最終話 果たされた約束

 クインヴィの娘ライティアによると、母クインヴィは祖父カヴト王とともに銀河連邦に渡り、その身体がサイボーグに代わっても、私のことを考えない日はなかった。しかし、カヴト王から報告された変異虫の危険性を鑑みた銀河連邦は、安全のために故郷の星周辺の宙域を封鎖し、宇宙船の往来が禁止されたため、何度陳情しても渡航許可が下りなかったのだという。そしてクインヴィは終ぞ故郷に帰ることはかなわなかった。


 しかし、さる銀河連邦貴族の男性との間に設けた一人娘ライティアに、その望郷の念は受け継がれた。彼女は自分の夫のムロトと協力し、ありとあらゆる手を尽くして陳情を行った結果、何が起こっても銀河連邦に一切の責任を問わないこと、宙域滞在時間は連邦標準時刻で72時間以内に済ませることという条件付きでついに故郷への渡航を許可されたのだという。私は従妹の約束を果たすために大変な思いをしてまでやってきたライティアの苦労に同情し、彼女をねぎらった。


「そうだったの・・・大変だったのね。でも、本当に生き写しといってもいいくらいによく似てるわ。」

「はい、よく母と出かけると姉妹に間違われることがありました。」

「ふふ、そうでしょうねえ。・・・そうそう、銀河連邦人は皆サイボーグと聞いていたけど、普段どのような生活をしてるのかしら?こっちと違って、やっぱり合成食品とかのディストピアなものを食べているの?」

「あはは、さすがにそこまでではありませんよ伯母上。ただ、生身の人間と違い、私たちは月に一度栄養バーを一目盛かじればそれで十分おなかがいっぱいになるので、あまり食べないんです。」

「へえ・・・面白いわね。」


 私たちはしばらく昆孫が淹れてくれた茶を飲みながら、連邦と王国の違いなどの他愛のない話で談笑していたが、日もすっかり落ちて、星空が満点に輝くようになったころ、ライティアは改まった表情で私に尋ねた。


「伯母上様・・・実は、私が今回ここを訪れた目的は、母と伯母上の約束を果たすためだけではないのです。ここからは完全な私事になってしまうのですが、聞いてもらえるでしょうか?」

「もちろんよ。あなたと私は家族なんだもの。何でも言ってちょうだい。できることならなんでも協力するわ。」

「感謝します。実は・・・」


 ここから彼女はとても長い話をした。要点をまとめると、彼女はある事件の影響で遺伝子が傷ついてしまい、銀河連邦人が子作りをするときに使う人工子宮に必要な胚を作ることができなくなってしまったのだ。彼女の母や父はすでに亡くなっているため彼女の遺伝子情報を新たに作り出すことができない。そこで、彼女の近親者がいるこの星へ向かい、遺伝子を譲ってもらい、彼女の遺伝子と組み合わせて人口遺伝子を作成し、それを基に胚を、ひいては子供を作りたいのだという。


「髪の毛でも何でもいいのです。伯母上様の遺伝子がある者をお譲りしてもらえないでしょうか・・・」

「なんだ、そんなこと。それくらいだったらいくらでもあげるわ。」


 私はそういうと、ハサミをとりだして、適当な長さの髪をまとめて結んだうえで切り、それを彼女に手渡した。


「これで足りるかしら?」

「足りるか、なんてとんでもない。十分すぎるくらいです、大切な御髪を分けていただき感謝します、伯母上様。」

「元気な子が生まれるといいわね。」

「はい!・・・ああ、伯母上様、せっかくの機会です。もしよろしければ、これから生まれてくる私の子供の名前を付けてはくれないでしょうか。」

「私が、あなたの子供の名前を決めてもよいの?」

「はい!ぜひとも。」

「うーん・・・そうねぇ・・・」


 しばし考えた末に、私は高祖から名前を拝借することにした。


「メディン、なんてどうかしら。私たちのご先祖でありカヴト王国の高祖が名乗った由緒ある名前よ。英雄のような人になることを祈って、メディンの名をその子に送ります。でももし、女の子が生まれてきたら、少しつづりを並べ替えてメイデンと名付けるといいわ。」

「男の子なら、メディン。女の子なら、メイデン。ですね。心得ました!」

「・・・そうだ。貴方にこれを授けるわ。」


 そういうと私は、腰にはめてあった私のコードを外して、彼女に差し出した。


「これは・・・?」

「それはお守りよ。何度も私を窮地から救ってくれた、高祖様の魂が込められたレリーフなの。これを持っていれば、あなたとあなたの子もきっと高祖様がお守りくださるわ。」

「そのようなもの、私ごときがもらってもよいのでしょうか・・・あまりにも恐れ多くて受け取れません・・・」

「遠慮することはないわ。私みたいなおばあちゃんよりもあなたのような未来ある若者こそ持つべきよ。高祖様もきっとそう願っているはずよ。さあ、受け取って。」


 彼女はしばしためらった後、意を決してそのレリーフを受け取った。彼女の手に渡った瞬間、私は私を長い間守ってくれたレリーフに心の中で感謝した。このレリーフとともにした苦楽の記憶が、私の中に走馬灯のようによみがえる。私の、輝かしい青春の記憶。


「私のためにこんなにたくさんの贈り物を・・・感謝してもしきれません、伯母上様、心よりお礼申し上げます。」

「もう、そんなにかしこまらなくていいのよ。それは私なりの、その子へのプレゼントでもあるのだから。これから残りの人生、その子が健やかに育つことを祈って生きるわ。」

「伯母上様・・・!」


 彼女は涙を流して私に何度も何度も感謝していた。私はそんな彼女の頭を優しくなでてやった。そして、朝。ついに別れの時がやってきた。宇宙船の動作確認を済ませ、いつでも飛べるようにエンジンを温めた彼女は、銀河連邦に飛び立つ前に私のもとへ駆け寄り、私に抱き着いて別れを惜しんだ。


「さようなら。伯母上様。どうかこれからも、末永く、お元気でいらしてくださいね。」

「ライティア、貴方も道中気を付けてね。元気な子が生まれますように。」


 私は彼女の涙流れる頬にキスをして、彼女を送りだした。宇宙船のタラップが格納されて、ゆっくりと垂直に上がった後、銀河連邦の本星目指して、宇宙船は衝撃波を残して朝日が昇る方向へ飛び去っていった。それが見えなくなるまで、私はずっと見つめていたが、やがて私は強烈な眠気に襲われて軽く倒れかけた。そばにいた昆孫が、私を慌てて介抱した。


「婆様、しっかり!!どうなされました!?」

「ああ・・・久しぶりに夜更かししたからかしら、いま、とっても眠いの・・・ごめんね、小屋までおんぶしてくれるかしら・・・」

「わかりました、さあ、どうぞ。」


 すでに私は目が開けられないくらい瞼が重くなっており、昆孫は私を負ぶって小屋を目指して歩き始めたことをどうにか耳で確認すると、瞼と同じくだんだん重くなってくる唇をどうにか動かして昆孫に話しかけた。


「ああ・・・ごめん・・・ね・・・いま・・・とっても・・・眠くて・・・背中で・・・寝てて・・・いいかしら・・・」

「・・・ええ。どうぞ。小屋に付いたらそのままベッドに寝かせますから、安心して、ごゆっくりお休みくださいね。」

「あり・・・がとう・・・。」


 私はそう言って、昆孫の背中で眠りについた。二度と起きることのない、永い永い眠りに。私が眠りにつくその瞬間に嗚咽を漏らしていので、おそらく昆孫も大方察していたのだろう。最後の最後まで、迷惑をかけてごめんね。


 そして私はいつしか私の身体や私の星を離れて、広い宇宙へとまっすぐ飛び出していった。暗闇を彩る星々を横目に、私はどこまでもどこまでも高く昇っていく。すると私を呼びかける声が近づいてくるのに気が付いた。とても懐かしい声だ・・・


 ――遅かったじゃないか。トルヴィア。――

 ――ごめんねミツル。だいぶ待たせたわね。――

 ――でもよかったな。約束が果たされて。――

 ――ええ。そうだ、そっちにもクインヴィは来てるの?――

 ――クインヴィどころか、みんないるよ。みんなお前のことを待ってる。――

 ――ああ、久しぶりに、みんなに会えるのね・・・――

 ――これからはずっと一緒だ。トルヴィア・・・――

 ――ええ。ずっと一緒よ。ミツル・・・――


 ・・・


 新甲国歴201年。墓守の婆様として生きながらえていたトルヴィア・カヴトは、その200年以上にわたる生涯に自ら終止符を打った。王国を救った英雄、甲虫戦姫トルヴィア・カヴトの伝説は、カヴト王国に生きる人々にいつまでも語り継がれることであろう。

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甲虫戦姫(ビートルクイーン) ペアーズナックル(縫人) @pearsknuckle

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