第48話 墓守の婆様
「・・・こうして、トルヴィアお姫様とクガ国王さまは結ばれて、幸せに暮らしましたとさ。おしまい。」
新甲国歴201年。また今日も私は集まってきた子供たちに、この国の歴史の読み聞かせをしている。およそ100年前に購入した、実際の歴史を基ににして執筆された「甲虫戦姫」というずいぶん古いハードコピーはすっかりボロボロになっていくつかのページは抜け落ちてしまい、その都度私が補修しているのですっかり凸凹になってしまった。
「おばあちゃん、どうしていつもそれをつかってるの?新しいもの、本屋で買ってくればいいのに。」
「いいのよ。私はこれで。これは、私の大切な人からもらった誕生日プレゼントなの。だから、そう簡単には捨てるわけにはいかないのよ。」
「ふーん・・・」
「さあ、みんな一列に並んで。これからおやつを配ります!みんなの分はしっかりあるから、横入りとかはしないでね。」
「「「はーーい!!」」」
この子たちはこの本を聞きたくて集まってるというよりは、私の作ったこのお菓子を目当てに集まってくるものが多い。アンコリーノという高祖の代で途切れていたお菓子のレシピを、私は試行錯誤を繰り返した末に復元してそれを売り、小遣いを稼いでいる。といっても、中にはちゃんと真面目に話を聞いてくれる子供もいるから、決してやりがいがないわけでもない。
「婆様!」
そう、例えばいつも私の読み聞かせを聞くために王宮を抜けだして、今日も元気に私に会いに来てくれたアギト殿下もその一人だ。ご丁寧に、一目では殿下とばれないような服装をしているが、そのまぶしいばかりの笑顔ですぐに分かった。
「まあ、殿下。今日もいらしたのですか。また執事のカナグ様に叱られますよ?」
「だって、カナグはいつも勉強勉強ばかりでつまらないんだもん。たまに武術の稽古をするときも、基礎が大事、基礎が大事といって全く僕の好きにさせてくれない。僕は早く強く、賢くなって太祖トルヴィア・カヴトみたくなりたいのに・・・」
「大事なことだからこそ勉強をしなさいとあの人は言われるのですよ。殿下。今でこそカナグ様は勉強勉強とうるさいですが、あの人がまだ殿下くらいの歳のころはそれはそれは勉強嫌いでしてな・・・」
アギト殿下はそれを聞いて目を丸くした。どうやら初耳だったらしい。
「それ、本当!?あのカナグが!?」
「ええ、もちろんですとも。私がこの目で見てきているのですから間違いはございません。殿下の歳にまじめに勉学に取り組まなかったカナグ様は、大人になった後で大変ご苦労をなされました。自分と同じ
「んー・・・わかった。婆様がそういうなら、僕、もうちょっと頑張ってみる。それで婆様、僕、もっとカナグの過去について知りたい!カナグがどんな人生を送ってきたか教えて!」
「これからしっかりカナグの言うことを聞いて、しっかり勉強をすると約束していただければ、次回から教えて差し上げますよ。」
「本当?約束だよ婆様!」
私は殿下と指切りをして約束した。そしてアンコリーノをいくつか持たせて、王宮へ帰らせようとした、まさにその時、王宮からカナグが殿下を探しにやってきた。
「殿下、やはりここにいらしたのですね・・・さあ、お休みの時間は終わりです。私と一緒に帰りましょう。婆様、いつもいつもすみませんな、ご迷惑でしょうに。」
「いいえ、かまわないわ。でもカナグ、殿下はいくら王を継ぐものとはいえ、人の子です。たまには気分転換もさせないといけませんよ。遊びすぎず、かといって勉学だけさせず。何事も中庸が肝心なのですよ。」
「は、はい・・・婆様のお言葉、肝に銘じます。」
「じゃあ婆様、またね!」
「殿下もお気をつけて。カナグもね。」
私は二人を見送った後、道具を片付けて自分の住処である王陵公園の小屋へと杖を突きながら歩いて戻った。その小屋の目の前にはこの国を作った高祖メディン・カヴトの銅像と、その25代目の子孫、トルヴィア・カヴト・・・つまり、私の銅像が並んで立っていた。
当然、今この国にいるもので、陵墓に住み着く謎の老婆が、「墓守の婆様」がトルヴィアその人だということを知る者は、小屋で同棲している私の昆孫以外には誰もいない。そもそも話したところで、そんなに長生きができるわけがないと一笑されてしまうだろう。
しかし私は生きていた。この「甲虫戦姫」に出てくる登場人物の中では誰よりも長く生きていた。本当は、ミツルが死んだときに一緒に逝きたかったが――公式な記録では私はその三日後に死亡した扱いになっている――、私はかつてこの星を去った従妹、クインヴィとの約束を果たすために、ジュスヘル・コードを使って永い時を生きることを選んだ。だが白蟻王を倒してからすでに200年以上経過しても、彼女どころか彼女の使いさえも一向に現れる気配すらなかった。
彼女はすっかり私のことなんて忘れてしまったのだろうか。そんなことはないと思いたいが、彼女が向かった銀河連邦はこのカヴト王国とは段違いに幅広い星間連邦国家であり、国民全体が長寿のサイボーグとなって国に仕える宇宙最大の軍事国家でもあるため、おそらく軍の仕事が忙しくて私のことにかまっていられるほど暇ではないのだろうか。だが、たとえそうだったとしても私はずっと待つつもりだ。その日が車で、生きなければならない。
小屋に戻ると、ちょうど私の昆孫――すでに王位から退き、余生を送っている――が私の昼食を作っていたところだった。このにおいから察するに、今日のお昼は・・・私の大好きなアレだろう。
「ただいま。戻りましたよ。」
「ああ、婆様。おかえりなさい。ちょうど呼びに行こうと思っていたところなんですよ。」
「うん、いい香りね。今日はもしかしてアレかしら?」
「はい、今日は腕によりをかけて作りましたよ。さあ、どうぞ召し上がれ。」
私が座ったテーブルの前に、もやし、キャベツ、ニンニク、豚肉が硬めにゆでられた小麦麺の上で絶妙なバランスを保ちながら盛り付けられたどんぶりが前に出てきた。さすがに年の瀬には勝てず、汁は全部飲めなくなったので、今回は汁なしで彼に頼んだら、この通り完璧なものを作り上げてきたではないか。さすがは私の昆孫。ああ、やっぱり、いくつになっても、ジロウケイはやめられない、とまらない・・・
「ふうん、いいじゃない。こういうのでいいのよこういうので。」
このジャンクなにおいをかぐたびに私は幸福感で飛びそうになるが、それを必死にこらえて、野菜と麺をどんぶりの底にたまっているたれと絡めて、それを口の中に運んでやると、頭の中が幸福感で満たされる。そのたびに体が紅潮し、熱気を吹き出す。うおぉん、私はまるで人間火力発電所だ。私は見た目こそもうすっかりおばあちゃんになってはいるが、消化器官は若いころから運動習慣を続けてきたかいあって、自分のことながら驚くほど健康なのでこの通り平気で平らげられるが、目の前の昆孫はそうもいかない。健康体ではあるが消化器官も年相応に老いさらばえて、このようなジャンクな食べ物はもう食べられないのだ。
「婆様、いつもながらよくそれを平気な顔をして食べられますね・・・私はこの豚肉を一枚かじるだけで、胃がもたれてしまうのに・・・」
「んむっ・・・まあこればっかりは体質によるからね・・・。私も最近歳のせいか、若いころは週に三回食べても平気だったけど、今じゃ月一回のペースでしか食べられないわ。」
「それが普通なんですよ、婆様がおかしいんです。」
「あらそう?・・・ふう、ごちそうさま。今日もおいしかったわ。特にこの豚肉はずっしりしてて最高ね!次はこれを四つお願いね。」
「二つで十分ですよ・・・。」
「いいや、四つよ。二と二で四つ。いいわね。」
「はいはい、分かりました。」
私と昆孫は、食事を済ませた後は運動がてら陵墓の定期清掃をする。陵墓には大きく分けて三つの区画がある。中央の一番大きな区画はわれらカヴト家の墓で、その右隣にあるのが虫人、または戦没者たちの墓、そして左隣には身元不明の死者たちが眠る墓がある。私は昆孫とともに虫人の墓の清掃を始めた。墓石をよく水を絞った手拭いで拭きながら、その中にある懐かしい名前を見るたびによみがえる過去の記憶に思いをはせ、彼らに語り掛けるのが私の楽しみであった。
「コクワさんと、ミヤマさんの墓、ひび割れがひどくなってきたわ。そろそろ新しいものに変えないと・・・キクマル、マサルのももうすっかり苔むしちゃったわね・・・ローチェ、あなたのはもうすぐ新しいものが来るから、それまで待っててね。」
そして、すべての虫人達の墓をきれいにし終わったころには、日はすっかり傾いて空が紅色に染まっていた。私たちは道具を片付けて、小屋へと戻ろうとしたその時だった。昆孫が、空を指さして何かおかしいぞと不思議がっている。
「どうしたの?」
「婆様、いつもならこの時期この時間帯に、一番星は東の空に出るはずですよね?あれを見てください。西にもう一つ、一番星が見えてます!」
「あら・・・本当だわ。一番星が二つある・・・」
東の空に輝く宵の明星とは別に、太陽が沈む西の方向に、もう一つ星が輝いている。私はそれを凝視していると、何やらだんだんと大きくなっていることに気が付いた。星が大きくなるなんてよほどのことがない限りあり得ない。ありえるとしたら、それは・・・
「あれは星じゃないわ、隕石よ!この軌道から考えて・・・まっすぐこっちの方向へ落ちてくるわ!」
「ええっ!?」
あれは星ではなく、重力圏に突入して煌々と燃え上がりながら落下してくる隕石だった。ちょうど私たちの小屋ほどの大きさの隕石はものすごい速さで私たちの頭上を通過した。この高さだとすぐ近くに落下して、衝撃波を発するだろう。私はとっさに昆孫に叫んだ。
「まずい・・・衝撃波が来るわ!!安全な場所に伏せて!!いい、というまで絶対に頭をあげちゃだめ!!」
「ひっ!!」
今から安全な建物へ向かっても到底間に合わず、かといってまともに防御できるものもないため、昆孫は持っていたバケツを頭にかぶって地に伏せた。私はコードを取り出して、万が一の際は変身して衝撃波を防ごうと体制を整えた。・・・だが、なぜか衝撃波は来なかった。ふつうあれほどの大きさで地面に墜落すれば半径100km範囲に衝撃波がやってくるはずなのだが、ずうん、という音が遅れてやってきたのみで、あとは何もなかった。
「ば、婆様・・・まだ、頭をあげちゃだめですか・・・?」
「変ねえ・・・何もないなんて・・・墜落する瞬間に燃え尽きたのかしら・・・?」
いつまでたっても何も起こらないので、私はまだはいつくばってバケツをかぶっている昆孫を起こして、落下地点らしき場所へと向かってみることにした。その隕石が落下したのは王陵公園から10キロ離れた何もない荒野であった。隕石を見つけた私はとても驚いた。なんと隕石は、クレーターも作らずにきれいに地面にめり込んでいたからだ。しかもその表面をよく見てみると、小惑星にうまく偽装してはいるものの、ところどころに人工物が見え隠れしているではないか。・・・どうやらこれはただの隕石ではなく、隕石に偽装した、宇宙船で間違いない。私がそう確信した瞬間、宇宙船の乗船口らしきタラップがしゅうう、と音を立てて展開し、地表におろされた。
「婆様・・・これって・・・」
「しっ!!まって、中から何か出てくるわ・・・」
タラップの向こうのエアロックが開いて、中から薄型宇宙服と、この宇宙船の操縦者らしきものが偏光ガラスのヘルメットの中でぶつくさ文句を言いながら出てきた。
「もう、これだから中古品は嫌なのよ、最後の最後で反重力制動装置が働かなかったら今頃私ぺちゃんこね・・・まあいいわ、あとでこれを選んだムロト君にはたっぷりお説教してやるんだからね。ふん!」
「・・・」
「・・・」
「とりあえず、エンジン系統のチェックと動作確認を・・・あ。」
操縦者は、どうやらようやく私たちの存在に気付いたようだ。しばし気まずい空気が流れた後、操縦者はこちらにあいさつをしてきた。
「あ、ど、どうも・・・こんにちわ・・・すいません、お騒がせして・・・」
「こ、こんにちわ。あなた、もしかして銀河連邦から来た人?」
「え、どうして分かったんですか!?この星と銀河連邦は連絡が取れなくなってからすっかり交信が途絶えて、てっきり忘れ去られてるものかと・・・。」
「そんなことないわよ。それより、何の用でここへ来たのかしら?」
「人を、探しにきたんです。私の、親族を・・・」
「親族?」
操縦者はそういうと、偏光ガラスのヘルメットをとってその素顔をあらわにした。その顔を見た瞬間、私は言葉を失った。そこにいたのは、私がジュスヘル・コードを用いてまで長い間待ち続けていた生き別れの妹、クインヴィ=エーデ・カヴトにそっくりな女性だったからである。なんてことだ。感極まった私は、200年分の感情を涙に代えてほろほろと流しながら、彼女に抱き着いた。
「ちょっ・・・ええっ!?どうしたんですか!?」
「クインヴィ・・・クインヴィ!!ああ!!クインヴィ、クインヴィ・・・会いたかったわ・・・」
「・・・その名をご存じということは・・・まさか、貴方は・・・母の従姉妹の、トルヴィア・カヴト様なのですか?」
「ええ、そうよ。そうに決まってるじゃない・・・あなたが帰って来るのをずっと、ずっと待っていたのよ・・・うん?母の従姉妹?あなた、クインヴィじゃないの?」
操縦者の女性はきょとんとした私に改めて拝礼し、自分の名を名乗った。
「これは伯母上様、申し遅れました。お初にお目にかかります。私はクインヴィ=エーデ・カヴトの娘、エーデ・ライティアです。母の想いを継いで、伯母上様に会いたい一心で、単身こちらへ参上仕りました!」
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