第26話 闇にうごめく「G」の影

 フリコの遺跡群を走り回っていた二人がキクマルとマサルからの知らせで急いで戻った。見ればそこには、首だけがない巨大な人影がそびえたっている。二人は身を見開いた。


「これは・・・!!」

「機械の残骸を組み合わせてみたら、人型が完成したんです!おそらくこれは、巨大ロボット兵器なのでは・・・?」

「本とかテレビでしか見たこと無かったけど、まさか本当に兵器として実在してたなんて・・・」

「こ、これ・・・もしかして、”合体”するのか?」

「さあ、そこまでは僕らも分かりませんが・・・」


 トルヴィアたちが巨大な人型兵器についてあれやこれやと議論していると、そこへ一人の発掘員がひどく慌てた様子で駆け寄ってきた。


「姪君様、お戻りでしたか!大変です!王女様が変異虫に遭遇しました!」

「何ですって!?クインヴィが!?」


 変異虫がいるならばトルヴィアをはじめ虫人達の疑似網膜に反応があるはずだが、そのような反応は全く感知していなかった。皆急いでクインヴィの元へ駆けつけてみると、彼女は相当驚いたらしく、放心状態で腰が抜けて全く立てそうになかった。


「クインヴィ!大丈夫?けがはない?」

「お・・・お姉さまぁぁぁ!!うわぁぁぁん!!」


 従姉の姿を見て安心したのか、われを取り戻したクインヴィはぶわっと涙があふれてトルヴィアのドレスにしがみついて号泣した。


「クインヴィ、一体何があったの?」

「暗闇に、うごめく影が見えたので、あとをつけてみたら・・・私より・・・何倍も大きい・・・変異虫が・・・それも・・・よりによって・・・”例のあの虫”が・・・」

「へ?”例のあの虫”?」

「お姉さまもご存じのはずです!!名前を言うのもはばかられるあの虫ですよ!家の掃除をしてる時、ふと箪笥の裏を、冷蔵庫の下を、台所の下を覗けば、必ずいるあの虫・・・一匹見かけたら二十匹はいると思え、と言われている、あの”G"ですよ!!」

「なあんだ、何かと思えばゴキブリの事じゃない。そんなもったいぶらなくても・・・」

「ああ!言わないで!!その名を聞くのも嫌なんです!!」


 トルヴィアはGに対しては特に嫌悪感を抱いていなかったが、クインヴィはその正反対で、Gを見かけたらどんなに小さくても天地がひっくり返ったかと言わんばかりに大騒ぎするくらいには嫌悪していた。


「ここは廃墟だもの、ゴキブリの一匹や二匹くらいいるわよ、そんなに驚くことでもないわ。」

「で、でも、あんなに大きいのはきっと変異虫です!!」

「そうかしら?私たちの疑似網膜には全く反応がないし、第一、わすれたの?ゴキブリは数ある虫の中でも唯一変異虫に異常進化しなかった種類なのよ?」

「ほ、本当です!信じてください!私は見たんです!!疑うなんてひどいですお姉さま!」

「べ、別に疑ってるわけじゃないわよ・・・」


 クインヴィのG嫌いを良く知っているトルヴィアはまたいつもの過剰反応だと思っており、正直信じていいかどうか決めあぐねていた。なのでとりあえず、そのGを見たという場所を調べてみることにした。


 先ほどの暗がりに改めて明かりをいくつも照らして、クインヴィの記憶を頼りに遭遇した地点を探り当てていく。しばらく歩きまわるうちに、クインヴィの足が止まった。


「ここです、ここのあたりで遭遇したんです。」


 見るとそこには、大きいがひどく損傷した平べったい円形の槽が並んでいた。大きく分けて液体が入っているものとそうでないものに分かれており、液体が入っていない槽の中は蓋が開いてむき出しのまま、液体が入っている槽の中はぬるぬるとした何らかの廃液で満たされており、とても濁っていて中身は全く分からなかった。


「何かしら、これ・・・」

「これ、うかつに触らない方がいいんじゃないか?」

「ここの人たちは、何の目的でこんなものを・・・?」

「っておい、聞いてねえし・・・」


 トルヴィアはクガの静止も聞かずに槽を調べ始めた。流石に素手では触れないので、手だけを変身させて、廃液の中へと突っ込む。腕の装甲は溶けないので、どうやら危ない液体ではなさそうだ。そしてしばらく手当たり次第に槽をまさぐってみたが、これと言ったものは見つからなかった。


「あまりにも時間が経ちすぎて、もう何も残っていないのね・・・きっと。」


 ここには何もめぼしいものはなさそうだと思って中層を解除しようとしたその時、すぐ隣の槽から、ごぼっ、と言う音が聞こえた。見ると、それは他のと比べてとても状態が良いもので、しっかりと蓋もされてある。その中から音がするという事は・・・トルヴィアはその槽の蓋をこじ開けようとした。だが、他のは簡単に開いたのにこれはかなり固く蓋がされており、トルヴィア一人では動かせそうにない。


「ちょっとみんな、手伝って!!これの蓋がなかなか開かないの!」


 クガ、キクマル、マサル皆が、やはり手だけを変身させて蓋をもった。


「いい?せーので行くわよ。せー・・・のっ!!」


 4人が力を合わせてようやく蓋がめきめきと音を立てて持ち上がり、その中身があらわになろうとした、その瞬間・・・その槽の中からひどく切羽詰まった様子で何かが飛び出してきた。それは茶色く透き通った羽根をばたばたと震わせながらよろよろと宙を舞い、地についたと同時にそのとげとげしい脚をガシャガシャと動かして猛スピードで逃げ出した。


「きゃああああ!!あれです!!あれを私は見たんです!!」


 巨大なGは、わき目も降らずに発掘員たちがいる場所へと向かった。発掘員たちは突然巨大な虫が突進してきたので恐れおののいた。


「うわあああ!!」

「で、でっかいゴキブリだ!!」

「うわわ、来るな!あっちいけ!!」

「ばか!!こっち来るんじゃない!!」


 だが、この巨大Gの目的は別にあった。発掘員たちには目もくれずに巨大Gはあるものへと向かって超高速で走り抜ける。その先には・・・あの謎の人型兵器があった。


「みんな!そいつを捕まえて!」

「無理言うな!あんなスピードで逃げられりゃ俺たちだって追いつけっこないぞ!」


 遅れてトルヴィアたちも――クインヴィはキクマルに抱きかかえられながら――戻ってきた。巨大Gはそれに気づくとその細長い二本の触覚からなんと黒い光線を人型兵器に向けて発射した。すると、その光線を受け取った人型兵器は突然上半身と下半身が分離し、ギゴガゴと音を立てて変形し始めた。

 上半身は腕を直角に曲げたまま肩ごと後ろへ回転し、手首部分と肘部分からタイヤ状の部品が展開し、一台のトラックになった。そして下半身は、ふくらはぎに当たる部分が開いて上にスライドし、二連のタイヤが展開して、なんとコンテナトレーラーへと変形した。そして両者が再び合体して、一台のトレーラートラックとなったのを見届けると、その運転台部へと巨大Gはするりと入り込んでいった。


 すると、トレーラートラックはエンジンをふかし始め、二、三回空ぶかしすると、轟音を立てて走り出していった。クガたち3人は自分の目が信じられなかった。あの巨大Gはただの変異虫ではない。そしてどうやら、あの人型とも何らかの関連がある用だ。


「いったい、どうなってやがるんだ・・・トラックを運転するゴキブリなんて聞いたことないぞ・・・って、おい?トルヴィア?」


 見るといつの間にかトルヴィアの姿がない。こんな時にどこへ行ったのかとクガが周りを見渡していると、地階の奥から甲高いエンジンの音が聞こえてきた。それはHET281の音である。操縦席に乗っているのは・・・やはりトルヴィアだった。


「おい!何をする気だ!!」

「決まってるでしょ!あいつを追っかけるのよ!貴重な遺物を取られてなるもんですか!!あれは私たちが先に見つけたのよ!」

「馬鹿かお前!!こんな時にそんなこと気にしてる場合かよ!!無茶な真似はよせ!!」


 だが、トルヴィアはクガの制止も振り切ってHET281を駆り、地上へと躍り出たのだった。クガは頭を抱えた。


「ったくもう・・・おい!俺のTSE2000を出せ!!あのバカとゴキブリトラックを追っかける!」

「大都督!僕らも向かいます!!」

「いや、キクマルとマサルは、不測の事態に備えてこの周辺を警備するんだ、お前たち迄出てくればもしもの時に誰が王女様や発掘隊たちを守る?」

「う・・・ぎょ、御意・・・」

「ようし、ここは頼んだぞ。クガ、出る!!


 そして大都督は、エンジンが十分に温まったTSE2000を大きくのけぞらせながらフルスピードでトルヴィアの後を追いかけたのだった。二人はその後ろ姿を見ながらぼやいた。


「いいなあ、僕らも自分のマシンが欲しいよ。」

「飛蝗の虫人こそバイクが似合うと思うんだけどなあ・・・」

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