第五章:時空超越蝶女

第21話 月面からのメッセージ

 K21区の事件から一か月たった。当代カヴト国王はついに決心を固め、銀河連邦への移民を正式に議会で決議したのである。だが、すぐに移住するのではなく、まずは一年ごとに決まった人数を宇宙船で順次送り出す方針となった。一年ごとに移住希望者を集め、定員が満たされ次第、または募集期限が締め切られ次第すぐに王国が貸し切った移民船に移住者たちを乗せて銀河連邦へと連れてゆくのだ。


 また、銀河連邦は全員が軍人、全員が半機械人間サイボーグでなければならないと義務付けられているため、それらの手続きを全て移民船内で行うことになっている。その手続きにはどんなに短くともカヴト王朝基準時間では半年はかかる為、移民船には超空間航法装置があえて装備されてはいなかった。これがあると基準時間でわずか三日で連邦首都惑星についてしまうからだ。どの道手続きに時間がかかるのならば、首都についた時点でスムーズに移民できるようにと、連邦の使者とカヴト王国とで相談したうえでそう調整されたのであった。


 さて、そのころトルヴィアは毎度のごとくクガとの訓練を重ねていたが、彼女にある変化が訪れていた。


「やあっ!!それっ!!」

「くっ、そらあっ!!」


 彼女は鍛錬を重ねてめきめきと上達し、いつの間にかクガを圧倒するようになっていった。勿論クガも鍛錬を重ねているのだが、成長スピードでは圧倒的に彼女の方が上であり、だんだん追いつくのが難しくなっていった。


「はあ・・・はあ・・・」

「よし・・・今日こそは・・・勝てる!!」


 クガがの息があがっている。勝負の取り決めでは一発でもトルヴィアが攻撃を食らわせることが出来れば勝ちという事になっている。今のクガは隙だらけだ。ついに目前と迫った勝利を確信してトルヴィアは仕掛けた。


「勝利はもらったわ!!おりゃあああ!!」

「・・・!!」

「あ、いたいた、お嬢様!!お嬢様!!」


 突然呼び止められたトルヴィアはクガの目の前で勢いあまってずっこけてしまった。


「痛い!!・・・もう、なんなのよキクマル、あともう少しで勝てそうだったのに・・・」

「国王陛下が、銀河連邦からの使者を衛星メディンまでお見送りに出向いてほしいとの連絡です。すぐに正装に着替えて向かいましょう。」

「それは、クインヴィの役目じゃないの?」

「いえ、実はもう一つ、宇宙港に務めるスパイドjrジュニアさまからお嬢様あてに宇宙電報も来ておりまして、今読み上げますね・・・」

「スパイド君から!?」


 キクマルは小さな細長い紙を懐から取り出した”電鍵でんけん信号五十音表”という豆本を見ながら読み上げた。その紙には普通の文字は書いてはおらず、点と線の組み合わせで文字を表す特殊な符号であった。これは、本星との通信の大半を電波に頼る衛星メディンの宇宙港において、万が一電波が使えなくなった時の緊急連絡手段として用意されたものであったが、通常時は電波を使うほどの内容ではない通信(祝電、弔電、暑中見舞い、新年のあいさつ等)に使われている。ちなみに一文字ごとに料金が発生するのでなるべく簡潔な内容で送られてくる。


「ツキノウラ、ナソ゛ノソウチ、ハツケン。ヒサシフ゛リニ、アイタシ。スク゛、キテクレ。」


 キクマルは全て読み上げるとトルヴィアにその紙を手渡した。彼女とスパイドjrは幼馴染であり、貴族専用の学園に通っていた頃はともに学業を競った仲であった。


「そういえば、最近いろいろなことが短い間にいくつも起こってスパイド君のことさえすっかり忘れてたわ。」

「スパイド?もしかしてその人はスパイド将軍の息子か?」

「あら、ミツルと知り合いなの?」

「知り合いも何も、俺の前に征虫大都督だった蜘蛛の虫人だぜ。俺の師匠に当たる人物だ。そうか、ご子息がいたのか・・・あの鬼将軍にねえ・・・」

「・・・それで、お嬢様。宇宙港へと行かれますか?」

「もちろん。積もる話もあるしね。ミツルはいかないの?」

「俺はやめとく。ここから宇宙港に行くには往復だけでも一週間もかかるんだろ?そんなに予定を開けられねえよ。お前ひとりで行ってこい。」

「そう、分かったわ。じゃあキクマル。車の用意を。宇宙港への支度を済ませてから王宮に向かうと叔父上に伝えて。」

「御意。」

「じゃあミツル。一月ほどしたら帰ってくるわ。」

「おう、気を付けるんだぞ。」


 そういうとトルヴィアはすぐに虫装を解除して本部を後にした。クガはこれを好機ととらえた。彼女がいない間に鍛錬を積んでおけば、これまで追いつかれた分の巻き返しを図ることが出来るからだ。


「トルヴィア、悪いな、まだまだ俺はお前に負けるわけにはいかない。この機に乗じて俺は鍛錬を重ねて強くなってやる。そしてお前をもっと強く鍛えてやる。強くなるからには最強を目指してもらうぞ・・・」


 ・・・


 翌日。トルヴィアは銀河連邦との使者と共に支度を済ませて宇宙港へ向かう公共交通機関、王国立重力無線鋼索軌道ケーブルカー線の本星駅に来ていた。あと数分後に軌道車両が到着するまで、駅までの見送りであるクインヴィとサナグと共に談笑していた。


「サナグ、貴方が来ないなんて意外ね。」

「はい、私はもう高齢ゆえおそらく宇宙酔いを起こしてしまうでしょう。せっかくのお見送りにご迷惑になってはいけないと思いまして。それに、お嬢様には既に心強い護衛が二人もいるではありませんか。」


 サナグはともに宇宙へ行くキクマルとマサルを見ながら言った。二人とも誇らしい気持ちであった。そんな二人にサナグは諭すように言った。


「二人とも、良いですか。お嬢様と使者に身の危険が迫った時は、貴方たちだけが頼りなのですぞ。決して気を緩めないように。二人をお守りするのです。」

「「御意!!」」

「・・・あ、軌道車両が来ました。」


 クインヴィの言葉で皆が上を見ると、前後に円筒型の装置を付けた大きな箱型の乗り物がゆっくりと降りてきた。階段状になっている駅のホームにゆっくりと入線してきた軌道車両は、オレンジと深緑のツートンカラーがとてもよく目立っていた。


「では、使者殿。降車が済みましたのでお先にお乗りになってください。」

「はい。では王女様、サナグ殿。しからばこれにて。」

「道中お気をつけて。」

「銀河連邦最高議長によろしくお伝えください。」


 銀河連邦からの使者は二人に礼をすると、トルヴィア、キクマル、マサルと共に車両に乗り込んだ。そして気密ドアが閉まると、軌道車両は本星側にある重力誘導装置を段階的に反重力に切り替えて、衛星メディンめがけて一直線に上っていった。


 ・・・


 軌道車両はおよそ30分ほどで成層圏を突破した。ここから36時間かけて本星自転周期とほぼ同じ速度で公転する、静止衛星を目指す。ここで軌道を微調整したうえで衛星メディンからの便と交換し、誘導装置から発生する重力が衛星方面に向くように切り替えて再び発進する。こうすることで本星と衛星をほぼ無動力で移動することが出来るのだ。大昔はこの静止衛星を中心に相対重力釣瓶落としと言う方式で有線の鋼索軌道を運転していたが、これらは本数が多い代わりに必ず静止衛星で乗り換えの手間が発生するのが難点であった。だが宇宙港の開発が進み、段々と輸送力が過剰になっていったことをきっかけにインフラの更新が行われ、無線重力誘導方式に切り替わって現在に至る。


 この車両の座席はすべて寝台であり、車両中央に設けられたラウンジには簡易的なオートレストラン、浴室、化粧室が備わっている。車内の重力方向は常に固定されているので、地上にいる時とほぼ同じ感覚で利用できる。既にキクマルとマサルは初めて宇宙鋼索軌道に乗ったことで興奮したのか、ぐっすりと眠りこんでしまった。


「ふふ、そうよね、初めての宇宙だもの。興奮しない訳ないわよね。」


 トルヴィアはラウンジにおいてある本棚から一冊の本を手に取って読み始めた。そこへ、暇を持て余した銀河連邦の使者がやってきてトルヴィアに何の本を読んでいるのかと尋ねた。


「何を読んでいらっしゃるのですか?」

「ああ、これはこの車両の名前である”カンダタ”が出てくる物語です。お読みになりますか?」

「ええ、ぜひ。他の星の小説を読める機会などめったにありませんから。」


 使者は早速ページを開いて物語を読み始めた。その物語はいたって短い物語ではあったが、とても教訓めいており、使者はいたく気に入った様子で読み進めていった。

 特に最後の一文はとても美しいからと、静止衛星に着くまで何度も何度も音読していたのだった。


「”・・・しかし極楽の蓮池の蓮は、少しもそんな事には頓着致しません。その玉のような白い花は、御釈迦様の御足のまわりに、ゆらゆらうてなを動かして、そのまん中にある金色のずいからは、何とも云えない好い匂いが、絶間なくあたりへ溢れて居ります。極楽ももう昼に近くなったのでございましょう。”」

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