第23話 虚数点ノゾミ蝶
「おい!!なんだあれは!!」
「虫人か!?・・・にしてはデカすぎるし、変異虫・・・にしては人の形に近すぎるし、蝶の虫人や変異虫なんていたっけ・・・!?」
「なんだろう・・・すごく・・・きれい・・・」
「感心してる場合か!!自動防衛システムを作動させるぞ!!」
「変異虫は宇宙空間では生きられないからこんなものいらないと思ってたのに、まさか本当に使う時がくるとは・・・
昼も夜も漆黒の空を映し出す衛星メディンの空に、金色の粒子を振りまきながらきらびやかに羽根を動かす巨大な蝶が現れて月面基地は上を下への大騒ぎになった。しかもその蝶はかなり人間に近い形をしており、見る人が見ればそれを女神と表したであろう。蝶はうつろ気な表情で月面基地にある一室を見つめている。その目線の先には、トルヴィアたちとスパイドjrがいた。
――私は、ノゾミ・・・この宇宙の守護者たる特異点に代わってこの第六宇宙を守る”虚数点”・・・――
「・・・特異点?虚数点?」
「な、何の話をしているんだ・・・?」
ノゾミ蝶は、その問いに答えることなく続けた。
――あなたが持っているその装置、フラッシュ・コンバーターは、有り体に放せば、本来その地に、この時代にあってはならないものなのです。――
「な、なんで、この装置の名前を・・・?」
――それの本来の持ち主である第六特異点がそう名付けていると、上位存在が教えてくださったのです。彼は本来それを肌身離さず持っているべきでしたが、ある時、大いなる闇との戦いで相打ちになり、時空のもつれに身体ごと巻き込まれて全宇宙に粒子状に散らばってしまいました。その装置も、時空のもつれに巻き込まれて、彼の時代より前の・・・過去の時空に流れ着いてしまった・・・――
「過去・・・それってつまり、貴方は私たちから見て未来から来た・・・ってこと!?」
――そうなります。私は上位存在からの命を受け、この宇宙のありとあらゆる場所に散らばった”彼”を集めているのです。彼を蘇らせるために。そして彼の装置もまた、彼の一部でもあります。――
「ちょっと待って、彼、彼って親しそうに言うけど、その人、一体名前はなんて言うのよ。」
――それは言えません。特に、トルヴィア・カヴト・・・貴方には。教えてしまえば私たちの時代、即ち未来が変わって大変なことになってしまうでしょう。――
「!?・・・それって・・・どういう・・・?」
ノゾミ蝶がいう”彼”は、どうやらトルヴィアにとってはかなり重要な人物らしい。そこまで言われたら彼女は逆に知りたくなってしまうが、どうやらノゾミ自身はそれ以上は話すつもりはないようだ。
――本来この時空にあるべきではないものが存在してしまうと、それより先の時空に深刻な影響が出る可能性があります。最悪の場合、未来そのものが失われてしまう事も。そうなる前に、私はその装置を回収せねばならないのです。今あなた達がその装置を手にした時点で、未来が変わり始めています。時空の流れは、絶対に変えてはならないのです。取り返しがつかなくなる前に、どうかその装置をお返しください。――
蝶は装置を持っているスパイドjrに手を差し伸べた。だがスパイドjrは、すぐに返そうとはしなかった。
「分かりました、この装置はあなたにお返しします。ですが、もう少し僕らに時間をください。僕らの本星は、変異虫によって滅ぼされかけています。この装置があればこの戦いを終わらせることが出来るんです、それまで待ってくれませんか?」
だが、ノゾミ蝶は首を縦には降らなかった。
――いいえ、今すぐ返してください。使用する事すらあってはならないこと、ましてや量産など・・・どんな理由にせよ時空の流れをゆがめてはならないのです。――
「・・・そうか、ふん、分かった・・・そっちがその気なら・・・」
スパイドjrは、近くにあった通信端末を手に取って月面基地に務める宇宙軍全体に号令をかけた。
「月面隊全軍に命ずる!あれは変異虫だ!攻撃態勢を敷き迎撃せよ!!」
「スパイド君!?どうしてそんなことをするの!!」
トルヴィアは仰天した。ノゾミ蝶は何も我らに敵対し、憎んでいるわけでもないのに、彼は攻撃しろと命じたのだ。
「スパイド君、お願い、攻撃命令を取り消して!彼女は敵じゃないわ!」
「トルヴィア、君はまさかアイツのいう事を信じるのか?あいつの言ってることはでたらめだ!!そうに決まってる!!僕らが変異虫への切り札を持ったからそれを使われる取り上げようって魂胆だ、きっとそうだ!!」
「だからって、攻撃の意思がないものに攻撃するのは・・・!!」
「やられる前にやるだけさ!!攻撃開始!!”クモノス”を張れ!!」
スパイドjrが命令すると、月面基地各部から砲台がせりあがり、その砲門をノゾミ蝶に向けると、緑色の光線を出し始めた。光線は五画の形を取って編みあがり、さながら蜘蛛の巣のようなものが二枚出来上がった後、それらはノゾミ蝶に向かって突進し、挟み込んだ。これこそスパイドjrが開発した変異虫捕縛システム、クモノスだ。
「ははっ、どうだ、虚数点だか何だか知らないけど、大したことないな!」
クモノスに挟まれたノゾミ蝶は、軽蔑のまなざしをスパイドjrに向けた。
――愚かなる匹夫よ・・・目先の利益にとらわれて大局が見えないのですか・・・本当なら穏便に済ませたかったのですが・・・そちらがその気なら、致し方ありません。――
そういうと、ノゾミ蝶は自分の周りの空間から大量のエネルギーを吸収し、それを金色の粒子として放出した。すると見る見るうちにクモノスが崩壊していき、ついにノゾミ蝶は拘束を抜け出してしまった。スパイドjrは愕然とした。
「そ、そんな・・・!!あれはどんな変異虫も死ぬまで離さないはずなのに・・・!!」
――私の放つ
そして、再びスパイドjrに向き直ったノゾミ蝶は、ラボに向かってその手を伸ばした。フラッシュ・コンバーターをスパイドjrごと捕まえる気だ。
「うわあああ!!こっちに来るな!!来るな!!」
「スパイド君!!」
彼は装置を握りしめてラボから一目散に逃げ出した。その後をトルヴィアたちも追いかける。
――あなたは私から逃げられません、その装置に執着している限り。――
「ひいっ・・・月面隊、何をしている!!攻撃、攻撃だ!!」
だが、月面隊は攻撃をしたくても出来なかった。先ほどのΓ-パシニウム線放出で全ての武器が使用不能となり、攻撃はおろか防御もできない状況に陥ってしまったからだ。
『主任、我々は奴の放った謎の粒子の影響で武器が使えません!!』
「な、なんだと・・・!!」
スパイドjrが気付いたときには、既にノゾミ蝶の巨大な手が頭上まで迫っていた。その手はなんと、月面基地の耐圧ガラスをすり抜けて彼に迫ってきた。
――その装置を返しなさい・・・さもなくば、貴方の生命は保証しかねます・・・――
「うわあああ!!トルヴィア、助けて!!早く虫人に変身して、あいつをやっつけてくれ!!」
トルヴィアとキクマル、マサルはすぐに変身しようとした。だが、何度コードを起動しようとしても疑似網膜に[ERROR]とでてしまい、変身が出来ない。その疑似網膜の表示もどこかノイズがちらついていて正常ではなかった。
「駄目、変身が出来ないわ!!キクマル、マサルは!?」
「お嬢様、ダメです!エラーが出て変身できません!」
「仮に変身できたとして、僕たち、あいつに敵うかどうか・・・」
「・・・仕方がない・・・こうなったら・・・!!」
変身が出来ないとなれば、やれることは一つしかない。トルヴィアはノゾミ蝶に向かって叫んだ。
「ノゾミさん!!おねがい、少し待って!!」
――・・・――
ノゾミの追跡の手が止まった。その隙にスパイドjrは一目散に宇宙港方面へと逃げていった。
――邪魔をするならあなたも容赦しませんよ、トルヴィア・カヴト。――
「ノゾミさん、こちらから先に攻撃したのは謝るわ。あなたはあの装置を返してほしいだけなのよね!?そうでしょ!?」
――最初からそう言っています。――
「お願いします、少しだけ待ってください。彼を上手くとりなしてあの装置を取り返してきます!だから、もうこれ以上被害を加えないで・・・!」
――・・・いいでしょう。30分与えます。それまでに必ずフラッシュ・コンバーターを持ってくるのです。――
「有難うございます!!キクマル、マサル、彼を探しに行くわよ。見つけたら、あの装置を必ず持ってくるように!」
「「御意!!」」
3人は手分けして宇宙港へ逃げたスパイドjrを探しに走り去った。
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