第46話 クガとメディン
メディン・カヴト。思えばトルヴィアの鎧は、もともとは彼の鎧であった。だが、彼は今よりだいぶ昔に”虫下し”の技術を残して失踪していた。たとえ生きていたとしてももう400年も前のことなので、とっくに朽ちているはずだったが・・・クガは一度にたくさんのことが起きて、何から尋ねたらいいかわからなかった。
「どうして・・・どうしてあなたが、ここへ・・・?」
「我が戦友、クガ・ミツル。君は次の王になる男だ。君だけに、僕と彼女に関するすべての秘密を教えよう。」
メディンはクガに手を伸ばし、クガのうなじにある有線接続端子に手を触れて、自分の記憶を共有した。
・・・
虫人になってからしばらくして、僕の体内にワム粒子が蓄積した結果、僕の頭の中に
王国の記録では僕は失踪したと記録されているが、それはあくまでも表向きの理由だ。僕は後世の歴史書にそう書き記せと、息子のカフカスに言いつけたんだ。そして僕は、僕自身の暴走を止めるために、技術者たちを集めて、コードの中にある人格一時保存領域に肉体から切り離した僕の人格を移したうえで、僕のコードの形をレリーフに改造し、カヴト家の長男に受け継がせた。さっき君に見せた移動形態はもしもの時のために技術者に作らせたものだ。そして僕は、長い間、王国を、カヴト家をレリーフから見守ってきたんだ。
そんな僕が、なぜトルヴィア・カヴトを虫人にしたのか?それは彼女を救うためでもあったんだ。彼女はジロウケイが好きだろう?あれを食べると通常の倍、ワム粒子を摂取することになる。それをほぼ毎週のように食べていた彼女も、体内に大量のワム粒子を蓄積させて、ロアリィのテレパシーを知らず知らずのうちに受信するようになっていた。彼女は毎晩苦しそうにしていた。まるで悪夢を見るように。これで僕はようやく悟ったんだ。虫人が暴走する原因は、虫人のシステムにはない、このワム粒子にあると。
彼女を救うためには、彼女を虫人にして、身体全体のワム粒子の許容値をあげるしか、よい方法を思いつけなかった。その結果、彼女にはとてもつらい思いをさせる羽目になった。彼女を虫人にさえしなければ、少なくとも家族とも別れることも、自分の身体も粉々になることもなかったろうに・・・だから僕はせめてもの罪滅ぼしとして、彼女を陰ながら助けたんだ。疑似網膜を経由して、彼女の戦闘を補助したり、彼女が戦闘で蓄積させたワム粒子を僕が代わりに消費して暴走するのを抑えてたりしたんだ。なぜかそのワム粒子はいつだったか月に行ったときにすべて消えてしまったけれど。
もとはといえばみな僕のせいなんだ、僕のせいで彼女はつらい思いをした。そのために彼女が死んでしまうのは、あまりにも救いがなさ過ぎて・・・だからぼくは、あの爆発の時、彼女の人格をギリギリのところで人格一時保存領域に収容し、ロアリィに解析されるふりをして逆に読み込んだ、ジュスヘル・コードを使って彼女をよみがえらせることにしたんだ。
・・・
メディンは自らの記憶をすべてクガに見せ終わると、力なくよろめいた。クガは慌てて彼を支えた。
「高祖様、どうなされました、高祖様!!」
「ああ・・・彼女の肉体再生に、かなりのエネルギーを使ってしまった・・・だけど、彼女はまだ頭と胴体しか出来上がっていないのに・・・」
「大丈夫です、高祖様、あとは我々に任せてください!我々もすでにジュスヘル・コードの技術を確立して、何人か生き返らせております!頭と胴体があれば、すぐにでも再生できます!!」
「我が戦友よ、本当に済まない・・・何もできないくせに迷惑ばかりかけて、僕はとても恥ずかしい・・・」
「いいえ、高祖様はトルヴィアとともに戦い、ともに王国を守り抜きました。そして今も彼女をよみがえらせんと力を尽くしているではありませんか!!私は、高祖様や姪君と肩を並べて戦えたことをうれしく思います!みな、貴方とトルヴィアのおかげなのです!感謝してもしきれません・・・!高祖様はやはり我が王国の英雄です。」
「戦友・・・君の言葉、僕はとてもうれしく思うよ・・・ありがとう・・・」
メディンが弱弱しく伸ばした鎧籠手を、クガは両手で、しっかりと握った。すると、メディンの鎧が光の粒子になってほろほろとその形を崩していった。
「高祖様!?」
「うん、どうやら、僕はここまでらしい。僕が消える前に、君にこの場所を見つけてもらえてよかった・・・」
メディンはうっすらと涙を流し、最後の力を振り絞ってクガに告げた。
「カヴト王家の代表として、君に・・・君にこの王国と、彼女を託したい。そしてもう二度と・・・変異虫のような間違いを犯さないように、国を治めてほしい・・・やってくれるかい?」
「もちろんです。高祖様。貴方様や先王の遺志を継ぎ、二度と過ちを犯さぬように、この王国を、民を治めます。そして・・・トルヴィアを絶対に、幸せにします!!」
クガはメディンの前で高らかに宣言した。それを見て、メディンは安心した表情を浮かべ、感謝の意を伝えると、ついに彼は息絶えて、光の粒子になって消滅したのだった。
「ありがとう。クガ・ミツル大都督・・・ありがとう・・・」
クガの手元にはコードだけが残った。そしてクガはコードを握りしめて、壁にめり込んだ繭にそれを取り付けた。すると、コードは繭の中にするりと入り込み、ぶるぶると震えた後、ぱき、ぱきと音を立てて割れ始めた。隙間からはまばゆい光が走っている。やがて、繭に入った亀裂がすべてつながると、繭はぱっくり問われて、どろりとした液体とともに頭と胴体のみが再生したトルヴィアを吐き出した。
彼はトルヴィアを抱き寄せて彼女の名を呼んだ。
「トルヴィア、トルヴィア!」
しばらく呼びかけ続けると、トルヴィアはごぼ、ごぼと呼吸器の中に入りこんだ液体を勢いよく吐き出した。そして、しばらく呼吸を繰り返した後に、ゆっくりと瞼をあげて、その鮮やかな赤色の瞳にクガの姿を映した。
「・・・ミ、ミツル・・・?」
「トルヴィア・・・トルヴィア!!」
クガは感極まってトルヴィアに覆いかぶさるようにして抱き着いた。
「この大馬鹿野郎!!・・・10年間・・・待ってたんだぞ・・・!!おまえがいない間・・・俺は・・・俺は・・・ずっと、一人で・・・お前がいなくなったことを受け入れられなくて・・・ううう・・・」
「ミツル・・・」
そしてクガは泣いた。子供のようにわんわん泣いた。悲しみではなく、喜びの感情で泣いたのはいったいいつぶりだろうか。10年間押し殺してきた感情が、いま、熱いものとなってこみあげて目からあふれ、頬を伝う。それを見てトルヴィアも、いつしか涙を流していた。
「ミツル・・・本当にごめんなさい・・・あなたの涙をぬぐってあげたいけど、今の私には腕がないわ・・・。」
「腕がなんだ!!脚がなんだ!!俺がお前の腕になってやる!!俺がお前の脚になってやる!!だから・・・だから・・・もう俺を、一人にしないでくれ・・・!!」
クガは自分を抱けないトルヴィアの代わりに、彼女を強く強く抱きしめた。しばらく洞窟の中で、二人は泣き続けた。それを疑似網膜経由で見ていた外の三人も号泣した。涙は日が暮れるまで止まることはなかった。
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