第27話 黒い弾丸を止めろ!

 カヴト王国からフリコ市国跡へ通じる道は二つある。一つは、ダイセン山と呼ばれる険しい峠道を越えるルートと、もう一つは、山を南へ大きく迂回して平坦な道を往くルート。前者の方が最短ルートだが急カーブと急坂の連続で、また道中そこかしこに土砂崩れの痕跡がある為まずは使われない。その二つのルートの分岐点を今、巨大なトレーラートラックが猛スピードで通過した。・・・山越えのルートを目指して。


 黒く艶めく平たい顔に二枚窓の、所謂キャブオーバータイプと称されるそのトラックは、二枚窓の下に細長い黄色い飾り帯を巻いて銀色のトレーラーを牽いて山道を力強く登っていく。


 そしてその後から、それに負けず劣らずの高速域で猛追してくる二台のバイクがあった。一台はどうやらつい先ほど先行していたバイクに追いついたようで、操縦者はひどくまくし立てている。クガだ。


「この大馬鹿野郎!!独断専行もたいがいにしやがれ!!」


 だが、まくし立てられている方は気にも留めていない。むしろクガが来たことに喜んでいる。トルヴィアだ。バイクのエンジンにかき消されるので、疑似網膜経由の音声通信で話しかける。


「丁度良かった、あのトラックは今峠道に入ったわ。このままだと私たちの国へ入るのも時間の問題、なんとしても止めないと!!」

「何だって!?」

「あのゴキブリ、これほどうまくトラックを扱えるなんて、どうもただのゴキブリじゃなさそうよ、そんなのが我が国に来たら大変なことになるわ!フリコとカヴトは互いに不倶戴天の敵、あいつはもしかしたら私たちの敵やもしれない、国境を越えられる前に私たちで止めるのよ!!」

「よし、分かった、そういう事なら・・・!」


 トルヴィアの意図に得心したクガは、腕のスタッグブレスを掲げて変身した。同時に彼女も、バイクを操縦しながらレリーフバックルを腰に装着して変身する。

 風と一体になりながら変身した二人は、さらに速度を上げてトレーラートラックへと接近した。


 しかしなんといっても見事なトレーラートラックのハンドルさばきである。普通トラックはこのような山道では原則を強いられるのが普通なのだが目の前の黒い弾丸はそれらをものともせずに、平地とほぼ変わらないスピードでやはり急坂急曲線につよいバイクを駆る二人から逃げ切ろうとしている。これもフリコの高い技術力がなせる技かと、トルヴィアは感心した。


「(あのゴキブリの運転技術では、我々は到底追いつけない・・・でも、それは、の話。どれだけ技術があっても、この道路はもう使われなくなってから大分時がたっている。そんな道路で重量のある車が高速で走れば、いずれどこかで・・・!)」


 トルヴィアはスパイサナギを取り出して、大空へとぶん投げた。サナギは空中で羽化し、スパイビートルに進化して空高く羽ばたき、ダイセン山越えの峠道の立体航空写真を彼女の疑似網膜へと送信した。そして、ここから50キロ先のこの峠道一番の大カーブを曲がった先に大規模な土砂崩れが発生しており、その影響で路盤が流出し、寸断されていることが分かった。それだけ分かれば十分だと、彼女はクガに道路の立体航空写真と自分の思惑を伝えた。


「ようし、50キロ先までこの速度を維持したままあいつを追い込めばいいんだな!このまま突っ込めばブレーキも間に合わず崖の下へ真っ逆さま、さしものゴキブリでもぶっ潰れてお陀仏ってわけだ、その策乗った!!」


 クガは頭の角に手をかざしてスタッグランスを、そしてトルヴィアはビートルハルバードを造換して構え、重騎兵よろしく馬の代わりにバイクを駆ってトレーラートラックに肉薄した。

 トラックも負けてはいない。トレーラー部分の側面から機関銃が頭を覗かせて二人に向かって弾丸を掃射し、さらに距離を開けようとスピードを上げた。二人は策を気取られないように、弾丸を上手くはじき返しながら、くっつき過ぎず離れすぎずにトラックを置いたてる。


 そしてついに、一行は大カーブの始点を通過した。上手くいけばあと数分で大穴へと追い込むことが出来る。だが、そのためにはこちらもギリギリのところまで追い続けなければならない。もしブレーキをかけるタイミングが一秒でも遅れたらこちらも崖の下へと堕ちてしまうのだ。


「いい?カーブの中間地点を越えて10秒後に私の合図でブレーキをかけて。そこが穴に落ちないで済むギリギリのポイントよ。」

「分かった!」


 二人はそれぞれのバイクの速度計の下にあるスロットを展開し、非常用ブレーキのレバーをいつでも引ける状態にし、最後の追い上げにかかった。そして・・・


「中間点を過ぎたわ!!非常制動準備、5、4、3、2、1・・・今よ!!」


 二人が非常制動装置のレバーを思いっきり引っ張ると、バイクの底部から二つの磁力吸着式制動板が伸びて地面に吸着し始めた。制動板は凄まじい量の火花を上げて路面を擦り、二人の速度がだんだんと落ちていく。トラックとも段々距離が開いていく。


 トラックは何も知らずに追撃がやんだ、これ幸いとそのままカーブを通過し終わろうとしたその時、前方に大きな穴が開いているのを発見した。いつぞやの土砂崩れで法面が崩壊し、路盤が流出していたのだ。

 異変に気付き慌ててブレーキをかけるも、もう、遅かった。タイヤが悲鳴を上げて巨体を止めにかかるもむなしく、トラックは慣性に抗い切れずにトレーラーごと穴へと真っ逆さまに落ちていった。トラックがゴロゴロと斜面を転がる音がするたびに、木々がなぎ倒され、土煙が上がっていく。


 穴の上からトルヴィアとクガが斜面の下をのぞき込んだ。


「へへっ、あの分じゃ流石のゴキブリとてぺちゃんこだ、全く手間をかけさせやがって・・・」

「恐ろしい変異虫だったわね・・・トラックを操作できるほどの知能があるなんて・・・あれもフリコの技術なのかしら・・・」

「おいおい、古代の遺産に興味を持つのはいいが、流石に巨大ゴキブリの死骸拾うのは御免被るぜ・・・?」

「いいわよ別に、自分で拾うから。」

「・・・本当に拾うのかよ・・・」


 しかし、まずはいったん戻らねばならないと、トルヴィアはバイクを転回させた。


「とりあえず、まずはいったんフリコに戻りましょ。どうするかはそれから決めるわ。」

「賛成。ひとまず今後の方針をじっくり話しあ・・・あ・・・あ・・・!!」

「?」


 クガの表情がみるみる青ざめていった。様子が変だと気づいたトルヴィアは何があったと尋ねるが、クガの視線はある一点を見上げて動かない。


「ミツル?どうしたの・・・?」

「あ・・・あ・・・うし・・・うし・・・」


 あのクガが珍しく恐れおののいている。ふと気が付くと、トルヴィアの周りが妙に暗くなっていた。さっきまでは明るかったのだが・・・


「トルヴィア!!後ろ!!」


 仰天の叫び声を上げてクガが指さした方に振り向いてみたトルヴィアは、自分の目を疑った。今、自分の目の前に大きな物体がある。先ほどまで自分たちが追っていたトラックが変形したもの・・・即ち、遺跡で発見した巨大な人型の機械だったことだ。問題は、それが再び変形して仁王立ちしていたという事だ。見つけた当初は顔だけがない状態であったが、今目の前にいる人型機械には、”顔”があった。黒々とした体でもよくわかる白い面と、その奥からこちらを睨む赤い眼光。頭の上から肩の方まで垂れた二本の長い触覚・・・


「「うわあああ!!」」


 二人の虫人の前に、今、完全体となった巨大人型機械ロボットがその躯体を現したのだった。

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