第47話 光陰矢の如し
「ん・・・んん・・・」
トルヴィアが生還してから一か月後の吉日。今日は二人の婚姻の儀と、クガの即位式が同時に行われる日だ。だがそれまでにトルヴィアの四肢再生が間に合わなかったので、今日彼女には特別に外骨格接続式動作補助義肢を付けて式に臨む。そのためにはいったん彼女を裸に近い状態にしなければならないため、王宮の女官たちに機械との接続を手伝ってもらっていた。これを着るのは動作テストを含めれば5回目である。
「姪君様、これより固定ベルトを締めて外骨格との接続を行います。もし異常があればすぐに知らせてくださいね。」
「わかったわ。・・・んん・・・」
彼女の背格好に合わせて作られた、義肢機械の動作に使われるプログラムがすべて詰まっている背部駆動盤にトルヴィアを寝かせ、腹部固定具がコルセットのごとくトルヴィアの”少し膨らみを帯びた”腹部をきつすぎず、されど緩すぎずに固定した。うなじの接続端子に機械から延びる神経線を接続し、疑似網膜に「接続完了:正常」と文字が出たことを確認する。そして今度は臀部の固定具兼排泄パックを装着するのだが・・・
「んん・・・んっ!・・・ねえ、これどうにかならないの?恥ずかしくて死にそうよ・・・」
「姪君様、ご辛抱ください。それとも式中ずっと”おむつ”を履いて、それで用を足し、そのまま一日中過ごすのがいいですか?」
「う・・・それは、もっと嫌・・・」
「でしたら、観念して排泄パックの
この義肢機械は宇宙服の技術が使われているため、とても頑丈なのが売りなのだが、その分一度付けたら取り外すのにはかなり時間と手間がかかるため、よっぽどのことがない限りは脱がない方がよいとされている。トイレ程度で外すのはもってのほかだ。そのため、これを着る者は必ず、排泄パックかおむつを履かなければならないのだ。
だが、いくら何でもこの晴れの舞台でおむつのまま式に出るのは生理的に無理だったので、彼女は排泄パックを選択した。だがこれもかなりの曲者。なんとこの排泄パックの排泄誘導線は、手間を省くために自ら排泄物の出てくる”穴”を探して入り込むようにできているのだ。それが体の中に入り込んでくる感覚は、トルヴィアにとってはとてもとても名状しがたい感覚だった。なのでこれを取り付けるときは、必ず女官に頼む。すべての男性はこの場には立ち合いは厳禁である。当然、生涯の伴侶となるクガでさえも。
「んんっ・・・んん・・・何度やってもこればっかりは慣れないわ・・・」
「嫌がっているところ申し訳ないのですが姪君様、少なくとも手が両方生えてくるまで、公の場ではずっとこれを付けてもらいます。」
「ああ、早く腕と足が生えてこないかしら・・・」
トルヴィアがむくれていると、外骨格のスピーカーから声が聞こえてきた。
「トルヴィア、そうむくれるな。これは大都督が技術者たちに無理を承知で拝み倒して、どうにか今日この日に間に合うように設計させた、努力の賜物じゃぞ。」
「わかってるわよ、ローチェ。でも、貴方だっていやとは思わない?私の・・・その、排泄物を受け取って処理するのは、この義肢機械の制御AIであるあなたなのよ?」
「別になんとも思わん。そもそもわらわはゴキブリの生まれじゃぞ?糞と小便なぞ比べ物にならないくらい不衛生なところでも暮らせる虫じゃ。これくらいで音を上げてたらゴキブリの風上にも置けぬわ。・・・それに。」
「それに?」
「もともと戦争の道具として作られた存在のわらわが、ようやく争いから無関係なものに生まれ変わって、わらわはむしろ嬉しいのじゃ。戦争以外にもわらわが役に立てることがどれだけ素晴らしいことか・・・じゃからトルヴィア、遠慮なく排泄してよいぞ。」
「あ・・・ありがとう・・・ローチェ。」
寛大すぎるローチェにトルヴィアは困惑気味に感謝した。そうするうちに、トルヴィアの義肢装着と、ドレスの着付けが完了した。
「さあ、姪君様。大都督がお待ちです。すぐに行きましょう。」
「ええ。いくわよ。ローチェ。」
「うむ。」
トルヴィアは、王宮の専用更衣室を出て、クガの待つ玉座の間の入口へと向かった。
・・・
白蟻王との決戦から10年と一か月。その戦いで命を落としたと思われた姪君、トルヴィア・カヴトは奇跡的に生還した。そして、大都督であり自らの夫であるクガを、自らの王位継承権を禅譲するという形をとって新甲王国の国王として即位させた。甲王国の歴史上、婿養子が王になるのは3例目であったが、それを快く思わないものはこの王宮には一人もいなかった。副都督であるミヤマ、コクワ。そしてキクマルと、ジュスヘル・コードを用いて肉体を再生させたマサル。そして戦いを生き延びた虫人たちが、二人と新しい王国の門出を心から祝ったのだった。
第26代カヴト王国国王の座に就いたクガは、大都督から名乗りを
「私は・・・余は、この玉璽と王の名に賭けて誓おう。この星で、二度と人の道を誤らず、二度といたずらに虫の命を弄ばず、ただ天下を治め、邦を安んずることを。」
そしてクガは、寄り添っていたトルヴィアをぐい、と抱き寄せると、人々の目の前で熱い口づけを交わしたのだった。みな国王と王妃の仲睦まじい様に、王国の輝かしい未来を見たのだった。
「もう、ミツルったら、窒息するかと思ったじゃない!」
「ははは、悪い悪い、今のトルヴィアの姿は、いつになくきれいだったから、つい。」
「まあ、私もうれしいからいいけど。」
「ふふ・・・トルヴィア。俺たちとこの国は、大きな犠牲を出しながら、今ようやく平和を勝ち取って新しい一歩を踏み出した。高祖メディン・カヴトや思いを託して去っていった者たちのためにも、俺とお前で、頑張っていかなくちゃな。これからも、よろしく頼むぜ。トルヴィア。」
「ええ。でも、ひとつだけ。あなたと私、だけじゃないわ。そうでしょ?」
「・・・ああ。そうだ、そうだったな。この子もいたな。」
クガはトルヴィアの腹部を優しくなでた。彼女はすでに、彼の子をその胎に宿していたのだ。それも、双子だった。この子たちが生まれるのは、これより約9か月後。そして、この双子のうち長男が家督を、次男が王となるのは、25年後のことである。
今日この日を境にそれまでのカヴト王国の歴史はいったん終止符が打たれることとなった。のちにこの年は新甲国歴元年と定められ、それまでの王国の歴史は旧甲国歴と区切られるようになったからだ。人によっては旧甲国を前甲、新甲国を後甲と呼ぶ者もいる。また、旧甲国歴と新甲国歴の間の白蟻王ロアリィとの戦争は、”白蟻の役”として記録されることになった。
トルヴィアとクガは、高祖の教えを守り、臣民を絶対に飢えさせないようにした。時には民を自ら先導し、時には民を自ら慰め、決して見下さず、決して見下されず、常に臣民のことを念頭に考え、国を治めた。その徳治は高く評価され、後世にも踏襲された。また、子息の教育も決して手を抜かなかった。二人の間には先ほどの双子も含めた四人の男子と、二人の娘に恵まれたが、二人は分け隔てなく我が子らに愛情をもって接した。王家としてではなく、人として立派であるように教育した。
そして、新甲国歴90年。王位を退き、頬にしわを刻んで、すっかり白髪の頭になっていた鍬王クガ・ミツルは、121歳の誕生日を迎えて三日後に、容体が急変し、すぐに息を引き取った。彼は死の間際まで、寝台のそばにトルヴィアと彼らの息子、娘たち、そして孫7人と当代国王を含むひ孫3人に見守られ、惜しまれながらも亡くなったという。誰よりもすぐそばにいたトルヴィアは、静かに涙を流して彼を見送った。
その時に鍬王の死に立ち会っていたひ孫の一人の手記によると、鍬王は死ぬ瞬間にこう言ったとされる。
「ミチオ兄さん・・・!来て、くれたんだね・・・!そうだよ・・・俺は、王になったんだよ・・・兄さん・・・これからはずっと・・・一緒に・・・!」
それが、彼の最後の言葉であった。彼の死で国中が悲しみに包まれて、それから三日間は国中が喪に服した状態であった。そして、彼の後を追うように、彼の妻であるトルヴィア・カヴトが謎の失踪を遂げたのは、その三日後のことである。
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