィアが留守とのことで、少しでも戦力になればと、今日は彼も虫人の鎧を付けている。トルヴィアの鎧(メディン・カヴトの鎧)によく似ているが、その色は彼女のより黒々としており、角は三本生えていた。これは2代目カヴト国王、カフカス・カヴトがつけていたコーカサスオオカブトの遺伝子から作られた鎧であった。初代国王が失踪してしまったために、二代目国王の鎧を今日まで歴代の国王が受け継いでいるのだ。


「状況はどうなっている?」

「これは陛下。今しがた、国民の避難を完了させました。ですが、畑の農作物が・・・」

「一日二日の誤差ならまだしも、一か月も早く大虫波に来られたら、我々としても対処しようがありません・・・」

「むう・・・今年はみな例年より豊作で、不足がちだった食料がようやく足りると皆喜んでいた先にこれだ・・・」

「陛下、王国の食物庫を開けましょう。今年はそれで凌ぐしかありません。」

「ああ、そのことだが・・・」


 国王から告げられた事実を聞いて、コクワとミヤマは驚愕した。


「なんと・・・食物庫の備蓄が、ほぼ底をついたと・・・」

「然り。我らが王家の食糧庫も開いてようやく今年を乗り切れる量に届くか、届かないかだ。だからこそ今年に期待していたのだが・・・」


 この400年の間、王国のめぼしい農地と領土は皆変異虫に食い荒らされていったため、王都の食物庫が満杯になった試しはない。それでも歴代の王がどうにかやりくりして臣民に餓え死にだけはさせぬと努力して今まで食い繋いできたが、20代目国王の時点でついに今いるだけの国民の胃袋さえ満たせないくらいには既に先がないことが発覚してしまった。銀河連邦への移民を考え出したのは、丁度その頃からだった。


「せめて・・・移民が完了するまでは持たせたかったが・・・このままでは・・・!」

「陛下・・・私めも、胸が張り裂ける思いです。ついに天は、我々を見放したのでしょうか・・・」


 このまま、自分たちの食糧が食い荒らされるのをただ眺めているだけなのか。国王の仮面の下が、苦虫を噛み潰したような顔になっているのは容易に想像できた。だがオニオカジラミは先述の通り人間すらも食い散らかす雑食の変異虫、うかつに躍り出て貴重な戦力を失う訳にはいかなかった。つまり、今の彼らには、王都を電磁膜で覆うしか手段がなかった。


「くっ・・・」


 国王が己の無力感に憤り、コクワとミヤマ、サナグが重い表情で城外カメラの映像を諦観していると、それは突然画面に移りこんだ。


「・・・ん?あれは何だ?」

「オニオカジラミの向こうに・・・なにか、黒い物体が・・・」


 虫たちが起こしている土煙の向こうから、謎の黒い物体が追いかけるように近づいて別の土煙を立ち上らせている。その黒い物体が王都に近づくにつれて、とても四角い、角ばったようなものであることが分かってきた。


「・・・トラック・・・なのか?」

「まさか!今外出中のトラックには王都には近づくなと緊急信号を送ったばかりだぞ?」

「ああ・・・な。・・・だが、別の国のトラックなら・・・」

「別の国って、もうこの星にはこの国しかないし、いたとしても誰が・・・」

「いるはずだぞ・・・今、別の国に行ってる人物達が・・・帰ってくるなら丁度、今頃だ!!」

「・・・まさか、姪君様!?」

「なに!?」

「なんですと!?」


 ミヤマの言った通りだった。その黒いトレーラートラックは、敵の大群を巨大なタイヤで力強く踏み潰しながら悠々と追い抜くと、王都城下町の正門の前で大きく左に曲がってオニオカジラミ達と向かい合った。


「変形!!」


 高らかな叫び声を発して、トラックは見る見るうちにその形を変えて、巨大な人型のロボットとなって変異虫の前に立ちふさがったのであった。


「あ、あれは何だ!!あの巨人は・・・!!」

「陛下、中に誰か乗り込んでいます!」


 ミヤマは疑似網膜でロボットの操縦席となったトラックの運転台を簡易走査し、その操縦者がトルヴィアとクガであることを突き止めた。


「陛下、あれを動かしているのは姪君様と大都督です!!天はまだ我々を見捨ててはいませんでした!!」


 サナグとカヴト王の顔が驚きから歓喜の表情へと変わった。


 ・・・


「ふう、間に合った!!」

「いてて・・・なんて荒い運転なんだ!!本当に免許持ってんのか!?」

「だから言ったじゃない、少し道交法を違反するからつかまってて、って。」

「二人とも!!悠長に喧嘩しておる場合か!!虫共が来るぞ!!」


 ローチェは、操縦者がいなくても戦える自立型戦闘兵器だが、武装トラックから変形する都合上有人操縦も可能な構造になっていた。運転席のトルヴィアはハンドルと、アクセル、ブレーキ、を操作してローチェの動きを、助手席のクガはシフトレバーと照準レチクル、そしてトリガーを操作して装備されている火器全般を操作する。


「ミツル、いくわよ!機銃掃射!」

「よしきた!!」


 ローチェの脚から機関銃の方針がにゅっ、と出て、敵を掃射していく。攻撃に気づいたオニオカジラミは王都への進撃をやめて、ローチェに向かって一斉に走り始めた。


「かかった!!”あれ”を確実に当てるためになるべく一カ所に集めるのよ!!」

「ローチェ、ワム粒子は今どれくらい集まっている!?」

「今、ようやく10%たまったところじゃ、まだまだかかるぞ!」

「あとどれくらいだ!?」

「ううむ、2時間は覚悟せんとのう・・・」

「そんなにまてないわよ!!」


 こちらめがけて一斉に向かってくる敵を、トルヴィア操るローチェは潰し、蹴飛ばし、吹き飛ばし、ちぎっては投げ、ちぎっては投げ・・・だが敵の数は一向に減らなかった。やはり、一カ所に集めて”あれ”をぶっ放すしかないのだろうか・・・


「ローチェ、流石にそろそろたまったでしょ?」

「ようやく20%じゃ・・・」

「駄目だ、これ以上はエネルギーがもたない!」

「くっ・・・仕方ないわ、発射シーケンスに入るわ!ローチェ、いくよ!」

「よかろう、そうらっ!!」


 ローチェは電気を帯びた頭の触覚を振り回して周りの敵どもをなぎ倒し、大地を蹴って空高く飛び上がった。そしてローチェは両手の指を二本だけ立て、それを額の砲身に添えると、それまでため込まれていたワム粒子が一気に解放されて、一筋の赤光の柱となって発射された。これが”あれ”の正体、ローチェのとっておきの必殺技、ブラットディア・レーザーである。


「おお!!」

「なんと・・・!!」


 国王含め、本部の皆が城外カメラの映像にくぎ付けになっていた。天から降りた光の柱は周りにいたオニオカジラミを焼き尽くすにとどまらず、その地面も大きくえぐり取った後でようやく収まった。すべてが炎と消えた後で、その上にゆっくりと降り立ったローチェの操縦席から、トルヴィアとクガが這い出してきた。二人とも少し驚いている様子だった。



「本当にこれで20%の威力なの?銀河連邦の重光線装置よりも凄いの出てたわよ・・・。」

「もし・・・これで100%の威力でぶっぱなしてたら・・・王国はおろか、この星がやばかったんじゃ・・・」


 すると、ローチェは肩に乗っている二人にとても申し訳なさそうな声で


「すまんのう、わらわはこの技を一度も使ったことがなくての、真の威力や用途を知らなかったのじゃ。そして使ってみてようやく思い出した。これは万が一わらわが星間戦争に駆り出された場合に使う星間攻撃用の破壊光線じゃ。もし100%で開放していたらこの星は今ごろ木っ端微塵じゃったの。」


 と言った。それを聞いた二人は血の気が引いた。一歩間違えれば変異虫もろとも惑星を消し飛ばしてしまったかもしれなかったのだ。


「ローチェ、そういう事は先に言え!!」

「そうよ!!危くみんな滅びるところだったじゃないの!!」

「いやあ、すまんの。わらわとしたことが、うっかりしていた。」


 ローチェは頭を右手でこつんとたたき、片目だけ消灯するしぐさをした。”てへぺろ”のつもりなのだろうか・・・?


「トルヴィア!!」

「「大都督、姪君様!!」」

「お嬢様!!」


 二人の元へ国王、サナグ、ミヤマ、コクワが駆け寄ってきた。


「叔父上様!変身してたのね!」

「トルヴィア、大都督、素晴らしい活躍であったぞ。して、このでかぶつは何なのだ?」

「陛下、これはでかぶつなどではございません。姪君様がフリコ市跡にて見つけてまいりました、自立思考型の戦闘兵器、ローチェにございます。」

「ろー・・・ちぇ?」


 すると、ローチェは肩に乗っていた二人を降ろし、国王の方に向かって姿勢を正し、拝礼した。


「お初にお目にかかります。フリコのローチェ、甲王に拝謁いたします。陛下の下へお取立て願うべく姪君様、大都督と共に故郷より参上仕りました。」

「なんと・・・そなた、自分で動けるし、喋れるのだな・・・よろしい、面を上げよ。ローチェ殿。」

「感謝申し上げます。」


 ローチェはゆっくりと頭をもたげ、再び立ち上がった。


「ローチェよ、そなたが来てくれたおかげで我が王国は救われた。そなたが来るのがもう少し遅ければわれらは飢え死にするところであった。来訪早々手柄を立てるとはまことあっぱれなり。余は国民に代わって、そなたに感謝申し上げる。」

「例など要りませぬ、わが君。臣下として当然のことをしたまでです。」

「うむ。我らは本部の中からすべて見ていた。そなたの機動力、攻撃力はわが虫人達にとって大きな助けとなるであろう。これからもその意気で、わが王国の為に尽くすのだぞ。」

「ということは、叔父上様、ローチェを王国に・・・?」

「当然だ。余はローチェを歓迎いたそう。」

「ご厚恩、感謝申し上げます!」


 ローチェは再び深々と頭を下げた。


「それで・・・その、ローチェよ。少しばかり、余の願いを聞いてくれぬだろうか。」

「はい、なんなりと。」

「その・・・もう一度、やってくれぬだろうか。”合体”を・・・出来れば最初から・・・」

「合体・・・ですか?いいですけど・・・」


 ローチェは困惑しながらも一旦トレーラートラックとGの姿に戻り、王の目の前で改めて変形し直した。一部始終を間近でみた国王、サナグ、コクワ、ミヤマはものすごく興奮していた。


「ああ、いくつになっても”合体”はいいものだな、サナグよ・・・」

「陛下も私も、何ならこの国の男どもはみな一度は”合体”する兵器を夢見るものです。それがまさか実現するとは・・・私、久方ぶりに童心に帰りました。」

「な、なあ、ローチェ、今度は俺を操縦席に乗せてくれよ!操縦席視点で”合体”を見てみたいんだ。」

「あー!ずるいぞコクワ、抜け駆けは許さないぞ!!」


 ”合体”に大はしゃぎする男たちを見てトルヴィアは呆れてため息をついた。


「はあ、どうしてそんなことで盛り上がれるのかしら・・・ただ変形、合体してるだけなのに。」

「わからないか、トルヴィア。お前がジロウケイが好きなように、俺たち男はみな、”合体”が好きなんだ。」

「・・・なるほど。」


 クガの言葉に理解か呆れか、そのどちらともつかない表情で、トルヴィアは男たちの容貌をきいてしきりに合体を繰り返すローチェをずっと眺めているのであった。


 ・・・


 全てが終わった、夜。光の柱を受けたオニオカジラミは殆どが消し飛び、辛くも生き残った者もほどなくして息絶えてしまったかに思えたが、その死骸の中でもぞもぞとうごめく物体があった。暗い夜でもよく目立つその真っ赤な目を光らせて、オニオカジラミの死骸を淡々と食している。変異虫の死骸を変異虫が食べるというのはよくある事ではあるが、今死骸を食っている者たちの姿は少し変だった。その姿は虫と言うより、人間に近い姿をしていたのだ。だが、人間は変異虫を食すことは出来ないし、そもそもこんなに充血したように真っ赤な眼をしてはいない。


 謎の人間擬きは口から突き出た鋭い二本の牙をうごかしてオニオカジラミの死骸を平らげた。そして、堅牢なカヴト王国をじっと見つめると、お互いに顔を見合わせて言葉を発した。


「奴らはフリコの兵器を手に入れた。」

「いけない。いけない。」

「このままでは人間が生き残ってしまう。」

「手を打とう。手を打とう。」

「ロアリィ様にご報告だ。」

「そうしよう。そうしよう。」


 そして、謎の人間擬きたちは、五本指のついた手で地面を掘り上げて、土の中へと潜っていったのだった・・・

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