最終章:王国再興
第45話 10年後・・・
あれから10年が過ぎた。クガ・ミツルは辛くも生きていた。生き残ってしまった。
あのあと、コクワとミヤマがキクマルとローチェの必死の嘆願を受け、虫人全員を総動員して、生き埋めにされたクガとトルヴィアを必死で探し当てたが、見つかったのはクガだけであった。頭から血を流していたため、看護長の緊急手当とミヤマ、コクワが必死にエネルギーを送り続けてようやく彼は意識を取り戻した。
彼は意識を取り戻した後真っ先にトルヴィアの安否を聞いた。だが、みなはなぜか口をつぐんで、それを言いたがらなかった。自分を見つけているはずなら彼女も見つけているはずだとクガは何度も詰め寄った。そしてついに、コクワが折れてトルヴィアがいる場所を指さしたが、彼は見るのはやめた方がいい、つらくなるだけだとクガに告げた。それでもクガはトルヴィアの安否を知りたかった。コクワが指さした、青いビニールシートをめくってみると、そこにあったのは、彼女の腕であった。腕だけだったのだ。
そのきめ細やかで触り心地の良い腕は、トルヴィア・カヴトの腕で間違いはなかった。虫人たちは残りの部分も必死に捜索したが、どうやら逃げた人虫たちが行きがけの駄賃として持って行ったらしく、運よく培養塔の残骸に守られて無事だった腕だけしか残らなかったのだ。クガは、うつろな目で、残った腕を抱いて、つよく、つよく抱いて、天に向かって彼女の名を叫んだ。
「うそだ・・・うそだ・・・そんな・・・なんで、なんでだよ・・・なんでみんな・・・俺を一人にしちまうんだよ・・・一緒に行こうって・・・言ったじゃねえかよ・・・トルヴィア・・・トルヴィアああああ!!」
彼は人前で涙を見せることはなかったが、今初めて、彼は人目も気にせずに泣いた。それは皆同じだった。自ら虫人たちとともに残ることを決意し、そして白蟻王ロアリィを倒し国を救った女傑、トルヴィア・カヴト姪君の死に泣かないものはここにはいない。虫人たちは、クガの泣き叫ぶ姿を見て抑えていた感情がどっと沸きだし、嘆き、悲しみ、嗚咽した。
それから10年。虫人たちは、王国の再建を進める傍ら、コロニー爆発を生き延びた人虫の残党狩りを行っていた。白蟻王のテレパシーがなくなったことで、変異虫たちは人間に対する敵意を喪失し、こちらから手を出さない限りめったに襲ってこなくなった。そのため虫人たちも、変異虫を直ちに排除すべき存在ではないと判断し、互いに不可侵の状態を維持することにした。目下の課題は、人虫の残党である。
だが、クガはまだトルヴィアがいなくなったことに区切りをつけられずに、この10年間を悲しみに暮れて過ごした。人前では気丈にふるまってはいるが、彼の心には大きな穴が開いており、それは誰にも埋めることはできない。涙も何度流したかわからなくなった。何のために生きているのか、なぜ自分だけが生き残ってしまったのか、ずっとずっと自分を責め続けていた。二人の副都督は、そんな彼の悲しみを一身に受けてきたが、ある日、とうとう我慢の限界がやってきた。
「いいかげんにしろ!!クガ・ミツル!!」
そんなクガに喝を入れたのは、誰でもない、副都督のコクワであった。突然クガの右の頬に拳を飛ばしたコクワにミヤマは慌てて静止した。
「コクワ!!おまえ、何をするんだ!!」
「とめてくれるな、ミヤマ!!お前、いったいあれから何年たったと思ってるんだ。10年だぞ、10年!そりゃあ俺たちだって悲しかったさ。でもな、大切な人を失って悲しい思いをしたのは、あんただけじゃないんだ!!俺たちは、それを必死に必死に
こらえて、区切りをつけて、割り切って、ようやく前を向き始めたっていうのに!!おまえってやつは!!この国で一番前を向いてなきゃならないお前が10年間もふさぎ込んでたら、せっかく姪君様が命を捨ててまでお前と虫人と、この国を守ったのに、お前がいまだにふさぎ込んでたら、姪君様の努力が無駄になっちまうだろうが!!」
コクワは襟をつかんでクガにまくしたてた。このままだともう一発殴りそうな勢いだったので、ミヤマはそれを必死に防ぎ、どうにかコクワをクガから引き離した。
「もうよせコクワ!!何も殴ることはないだろう!!」
「ミヤマ、お前だって同じ想いのはずだ、大都督がずっとふさぎ込んだままじゃあ、王国は真の意味で立ち直れねえ、そんな大都督の根性を叩き直す役目を、俺たちがやらないでだれがやるっていうんだ!!」
「そうやって無理やり矯正しようとして、余計にひどい状態になることがあることを知らないのか!?愛の鞭なんて全くの幻想だ、もし大都督が余計にふさぎ込んでしまったら、どうするつもりだ!?」
「そ、それは・・・」
コクワはミヤマに叱責されてようやく自分が冷静さを欠いた行いをしたことを認識した。そしてコクワはクガに謝罪した。
「大都督、出過ぎた真似をいたしました、申し訳ございません・・・。」
「・・・いや、いいんだ。お前は悪くない。あれからずっと、立ち直れない俺が悪いんだ・・・」
「大都督・・・」
「俺だって早く心の区切りをつけたいと思ってはいる、だけど・・・だけど、どうしても、トルヴィアのことを思い出すと・・・涙が・・・止まらなくて・・・」
彼の感情は今、悲しみで支配されている。その悲しみはトルヴィアを失ったことから発生している。すなわち今、彼の心の中にはトルヴィアが、彼女がまだ生きて居座っているのだ。ここで悲しみの感情を捨ててしまえば、彼女は今度こそ本当に死んでしまう。クガはそれが嫌だった。大切な人を失うことのつらさは、兄ミチオを亡くした時に痛いほど理解させられた。それを二度も経験しなければならないのは、彼にとってはとても耐えられないことだった。しかし、コクワとミヤマに迷惑をかけてばかりではいられないのもまた事実だった。自分は大都督だ。そして次代の王位継承者なのだ。そんな自分が、10年もふさぎ込んでいてはだめなのだ。だめなのだ・・・・
「ごめんなさい・・・ダメな人間でごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい・・・ううう・・・」
大都督としての責任と、クガ自身の個人的な感情に押しつぶされて、彼の精神は限界であった。彼は泣きじゃくりながらコクワとミヤマに縋り付いて謝った。二人はもう彼を責めることはできなかった。
「大都督、今日はもう休みましょう。ぐっすり眠れば少しは気も晴れます。」
「大丈夫、ゆっくり、ゆっくりでいいですからね。後のことは俺たちに任せてください。」
二人がクガを介抱して、彼の部屋ベッドに寝かせるために連れて行こうとしたとき、突然執務室のドアがバタンと開いて、キクマルが慌てふためいた様子で滑り込んできた。
「大都督!!副都督!!緊急の報告です!!・・・って、あれ?・・・お取込み中でしたか?」
「ああ、いいや、かまわないぞ。続けてくれ。」
「先ほど、人虫残党討伐隊が兵舎へ戻ったのですが、その道中で謎の人影を見たといっているんです!」
「人虫じゃないのか?」
「それが、腕は二本しかなかったようなんです。ただ一つ気になるのが、みな口をそろえて、頭の付近に大きな一本角が生えていて、まるでカブトムシのようなシルエットだったといってるんです。その人影におーい、って声をかけると、まるで煙のように消えてしまうんだそうで・・・」
すると、今までコクワとミヤマに寄りかかってぐずっていたクガが血相を変えてキクマルに駆け寄った。
「キクマル!!その場所はどこだ、その話は本当か!?嘘じゃないだろうな!?」
「嘘も何も、みな見ております・・・!しかも、それが目撃されたエリアは必ずと言っていいほどワム粒子濃度が濃いから、疑似網膜の記録ですぐわかります。」
「・・・よし、行ってみよう!!」
クガは先ほどの悲哀ぶりが嘘のように立ち直った。彼はコートを羽織り、背筋をピン、として詳細な場所も聞かずに出ようとしている。
「大都督、お待ちください!!まだこれはあくまでも見た人が多いってだけで、本当にあったかどうかは・・・!」
「うるさい!誰が何と言おうとも俺は行く。カブトムシのような人型なんて・・・どう考えても、あいつしかいないだろう?」
「大都督、お忘れになったのですか・・・姪君様は・・・もう・・・」
そんなことは百も承知である。だが、今のクガに活力を与えるには、それで十分だった。いや、もしかしたら自分はこれを待ち望んでいたのかもしれない。それがたとえ嘘であってもいい。一瞬だけでも、彼女が生きている可能性があるのなら、自分はそれにかけてみたい。クガはそう思っていた。それに、彼は、その情報に何か直感的なものを感じていた。どうにも全くのでたらめとは思えなかったのだ。
考えるよりも先に体が動き、いつの間にか変身していたクガはその人影が確認された地点に到着していた。あとからキクマル、ミヤマ、コクワもついてくる。そこは王宮から遠く離れた森林であった。樹木が日光を遮るほど生い茂るこの地で、なるほど確かに、疑似網膜にはワム粒子の濃度の高さに警戒せよとの表示が出ている。
「・・・?」
クガはワム粒子の流れをよく観察してみると、今この場所に満たされているワム粒子はこの場所で発生したものではないことが分かった。さらに、おそらくその発生源へと続くであろうワム粒子の川が、森の奥深くまで続いている。
クガたちはその流れをたどり、森の奥深くまで足を進めた。やがて、一行は森の中で大きな口をぽっかりと開けている洞窟の前までやってきた。ワム粒子はそこから流れ出ている。おそらく発生源はこの中にあるとみて間違いない。そしてその発生源こそが、トルヴィア・・・なのだろうか?そうとは断定できないが、ここまで来た以上正体を確かめねばならない。
「コクワ、ミヤマ、キクマルは外で待機していろ。この中には俺一人で行く。」
「大都督!危険です!!何があるかわかりませんよ!!」
「もしかしたら、俺たちを誘い出すために人虫どもが仕掛けた罠かも・・・」
「副都督、人虫たちは司令塔である白蟻王がいなくなってから自分たちの飯にも困ってる連中です、あいつらにそんな頭があるとは到底思えません・・・」
みな彼を心配していたが、クガの決心は堅かった。
「とにかく、行ってみる。一応、俺の疑似網膜にアラートを設定しておく。何かあったらその時はお前たちも中に入れ。」
そういうと、クガは単身洞窟の中へと入っていった。入口から少し進み、視界が真っ暗になっても、クガは暗視モードに切り替えて奥へと進んだ。しばらくすると、奥の方からぼんやりと薄緑色の光が漏れている。ワム粒子の濃度も一段と高くなった。クガはある程度光が届く地点から肉眼に切り替えて、さらに洞窟の奥へと進んでいった。
やがて、クガはかなり開けた空間にたどり着いた。先ほどクガが通ってきた道以外にはほかに人が通れそうな大きさの穴はない。どうやらここが洞窟の終点らしかった。そしてその奥の岩肌に、薄緑色の光を放つ繭のようなものがめり込んでいた。どうやらワム粒子もここから発生しているらしい。
クガはもっとよく見てみようとその繭に近づくと、突然、背後に気配を感じて、ばっと後ろを振り向いた。だが、そこにいたのは人ではなく、平べったい5角形の板に足が生えたような、虫のような何かだった。しかしクガはその五角系の板に見覚えがあった。忘れることがあろうものか、あの板に刻まれているのは、カヴト家の紋章なのだ。まさかと思い疑似網膜で簡易走査を行う。表示された文字は・・・「コード(トルヴィア・カヴト)」だった。
「まさか・・・そんな・・・!?」
間違いない。あれはまさしくトルヴィアのコードであった。だがなぜコードが一人でかさかさと動いているのか。コードにはそのような機能はないはずだが・・・クガが不思議がっていると、そのコードはクガに数歩近づくと、六本の足をくい、と弾ませて宙に飛びあがった。そして、空中で背中のカヴト家レリーフをクガに向けて静止すると、レリーフの内側から折りたたまれたものを広げるようにして、人型が形成されていく。頭頂部に大きな角を作り上げた時点で、その人型はついに、トルヴィア・カヴトの鎧への変形を終え、ふわり、と地面に下り立った。
クガが恐る恐る鎧に近づいて、話しかける。
「・・・トルヴィア・・・なのか・・・?」
鎧は首を横に振った。そして、トルヴィアとは全く似ても似つかない、男の声で、クガの問いに応えた。
「・・・彼女は、僕と完全に分離した。今彼女はジュスヘル・コードを用いた肉体再生プロセスの最中にいる。」
「僕・・・?トルヴィアじゃないなら・・・お前は、いったい・・・誰なんだ・・・?」
「・・・僕は・・・この鎧を、最初に着けたものだ。」
そう告げると、鎧は仮面に手をかけて、ゆっくりとその素顔を現した。体がおそらく粒子で形成されているためか、うすぼんやりとした緑色の顔であった。しかしその目つきは、どこかトルヴィアの面影があるように思えた。その素顔を見て、クガの表情は見る見るうちに驚きに包まれていった。その顔は、カヴト王国に生まれたものならだれもが一度は目にしており、王国の中で知らない者はいない顔であった。
「・・・まさか・・・あんたは・・・いや、貴方様は・・・!!」
クガの目の前にトルヴィアの鎧を付けて現れた男は、カヴト王国の初代国王にして、最初の虫人、高祖メディン・カヴトその人であった。
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