第22話 謎の忘却閃光装置

 無線鋼索軌道線の車両、カンダタはついに衛星メディンへとたどり着いた。高祖の名を冠するこの衛星は旧文明が滅び、王国が興って以来長らく維持されている宇宙への玄関口である。本星との鋼索軌道も含めて様々な星からの船が発着する宇宙港を中心に、銀河連邦等の外星との星間交信施設、並びに宇宙に関する様々な研究を行う開発センターが併設されて、さながら一つの都市を形成していた。


 トルヴィアとキクマル、マサル兄弟と銀河連邦からの使者は鋼索軌道車両から降車すると、一人の男性に呼び止められた。彼こそが、トルヴィアの幼馴染であり、先代征虫大都督スパイド将軍の息子、スパイドJrだ。


「トルヴィア!」

「スパイド君!久しぶりね!」


 二人はお互いに抱擁し、再会を喜んだ。


「最後に会ってから一体どれくらいかしら、お互いすっかり変わったわねえ・・・」

「本当に、まさか君が虫人になるなんて思わなかった。そしてあの大都督が直々に弟子として迎えたくらいには強いんだって?凄いじゃないか、友人として誇らしいよ。」

「有難うスパイド君。じゃあ、銀河連邦の使者を見送ってからあなたのラボに行くわね。」

「ああ、じゃ、またあとで!」


 トルヴィアはスパイドJrといったん別れて、使者を見送るために、銀河連邦からの船が止めてある港へと移動した。そして船のエンジンを立ち上げる間に、港に横付けされている星間通信施設で超星間映像電話を起動して銀河連邦最高議長、デクモへとつなげた。今回の移民決定が万事円満に終わったことをトルヴィアはカヴト王家を代表して議長へと報告する為だ。

 電話のスイッチを押し、”しばらくお待ちください”と文字が表示されたのち、”通話開始まで10秒”と言う表示がディスプレイに表示された。それと同時に使者とトルヴィアたちは画面の前で跪く。そして10秒後、画面に一人の黒髪の男性が写った。


「ホンシ・ビサン=セン(使者の名前)、銀河連邦最高議長に拝謁いたします。」

「同じくトルヴィア・カヴト、デクモ議長閣下に拝謁いたします。」

「おお、そなたが甲王の姪のトルヴィア殿か。苦しゅうない、面を上げよ。使者も楽にせよ。」

「「有難き幸せ。」」


 二人は許しをえて立ち上がると、カヴト王は銀河連邦への移民の意思を固めたと報告した。


「そうか。此度の移民決定、その判断に至るまでの道のりは決して楽なものではなかっただろう。だが甲王は名より実を重んじ、民を生かすことを優先して英明な判断をなされた。このデクモ、銀河連邦全体を代表して、甲王に感謝の意を表したい。そしてここに約束しよう。我々銀河連邦は責任をもって、甲王並びにその一族、甲王の民たちを変異虫より保護すると。」

「議長閣下のお言葉、大変うれしく思います。議長閣下、万歳、万歳、万々歳。」

「ホンシもご苦労だった。礼を言うぞ。」

「恐縮でございます。」

「では、私はこれにて。双方ご苦労であった。」

「しからば議長、失礼いたします。」


 通信が終わり、船のエンジンも十分に温まった。使者はトルヴィアたちと別れの挨拶を済ませると、船に乗り込んで銀河連邦へと帰っていった。


 ・・・


 使者を見送ったトルヴィアたちはすぐにスパイドjrのラボへと向かった。


「やあ、待ってたよ。それじゃあ、早速だけどこれを付けて。」


 そういうと、スパイドjrは3人に遮光グラスを手渡した。


「何これ?これが見せたいもの?」

「いいや、これは例の装置を起動させるときに必要なんだ。今からそれを持ってくるから、ちょっと待ってて。」


 そういうとスパイドjrは実験室へと彼女らを招いた。周りを黒い幕で覆われた実験室の中にあったのは、何やら白い棒のようなものと、それらを取り囲むように置かれている太陽光パネルとそのコンデンサであった。そして彼のそばに置いてある端末には、コンデンサのエネルギー量は皆0であると表示していた。


「つい二週間ほど前に、月の裏で資源発掘に向かった際に、これを見つけたんだ。最初は誰かの落とし物かと思ったんだけど、拾った作業員がその装置のスイッチを押してみたら、大変なことになってね・・・」

「大変なことって?」

「とてつもなくまぶしい光が走ったかと思うと、次の瞬間に資源採掘用のロボット、”アリジゴク”のデーターがすべてふっとんじゃったんだ。」

「データーが飛ぶ?」

「うん、厳密にいえば、全て初期化されてしまった、と言ったほうが正しいかな・・・幸い基地内でバックアップがあったから良かったけど、本当ならデーターが飛んだとしても完全には消えないように設計されてるはずなんだ。それをまるできれいさっぱり”忘れた”かのように、消し去ってしまったんだよ。この装置は。」


 スパイドjrはその装置を握ってみた。スイッチの上に丁度発光部があるそれは所謂ペンライトに酷似していた。


「それで僕の方に回されてきたので調べてみたらね、どうもこの装置の発する光は、コンピューターや動物の頭脳などの記憶領域に強く作用することが分かったんだ。人間がこの光を裸眼で見てしまったら、おそらく光を浴びたものの記憶はきれいさっぱり消されてしまうだろう。だから、これを使った実験の際はこのゴーグルをつけなければならないんだ。じゃあ、今から実験してみるよ。みんなゴーグルをつけて。」


 トルヴィアたちが遮光ゴーグルをつけたのを確認すると、スパイドjrは装置のスイッチを強く押下して、太陽光パネルの中心で装置を起動した。


 バシュゥゥゥゥ・・・!!


「・・・!?」

「うわっ!!」

「ま、まぶしいっ・・・!!」


 棒状の装置は音を立てて凄まじい光を放った。トルヴィアたちはゴーグルをしていたが、それでも防ぎきれぬまばゆさについ目をぎゅっとつぶってしまった。ややあって、光がおさまると、何やらけたたましく鳴り響く警告音とどこか焦げ臭いにおいが実験室を満たした。


「ああ、収まった。もうゴーグルを外していいよ。」


 トルヴィアたちは恐る恐る目を開き、ゴーグルを外してみると、なんと装置の周りにあった太陽光パネルとコンデンサをつなぐコードがすべて焼ききれていたのだ。焦げ臭いにおいはここから発していたのだ。


「コードが、焼き切れている・・・!?」

「そう。この装置の発する光はそれ自体が膨大なエネルギーを有していて、普通なら満タンにするのに半日かかるコンデンサがたったの5秒でこのとおり。あまりのエネルギーの多さにコードが耐え切れないんだ。凄いだろう?こんな膨大なエネルギーがこんな手のひらサイズのものから発せられるなんて・・・」

「いったい、誰がそれを作ったのかしら・・・おそらく相当高度な技術を持った、誰かが、何かのはずみで落としてしまったのかも・・・?」

「それはわからない。そんなものがどうしてこの星にあったのかも。でも、そんなことはたいして重要じゃないんだ。わかるかい?これほどのエネルギー量と、忘却作用は、きっと僕ら人間と変異虫との戦争に大きく貢献すると思うんだ。」

「そうね、これだけのエネルギー量があれば、重光線装置のエネルギー充填も通常の倍の速度でできそうだわ。そしてその忘却作用は、暴走した虫人を抑える手段にも使えそうね・・・。」

「ああそうさ!きっとこれは、変異虫への切り札として神様が僕らにくれた贈り物だと、僕は思うんだ。僕はこれをもっと研究して、いずれは本星で使える兵器として量産して見せるよ、そうすれば、何も銀河連邦に逃げなくったって、変異虫を皆やっつけることが出来る。きっと出来る!このフラッシュ・コンバーターさえあれば!」


 スパイドjrは息巻いた。彼は従軍こそはしなかったが、王国を変異虫の魔の手から守りたいと願うものの一人であった。


「フラッシュ・コンバーター、がこれの名前?」

「僕が決めた仮称さ。僕自身は父さんのようには戦えないけど、これと同じものをたくさん作ってこの星を必ず救って見せる。もし量産第一号が出来たら、トルヴィア、君にいの一番に使わせてあげるよ。」

「有難う、スパイド君。このことは叔父上様にも報告しておくわ。きっとお喜びになるでしょう。私も陰ながら応援するわ。」

「まっててね、トルヴィア。いつかきっと、この装置を・・・フラッシュ・コンバーターを量産して見せる!」


 ――してはならない・・・――


「?トルヴィア、今何か言った?」

「いえ、私は言ってないわ・・・キクマル、マサル?」

「お嬢様、僕らもてっきりお嬢様が・・・」

「言ったというよりは、むしろ、頭の中で響いた・・・というか・・・」


 ――その装置は、この地に・・・この時空にあってはならないもの・・・――


「!・・・私も聞こえたわ、頭の中で誰かが話しかけてる!」

「僕にも聞こえるという事は、疑似網膜の思念通信じゃなさそうだ、誰だ!!」


 突然、頭の中で響いた声に一同が困惑していると、実験室の中へ研究者の一人が血相を変えて駆け込んできた。


「スパイド主任!!大変です!!」

「どうした?」

「基地の上空に、巨大な・・・蝶が!蝶の虫人が!!」

「蝶の虫人!?」


 一同は実験室を出て、ラボの窓の外を見てみると、なんとそこには、金色に輝く蝶のような羽根を持った巨大な虫人が空中で静止していた。そして、その目線は、トルヴィアたちの方向へと向いていたのだった・・・

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