第24話 時空(とき)を戻そう・・・
謎の巨大蝶が現れて騒然としている衛星メディン宇宙基地の中を、スパイドjrは一人着の身着のまま逃げ回っていた。その右手には、月面で見つけたフラッシュ・コンバーターが手汗にまみれて握られている。
「はぁ・・・はぁ・・・絶対に、絶対に渡してなるものか、この装置は、この戦争を終わらせる唯一無二の切り札なんだ・・・!」
気が付くと彼は宇宙港にたどり着いていた。そして都合のいいことに、本星への無線鋼索軌道車両がホームに停車していた。しばし考えた末、それを使って装置ごと本星に持って帰ることを即決し、彼は大急ぎで乗降口のハンドルを回して車内へと飛び込んだ。これで一安心だ。彼は額の汗をぬぐってほっと一息ついた。後は発車時刻まで息をひそめて待つばかり・・・
「やっぱりここに来たのね。スパイド君。」
「!?」
声のする方へばっと振り向くと、そこにはトルヴィアがいた。彼女は先回りをして彼を待ち構えていたのだ。思わず、装置を背中に隠す。
「ど、どうしてここだと・・・わかった・・・?」
「貴方の考えることくらい分からずに、幼馴染を名乗れると思う?」
「この装置を返せってんなら、僕は絶対に渡さないからな!!」
「スパイド君!」
「僕が何も知らないとでも思ったか、逃げる道すがらに君が装置を取り返すとあいつと約束していたのをしかと聞いているぞ!!」
「違うの、聞いて、スパイド君。」
トルヴィアは彼をなだめながら、周囲に目を配りつつ小声で話し始めた。
「あれはノゾミ蝶を少しでも足止めさせるための策よ。渡す気なんてこれっぽっちもないわ。むしろ、それを使って逆にアイツを脅かしてやるの。」
「ほ、本当か・・・?信じていいのか?」
「もちろんよ。あいつに渡すくらいなら、私に頂戴、スパイド君。きっとうまくやって見せるわ。」
「・・・よ、よし・・・そこまで言うなら・・・」
スパイドjrはトルヴィアの言葉を信じて、ついに背中の後ろに隠していた装置を彼女に手渡した。装置を手にした彼女は、それを大事そうに懐にしまうと・・・
「許して、スパイド君!」
刹那、彼女の握りこぶしが勢いよく彼のみぞおちにめり込んだ。
「うっ・・・どう・・・して・・・」
遠のく意識の中で、策にはめられたのは自分の方だと気づいた絶望と、同じ学園に通っていた頃に不注意で転んでしまい彼女のスカートの中に頭を突っ込んでしまった時以来のトルヴィアの鉄拳への多少の懐かしさを感じながら、スパイドjrはうずくまって気絶した。
トルヴィアは後ろめたさを感じつつも、大局的に見てこの装置をノゾミ蝶に渡すことを選んだのだった。ノゾミ蝶の撒いた謎の粒子もだんだんと薄まってきている。今がその時だ。コードを取り出して腰に装着し、彼女は変身して軌道車両の外側の手すりにつかまった。虫人の鎧は簡易的な宇宙服としても使用することが出来るのだ。
その後すぐ軌道車両が衛星を発車し、ホーム構内から宇宙空間に飛び出た瞬間に、彼女は軌道車両を思いっきり蹴り上げてノゾミ蝶めがけて一直線に飛んでいく。この星の重力は本星よりも小さいため、羽根を出さずとも慣性だけで飛ぶことが出来るのだ。そしてノゾミ蝶の躯体がその目に入った瞬間、彼女は羽を広げて体を制止させ、大声を上げてフラッシュ・コンバーターを天に掲げた。
「ノゾミさん、これが欲しいんでしょ!!フラッシュ・コンバーターはここよ!!これは返すわ!だからもう怖がらせるのはやめて!!」
天に掲げられた装置は、ふわりと浮かんでトルヴィアの元を離れ、ノゾミ蝶の掌中に収まった。皆、固唾を飲んでその様子を見守っている。ノゾミ蝶はそれを大事そうに握った後、エネルギーを集中させて装置を自分の掌に収まるくらいの大きさに巨大化させた。
――この星の人々よ、あなた達が滅びの運命に甘んずることを良しとせず、もがき、苦しみ、抗おうとしている気持ちは分かります。ですが、運命とはこのようなものに頼らずとも自分で切り開いてこそ価値のあるものなのです。すでにあなた達は、その力を持っています。ですが、これにまつわる記憶は、本来あってはならないものですので、今からこれを使って、その記憶の身部分的に消去させていただきます。――
ノゾミ蝶は今度は顔面にエネルギーを集中させ、自らの顔を覆う膜を生成した後に、空高く掲げたフラッシュ・コンバーターのスイッチを力強く押下したのだった。
バシュウゥゥゥゥ・・・
月面基地中をまばゆい光が覆いつくし、その光は、基地の皆々からフラッシュ・コンバーターの記憶だけを抜き去って、ゆっくりと消滅したのだった・・・。
・・・
それから、三日後。王国軍本部へ”月みやげ”を大量に抱えたトルヴィアとキクマル、マサル兄弟が帰ってきた。
「コクワさんにはメディン堂の月下饅頭、ミヤマさんにはムーンソルトチーズ、そして大都督には・・・ねえ、本当にこれでいいの?」
トルヴィアは何度も確認しながら、クガが欲しがっていた衛星メディンの岩を削ってできた
「ああ、これで摺った墨を付けた筆はさぞ書き心地がいいだろう。・・・ところで、月の裏で見つけた装置とやらは見せてもらったのか?」
「ああ・・・実はそれね、どうも見せる前に彼がどこかへ無くしちゃったらしくて。結局見れずじまい。せっかく月まで行ったのに、なんだか徒労に終わった感じだわ。」
「わざわざ電報送ってまで呼びつけたのに、か。まあいい、おかげで俺は鍛錬を積んでまた少しお前より差をつけて強くなった。それだけで十分さ。」
「あら、宇宙旅行中に私が何もしなかったとでも思っているのかしら?私がいない間にその高慢の鼻も大きく伸びたようね。へし折りがいがあって助かるわ。」
「ようし、そこまでいうなら景気づけに一戦行こうじゃないか、月帰りだからと言って手加減はしないぞ!!」
二人は即座に変身すると本部を飛び出して早速一戦交え始めた。コクワとミヤマ、キクマルとマサルは、いつもながら本当に飽きない人たちだなあと半分呆れつつ窓から二人の戦いを眺めていたのだった。
・・・
フラッシュ・コンバーターを回収し、時空の乱れを防ぐための処理も完了し終えたノゾミ蝶は、その羽を優雅になびかせて時空の流れを進んでいた。眼前に広がる空間が、赤色からだんだん黒色へと戻ってゆく。これは、自分が元居た時空へと戻っていく証でもあった。そして、目の前の空間が完全に黒一色になったとき、ノゾミ蝶は時空超越空間を抜け出して、”現在”へと戻ってきたのだった。
旅を終えたノゾミ蝶のそばに、一つの光球が近づき、彼女をねぎらった。
――ノゾミ。良く戻ってこれたね。特異点以外に時空を跳び越すのは初めてだったから、上手くいくかどうか心配していたんだ。――
――上位存在様。少々トラブルはありましたが、無事例の銀河聖遺物は回収いたしました。――
――いつもいつも、君にばかり無理をさせてすまない。――
――いいえ、”
――そうか。・・・それで、”彼”は集まったかい。――
――はい。これの回収した後に、少しほど。――
――では、それと共に、”場”へと持ってきてくれ。今から”場”への入り口を開く。――
光球が光り輝くと、ノゾミの目の前の空間が真っ二つに割れて彼らを吸い込んだ。やがて、気が付くと彼らは大きな世界線球がいくつも並んだ部屋の中に移動していた。真後ろにある世界線球が、先ほどまで彼らがいた第5世界線球である。そして、その世界線球に取り囲まれるようにして部屋の中央に横たわっている第六特異点の元まで移動すると、ノゾミ蝶は両手を広げ、これまでに回収した”彼”の粒子を解放した。
幾つかの粒子は”彼”の方へと流れていき、結合したが、まだ完全には戻ってはいないようだった。”彼の上半身はほぼ元に戻って入るものの、下半身はまだ抜けが多い。
――最初のころに比べれば、だいぶ戻ってきているね。――
――上位存在様、”彼”が完全に戻るまでには、あとどれくらいの時間が必要なのでしょうか・・・――
――君が放つΓ-パシニウム線のおかげで予想よりは早く進んでいる。このままいけば後50年足らずで”彼”は眠りかさめるだろう。ああ、そうだ、その装置も戻してあげてくれ。”彼”はいつもそれを自分の服の左ポケットに入れていた。――
ノゾミ蝶は、取り出したフラッシュ・コンバーターを彼の革ジャンパーの左ポケットへとしまい込んだ。この装置はようやく、あるべきところへと帰ってきたのだった。
――心なしか、喜んでいるような気がします。――
――そう見えるかい?――
――本当なら、”彼”が起きた時に会話して確かめたいのですが・・・いいえ、それはかないませんね。あなたが目覚める時、それはつまり、私から虚数点の権限が消えて、寿命を迎えて死んでしまうという事ですから・・・――
ノゾミ蝶は寂しげな表情で”彼”を見つめた。穏やかな表情で眠っている彼は、きっと夢でも見ているのだろうか。起きて会うことがかなわないのならせめて彼の夢に出ることさえかなわないだろうか・・・と彼女は思った。
――では、上位存在様。私は第六宇宙へと戻ります。――
――分かった。気を付けてね。――
彼女は羽を広げて先ほどの部屋へと戻っていった。宇宙の管理者たる第六特異点が一刻も早く目覚めることを願って・・・。
――お目覚めの時まで、今はまだ、ゆっくりと休んでください。第六特異点、クロハ。――
宇宙を羽ばたく金色の蝶は、今日もまた、”彼”の粒子を探しに行く・・・。
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