第六章:巨神油虫女

第25話 第22次文明発掘調査

 トルヴィアが月から帰ってきて半年後、久方ぶりに彼女主導で旧文明の発掘調査が行われることになった。王宮の書物庫から引っ張り出した、400年前の地図を今の地図と見比べながら、彼女は発掘隊、護衛のクガ、キクマル、マサル、そしてクインヴィを引き連れて王国から遥か東にある都市遺跡へと向かった。かつてそこは、フリコ市国と呼ばれていたところだった。高祖メディン・カヴトは伝承によれば若い頃にここへ連れてこられて無理やり虫人にされたが、高祖をひそかに慕っていた一人の勇気あるフリコ市国民が彼を手助けし、辛くも難を逃れたという。


 フリコ市国は虫人を生み出すくらいには技術大国であった。そのような国の跡地からなら、何か良い技術が眠っているかもしれない。と、トルヴィアは一縷の望みを抱いていた。


「え、じゃあ虫人の技術はその国で生まれたのか?」

「ええ、技術だけならね。でも、量産に成功したのは高祖様よ。」

「・・・そこまで高度な技術を持った国が、どうして滅びたんだ?」

「それは、私も分からないわ。王国の歴史書に書いてないもの。」

「変異虫にやられた、とか?」

「まさか、だったらこの遺跡もとっくに食い荒らされてるはずよ。でも、こんなにきれいに残っているっていうのもおかしいわね・・・」


 普通の遺跡なら変異虫がすべて食い荒らしてしまって場所特定にも時間がかかるのだが、フリコ市国遺跡は、多少は荒廃していたものの、これまで見てきた遺跡とは比べ物にならないほど良質な状態で街並みが残っていた。少し手を入れれば、まだ人が住めそうなくらいには。


「お嬢様!」

「お嬢様!来てください、街の中央にでっかい大穴が!」


 キクマルとマサルに呼ばれて移動すると、丁度町の中心部に当たる場所に大きな党が立っており、そのすぐ目の前には大穴が開いていた。その中には灰色の地面と共に何やら機械の残骸のようなものが転がっている。それを見たトルヴィアは目を輝かせた。


「ああ!そう、これよ、こういうのが欲しかったのよ!!これらはどんな金銀財宝よりも価値があるものだわ!この大穴はおそらく地階ね、みんな、この下へ通じる道を探しましょ!そしてここに落ちてるものを全部持ち帰るのよ!!」


 言うが早いかトルヴィアは目の前の白い塔が怪しいと目星をつけて一目散に駆け出していった。続いて、キクマルとマサルの二人が慌ててついていく。


「・・・やれやれ、元気な奴だ。」

「でも、よかった。お姉さまのあんな元気な姿、とても久しぶりにみましたわ。」


 そして、クガとクインヴィも発掘隊を引き連れてトルヴィアの後を追ったのだった。


 ・・・


 金城重機製造。その塔にはそう書かれていた――当然、彼女たちは読むことが出来ないが、持ってきた”カンジジテン”と言う古代書物を用いてようやく解読した――。その地階はかつてここで開発された武器やら機械などの残骸が多数転がっており、トルヴィアは感激した。さらに嬉しいことに、一部の機械は設計図と共にすぐに稼働状態に整備できるくらいにはほぼ完全な状態で残っていたため、彼女は地階に駐屯することにして、残っていた設計図を基に発掘隊の手を借りて機械の整備を行い、復元に成功した。


 いま、彼女が乗り回しているバイクもその一つだ。曲線的な青い車体の右側面に「北斗」と書かれたその二輪は、ワム粒子エンジンに市国中に響く唸り声を上げさせながら、土煙を上げて市国中を走り回っている。乗り始めた最初こそはハンドルがおぼつかなかったが、何度も走っているうちに片輪走行ウィリー横滑走行ドリフトも覚えて次第に自分の手足のように扱えるようになってきた。


「最高!このHET281(二輪車の名前)はまさに名車ね!」


 すると、後ろの方からまた違うエンジンの音が聞こえてきた。直線的な銀色の車体に水色の線が引かれ、左側面にでかでかと「南風」と書かれたその二輪車の名は、TSE2000。それを操りトルヴィアに肉薄するは、やはりクガだった。


「流石はフリコのティルト・バイク・シリーズだ、どんな急カーブでも殆ど減速無しで通過できるなんて、そんなもんうちには全くないぜ、いったいどんな技術使ってるんだろうな!」

「気に入ったかしら?フリコ式無減速急曲線通過装置の仕組み以外はうちで使ってるものと構造はほぼ一緒だから持ち帰り次第すぐにうちでも製造できるわ!」

「そいつはいい、飛べない虫人達にこいつを持たせれば素晴らしい騎兵隊を編成できそうだ!よし、もう一走りいくぞ、街はずれまで競争だ!」


 クガのTSE2000は高らかにエンジンをうならせるとそのままHET281を抜き去っていった。負けじとトルヴィアもギアを変えて加速した。


 一方その頃金城重機製造では、発掘隊たちが驚愕の事実に気づいて大騒ぎになっていた。事の発端は地下の整備工場跡で発見された黒光りの機械の残骸を見つけたことに始まる。その機械は頑丈な可動部を二つと先端部にアームのようなものを有しており、最初はクレーンの一種類かと思われていたが、間を置かずにもう一つのそれが出てきたときに、発掘員たちは目の色を変えた。もう一つのクレーンらしき残骸には、可動部分の基礎となる部分にかなり大きめの操縦席のようなものがついているだけでなく、アームの先端の部分が、五本に分かれていたのだ。まるでそれは、人の手のようだった。


 不思議がった発掘員たちは謎の五本指クレーンをさらに良く調べたところ、先ほど見つけたものの可動部の凹凸と、今調べている操縦席付きクレーンの右横部分の凹凸がどうも同じ形であるらしいことが分かったので、試しに人力でどうにか動かして結合させてみた所、ぴったりとはまった。二対のクレーンと操縦席、いや、クレーンと言うよりは、人間の上半身の形、「胴」のようだ。


「これで後は、下半身と頭が見つかればちょうどいいんだけどなあ、まあ、そんなうまい話がある訳ないかあ・・・」


 発掘員の一人が冗談のつもりで言ったこの一言は、ものの数分で現実となることになった。地階の別の区画で調査を続けていたキクマルとマサルが、大きくそびえたつ「脚」を見つけたとの報告が入ってきたのだ。駆けつけてみるとそこには、まさに「脚」としか言えないものがぽつねんとそそり立っていたのだ。


 発掘員たちが見つけた「胴」と、兄弟たちが見つけた「脚」。それら二つをこれまた人力で結合してみたら・・・ものの見事に合致した。頭を欠いた人型機械の躯体が、発掘隊たちの手で、再び蘇ったのだった。


「な、なんてこった・・・」

「俺たち、と、とんでもないものを見つけちまったぞ・・・!」

「だ、誰か姪君様と大都督を至急呼び戻すのだ!!」

「僕らが行きます!」


 キクマルとマサルは大急ぎで変身してトルヴィアとクガの元へと向かった。それを見たクインヴィも急いで端末を起動して、トルヴィアの疑似網膜へ直接メッセージを打ち込んでいた。


「今回の発掘調査はきっと大成功です、お姉さまも喜ぶこと間違いなし・・・」


 カサ・・・


「・・・?」


 ふと、クインヴィの後ろで何かが動いた。気配に気づいた彼女は振り向いてみたが、後ろには誰もいない。ただ冷たい灰色の壁と床と、その奥に明かりの届かぬ暗闇が広がっているだけである。


 何かが暗闇の中で動いた。クインヴィのその瞳は確かに暗闇でうごめく何かを捉えた。


「誰?・・・誰か、いるの!?」


 クインヴィはおそるおそる明かりの届かない暗闇へと足を踏み入れた。数歩歩いたところで、彼女は懐中電灯を持っていることを思い出し、それを点灯させて天井を見た瞬間に、体が凍り付いた。


「あ・・・あ・・・ああ・・・あああ!!」


 天井にいたのは変異虫だった。それだけならまだましだった。問題はその種類だった。光に当てられ黒々と艶めく光沢の茶羽根に、ひどく長い二本の触覚、そして細長いとげを有したその脚・・・この種類は、人間生きていればかならず一度は”家の中で”見かける虫であった。そしてできることなら二度と見たくない、現れてほしくない、もっとも忌み嫌われている虫・・・


「キャアアアア!!」


 クインヴィを見下ろしていた虫は、全長2メートルはくだらない大きさの・・・”Gゴキブリ”だった。

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